






2009.03.30(月)![]() ウォーキング仲間と 千里のサクラ並木通りへ郊外ハイク 僕の所属しているウォーキング団体の「緑陰クラブ」の仲間とサクラのお花見を兼ねて千里のサクラ並木通りをウォーキングする予定で出かけたのだが.....。 今年のサクラ開花予想は例年より1週間程度は早まるとの予報を気象庁などが盛んに流していたのだが、それでも3月では少し早いかなーと思っていたのだが、その心配が的中し全然咲いていなかった。 確かに大阪でもサクラの開花宣言は例年より1週間も早かったのには間違いなかったのだが、運悪いことにその直後から冬に舞い戻ったような厳しい寒さが連日続いたため、ピタリとさくらの花びらは閉じたままで、一向に開花状況が進まなくなってしまった。 こんな異常な事態は初めての経験ではないかな。 自然界というのは人間の予想など簡単に覆してしまう本当にわがままな世界だ! それでも昨日までの凍り付くような寒さから一転して今朝の天気は雲一つない快晴で、しかもほとんど風もなく絶好のウォーキング日和だった。 千里中央駅の集合場所には男子12名、女子22名のなんと34名が集合。 これまでの緑陰クラブでの郊外ウォーキングでは最多の参加者だ。 早々に今回はサクラ鑑賞はあきらめて、ひたすらウォーキングに力点を置くことにして、とりあえず予定通りのコースを進むことにした。 ![]() 今回のコースは千里中央駅から直ぐ前にある長谷池を通り、住宅街を貫く気持ちよい「こもれ木通り」をしばらく歩くと千里中央公園に到着。 自然をうまく残し、特にサクラの開花時には大勢の花見客が集まり、なかなか見応えのある公園だが、公園内にある多数あるサクラもまだほとんどが咲き始めという状態だった。 この公園を抜けるとサクラ通りが始まるのだが、沿道に植えられたどのサクラの木もつぼみばかりで、完全に期待を裏切られた格好だ。 それでも歩いていると少し汗ばむ程度でウォーキングにはこれ以上ないほどの最適の気候だったのがせめてもの救いというところだった。 でも気持ちよくウォーキングが続けられたのは、春先がもうすぐという期待感が気持ちを明るくさせてくれているのかも知れない。 一時間ほど歩くとものすごく大きくて立派な白亜の建物が突然現れた。 有名な「国立循環器センター」だ これからもこの施設にはあまりお世話にならないように祈りながら、この建物の塀に沿って細い道を抜けると竹林に続く道に繋がっていてこの竹林の中をひたすら歩く。 千里地方は昔から至る所に竹林があって自然に恵まれた素晴らしいところだったが大阪万国博がこの千里を中心に開催されたのを契機として宅地造成も進められた結果、多くの竹林も伐採されて現在はかなり少なくなってしまったみたいだ。 この竹林も僅かに残された貴重な場所なのだが、整備された竹林の歩道のフェンスの隣は宅地開発がそばまで迫ってきており、いつこの竹林も伐採の対象になるかわからない。 人一人が通れる狭い道に沿ってひたすら歩いていくのだが、途中かなり急な階段や段差もあって適当に自然を感じさせてくれる道でもあった。 30分程歩き、竹林を抜けると一気に視界が広がり、目の前に北千里公園が飛び込んできた。 この公園は高台にあって、千里の町並みを一望に見下ろすことが出来る素晴らしい眺望の公園だ。 此処にもかなり多くのサクラの木が植えられているのだが、満開時には何ともいえない光景が見られるのではないだろうかと想像できる。 広々とした芝生が広がっている展望の良いところで、楽しみの昼食タイム。 郊外ウォーキングでの一番楽しみの時間です。 ふんわりとした気持ちの良い芝生の上で、それぞれが適当な場所を見つけて約1時間ほどゆっくりと昼食を楽しんだ。 この緑陰クラブには80才前後のいわゆる後期高齢者の方も数名おられるのだが、元気さにおいては年齢など関係がないほと体力も優れている方ばかりだ。 会員の平均年齢もすでに70才を超えてはいるが、皆さん本当に元気で老春?を精一杯楽しんでおられるみたいだ。 今回は残念ながら花見を楽しみながらのウォーキングとはいかなかったが、それでも恵まれた天気の中で本当に気持ちよく過ごせた一日だったのではないかな。 さて来月はまた何処へでかけようかな? |
2009.03.17(火)![]() 今日はポカポカ陽気! サクラの開花も間近? 服部緑地内の「日本民家集落博物館」へ 今日は全国的に気温が高く、大阪でも20度近くまで上昇! 朝から服部緑地にウォーキングに出かけ一汗かいた後、例によって梅林内でそれぞれウォーキングを終わって集まってきたいつもの仲間6人でブルーシートを敷いた上でビールを飲みながら歓談。 すでに梅林内の梅の花もかなり散ってしまい、僅かに遅咲きの花を残すのみとなったが、代わってサクラの花の芽がこのところの暖かさでかなり膨らんできた。 あと二週間もすれば恐らく満開を迎えるのではないだろうか。 梅林内にも立派なサクラの木が数本あるのだが、毎年この木の下でウォーキング仲間40名近くが集まって花見会をやっている。 今年は4月2日の予定だから、昨年同様にちょうど満開時での花見会が期待できそうだ。 一旦昼食を食べに家に戻り、再度服部緑地内にある「日本民家集落博物館」に出かけた。 ここには「飛騨白川の民家」、「日向椎葉の民家」など日本全国から、移築復元された茅葺きの12戸の古民家が集められており、整備された庭と共に季節ごとに日本古来の懐かしい風景を楽しませてくれている。 園内の中央部にある梅林内の梅の花もまだしっかりと咲いていた。 この施設への入場は有料(500円)なのだが、毎年、何回でも入場できる年間入場パス(2,000円)を購入しているので季節の変わり目などに何回か入場している。 この園内の民家などを利用して季節ごとにいろいろな催しが開催されているからだ。 ちょうどこの時期は、岩手県から移築された有名な「南部の曲屋」の民家内で園内をモデルに描かれた絵画や、版画、写真などの「民家集落作品展」が催されていた。 毎週木曜日に緑地内をウォーキングする仲間でもある I.Yさんの絵画も展示されていると友人から聞いたので早速観に行ってきた。 彼女の作品は一番目立つところに展示されていたのですぐわかったが、なんとその絵画は多くの作品が展示されている中で見事に「館長賞」を受賞されていた。 作品は、園内にある「能勢の民家」を描いた水彩絵画だが、写真のように素晴らしい出来映えだった。 作者は以前、自身のホームページ上にも多くの作品を載せておられて時々拝見していたのだが、最近HPを閉鎖されてしまったので久しぶりの作品鑑賞だった。 絵画等は年齢に関係なく持続できる素晴らしい趣味だと思うが、彼女もいい趣味をお持ちのようだ。 |
2009.03.13(金)![]() 我が家の庭に「思いのまま=梅」がきれいに咲きました! 何年か前に寄せ植えの鉢を買った中に「思いのまま」という珍しい梅の木が混ざっていました。 一本の枝から咲く花びらが白やピンクにランダムに咲くのでそう呼ばれているみたいです。 きれいで、珍しい品種なので庭の一角に地植えしておいたものが数年前からしっかりと根付いたものです。 ただなかなか花が咲かなかったのですが今年は見事に様々の色が混ざった花を咲かせてくれました。 すでに有名な梅林のほとんどのところは梅の花も散り、次のサクラの開花を待つ季節になりました。 気象庁などの開花予想も始まりました。 まさに「梅は咲いたが、サクラはまだか?」という心境ですね。 今年は例年よりサクラの開花が早まると予想されていますから、大阪は3月下旬には満開を迎えるかも知れません。 でもサクラが咲いて春が訪れても、現在の不況は全く出口も見えず、失業者も増え続けますます深刻な状況に向かいそうで心配です。 現役の人達は花見で浮かれている心境ではないかも知れませんね。 我々のようなリタイヤー組にとっては今の状況を静かに見守る以外方法がないのは本当に寂しい限りです。 でも早急に総選挙をやって一日も早く国民の民意をストレートに反映させる政策を強力に実現させ、国民に希望を持たせてほしいものです。 今の不況は実体はもちろんですがそれ以上に精神的な不安が先行しているようです。 前に進もうとする気力を萎縮させているみたいで、本当に政治の貧困を強く感じる今日このごろです。 |
2009.03.02(月)![]() ウォーキング仲間と「京都文化遺産巡りと梅林巡り」に出かけてきた。 当初は先週の2/25(水)に予定していたのだが、当日は運悪く朝からかなり雨が降っていたのでやむなく延期となって、今日出かけることになった。 京都というだけでやはり魅力があるのかウオーキング仲間25名が集まった。 今日は晴れの予報だったが、気温は予想以上に低くて朝からかなり冷え込んでおり京都特有の一段の寒さを覚悟して出かけた。 予定していたコースをすべて歩くと20キロの距離を超えそうなので参加者の年齢も考慮して、2カ所ほどはバスに乗って移動することになった。 ウォーキングコース:京都西院(バス)→北野天満宮→金閣寺(バス)→京都府立植物園→下鴨神社 →京都御苑→四条河原町 @北野天満宮 最初の訪問地は北野天満宮の梅林見物というところだったが、一つ手前の大将軍というバス停留所で急遽下車する事になった。 理由は大将軍神社前の商店街が、別名妖怪ストリートと呼ばれるており、各店舗の前にその店の商品にふさわしい内容の妖怪が整然と並べられているので折角だから見物していこうということになったためだ。 立派な妖怪ストリートの一覧が載った地図も無料で配られている。 なかなかおもしろくてユニークな妖怪人形が各店前に並べられており、集客のための話題つくりにもなかなか大変な努力をしているようだ。 ただこの妖怪ストリートは、もともとこの商店街の前の道路に昔から多くのゴミが捨てられて困っていた店主達がゴミ捨て防止のため見張り役を妖怪にやらせようと思いついたのが発端らしい。 本来はあまり訪れることもない大将軍神社にもとりあえずお参りを済ませ後、この商店街を通過してしばらく歩くと北野天満宮に到着。 先月の25日に来れば菅原道真公の命日ということで、付近一帯は約1,000件もの出店で大賑わいのはずだったが、さすがに今日の境内は比較的空いていて、参道を通って本殿までスムーズに進むことが出来た。 ここの北野天満宮は、全国12,000もある天満宮・天神社の総本社で、特に八棟造りのユニークな本殿は国宝に指定されているほど立派な建物だ。 また学問の神様として全国的にも有名で受験シーズンになると境内は合格祈願の受験生で大賑わいになるところでもある。 さらに加えて広大な境内には梅の木で埋め尽くされていて京都でも見事に咲く梅の名所として有名なところだ。 今日の天満宮の境内は、隣接する梅苑の梅を合わせて約2,000本もの紅白の梅がちょうど満開を迎えていて見所十分だった。 残念ながら30分位しか見物時間がとれなかったが先を急がねばならないので、次の訪問地の金閣寺に向けて出発。 A金閣寺 天満宮から道路を挟んだところにあるしだれサクラの名所として名高い平野神社の境内を通り抜けて京都観光の定番、金閣寺(鹿苑寺)まで約30分のウォーキング。仲間も過去に一度は訪れたことはあると思われるが、池に映える黄金色の金閣寺はまさに豪華な一言に尽きる。 不況の時ぐらい、金ピカの豪華な建物でも見れば心も豊かに感じるのではとの思いで特にコースに付け加えたものだ。 いつ見ても豪華この上ない建物だが、このきらびやかな舎利殿は現在世界文化遺産にも指定されているものだ。 とくに三階部分にはお釈迦様の遺骨の一部も安置されているといわれているのだが??? 銀閣寺と違って中に入れないので確認はできない。 ここはもとは足利義満の別荘だったところで、特に池を中心にした回遊式庭園で室町時代を代表する名園で、国の特別史跡にも指定されている。 ただこの舎利殿は昭和25年に学僧の放火で一度焼失し、5年後に復元されたものだということだ。 B京都府立植物園 ![]() 金閣寺から府立植物園まではかなり距離がありそうなのでバスで移動することになった。 京都のバスは距離に関係なく90分以内であれば一律220円と大変わかりやすいが珍しい料金体系となっている。 植物園前のバス停で降り、「半木(ハンラギ)の道」と呼ばれている賀茂川沿いの堤防を少し歩くと京都府立植物園正門に到着。 この植物園は大正13年に日本初の公立総合植物園として開園されたとかで、約24万uの広大な敷地内には12,000種、12万もの多種多様の植物が植えられていて、梅林も2ケ所ある。 入場料は園内にある観覧温室や陶板名画の庭などを含めて450円かかるのだが、ありがたいことに60才以上の人は運転免許証や健康保険証などを見せれば無料入場出来るありがたい制度となっている。 今回の参加メンバーは勿論年齢条件を楽々クリヤーしているので全員が無料入場する事が出来た。 大阪と違って京都はお年寄りを大事にしている街なのだなーと変な関心を持ちながらとりあえず見物させてもらうことにした。 ちょうど昼食時間になったので植物園内を巡る前にとりあえず腹ごしらえということで適当な場所を探したところちょうどベンチのある休憩所がすぐ近くにあったのでそこで楽しい昼食タイム。 ただ気温は大変低くて、途中雪までちらついてきたので、少し早めに切り上げて隣の観覧温室に直行。 さすがに温室だけあって一気に体温が回復した。 お陰でゆっくりと順路に従って観覧することが出来た。 ![]() この温室は日本最大級の回遊式温室で温室部屋も4ケ所ぐらいに分かれている。 それぞれ室内温度も微妙に差があって、その温度にふさわしい熱帯植物が見事な花を咲かせていた。 なかなか見応えのある規模の大きい温室だった。 身体が暖まったところで温室をあとにして植物園内の梅林に向かう。 園内には2ケ所もの梅林があって、それぞれ紅白の梅がちょうど満開を迎えていた。 毎日歩いている服部緑地にも200本ほどの梅林があるのだが木々も低いため満開を迎えてもいまひとつ冴えないのだが、さすがにここの梅林の木は大きくて立派な花を咲かせていて見応えがあった。 2ケ所の梅林を見物したあと、折角なので北門隣の陶版名画の庭も見学する事にした。 此処は大阪の建築家で世界的にも有名な安藤忠雄氏が設計したコンクリート打ちっ放しの建築で、壁画にはモネの「睡蓮・朝」、ミケランジェロの「最後の審判」「最後の晩餐」等の陶版8点がほぼ原寸大で展示されていた。 渓流さながらに壁面に落ちる水音を聞きながら世界の名画を鑑賞出来るようになっていてなかなかユニークでおもしろかった。 C下鴨神社 ![]() 植物園をあとにして前を流れる桜並木の賀茂川堤に沿って30分程南下し、今度は下鴨神社に向かう。 下鴨神社は上鴨神社と並んで京都最古の神社だ。 特に本殿は国宝、朱が鮮やかな楼門は重要文化財に指定されている。 また参道の脇に広がっている樹林が生い茂る「糺(ただす)の森」とともに世界文化遺産としても登録されている素晴らしい神社だ。境内の一角に「君が代」の中でも歌われている大きな「さざれ石」の実物が説明書きと共に展示されている。 また京都三大祭りのひとつで5月の葵祭や蹴鞠(けまり)始め、流鏑馬(やぶさめ)の行われる場所としても有名な神社でもある。 ![]() 見事な楼門の前で記念写真をパチリ! ひっそりと静まりかえった広大な境内をゆっくりとウォーキングしながら最後の訪問地の京都御苑に向かう。 C京都御苑 長い下鴨神社の参道を抜けると出町屋敷、そこからしばらく歩くと最後の訪問地京都御苑に到着。御苑はちょうど同社大学の南に位置し、元は天皇や公家の居住地だったところだ。 東西700m、南北1,300mもの広大な苑内は芝生と多くの樹木で覆われ、中央に位置する御所を囲むように縦横に何処までも続く玉砂利の道は表現しょうもないほど素晴らしいの空間となっている。 玉砂利の上を歩くと何ともいえない感触が身体全体にに伝わってくる。 延々とどこまでも続く御所の塀に平行して歩を進めるのだがその長さに、参加者全員がぐったりの様子だ。 時代祭の時などは大勢の見物人で賑わうのだろうが、普段は人も少なく一人では不気味で歩けないのではないかと思うほどの静かさだ。 でもこの静かで厳かな道を歩いていると気分まで清らかな感じになってくる。 御苑内にも立派な梅林が満開を迎えているのだが、そこまでたどり着く元気もなく、とりあえず終着地の四条河原町方面までひたすらウォーキングを続けた。 それにしても今日は歩きすぎるほど歩いたが、何故か疲労感というよりすがすがしさの方が強く感じたのは不思議だ。 歩行計を見たらすでに25,000歩を超えていた。疲れるはずだ。 それにしても80才を超えたお方もいるシニア仲間だが、本当に元気な人達ばかりだ。 |
2009.03.01(日)![]() 今日は僕の誕生日! もう 67才になりましたよ。 60才の誕生日できっぱりとサラリーマン生活から足を洗ってからもう7年の年月が経過したことになります。 退職時にはかなりの厚遇でうれしい再就職のお話もいただいたが、これからの自分の人生をすべて自分自身の時間で過ごしてみたいという以前からの願望が強かったので、きっぱれとお断りしてしまった。 60才の還暦を迎える時期というのは、ほとんどの人にとって今後の人生のあり方を考える重要な分岐点になっているのではないだろうか。 長寿社会を迎えた現在、男の平均寿命もすでに80才近くに到達したということは、あと何もなければ平均20年間生きているということだ。 20年もあれば、何でも出来そうな感じもするが、案外月日の経つのは早くてもう3分の1が経過してしまった。 でもこの7年間は僕にとっては案外充実した毎日を送ってこれたのではないかなーと思う今日この頃だ。 中国、カナダ、エジプトなど一度は行ってみたかった海外旅行を含む旅行も家内と一緒に数多く行くことが出来た。今までとは違った大勢の飲み友達?も出来た。 多くのウォーキング仲間とも知り合えた。 お陰で多くの女性(但し元姫様ばかりだが)ともウォーキングを通じて知り合い、なんの気兼ねもなく話し合うことが出来る機会もできた。すべてが新鮮で素晴らしい事ばかりだ。 サラリーマン時代も十分充実した生活を過ごせたと自分自身では感じてはいるのだが、現在の日常生活もそれ以上に満足出来る毎日が送れているようだ。 結果的にはやはり人生の生き方を180度切り替えたことは良かったのではないかと思っている。 これまでの年金生活は全く後悔無しの人生を送れてきているみたいで僕は大いに満足している。 人それぞれの生き方、考え方があるのは当然で、最近よくテレビで顔を見るようになった国会の某委員会の議長などは学生によく話したことがあるお方だ。 当時大学の雄弁家というサークルには真剣に政治家を目指していた友人も多くいたが、そのうちの何人かは現実に自分の夢を叶えて現在も大いに頑張っている姿をみると僕自身もうれしくなってる。 人それぞれの人生の生き方を実現しているのだから、たとえ進む道は180度違ってもその人にとっては良い人生を進まれているのだろう。 一方、残念ながら足早にすでにこの世を去っていってしまった友人もかなりいるが、あの世でまた新しい生活を始めているのかも知れない。 でも現世の友とは、お互い体力の続く限りはこの世で精一杯楽しい充実した生き方を続けていきたいとの思いを新たにして明日からまた楽しい人生を送ろう。 老春万歳! |
2009.02.25 (水)![]() 雨模様の箕面へハイキング! 今日はウォーキング仲間と京都方面に行く計画だったのだが、あいにく朝からかなりの雨が振っていたのでもう一人の幹事さんと相談の結果、残念ながら急遽中止することに決定。 朝7時頃から連絡網を通じて会員全員に知らせ終わってほっとしていたら、いつもの緑地での飲み友達から電話がかってきた。 折角朝早く起きて支度したのだから近くの箕面にでも行こうということだった。 早速集まった6人で箕面公園の滝まで約2.5キロをウォーキング。 目的はウォーキングというよりも昼休みにビールを飲みながら談笑するのを楽しみにしている連中ばかりだ。 さすがに普段は賑わう滝道もほとんど通行人がいないみたいで寂しい限りだ。 いつも同じ場所でひっそりと生息しいるサンショウウオも水が濁っていて今日は見つけられなかった。 箕面の滝壺に到着すると、いつもの様子と違って、ゴオーゴオーと音を立てながら落下する滝幅も通常の3倍ぐらいはありそうだ。この滝は以前は、3本の上流の川が合流して落下していたのだが、奥地に造成された団地の為に掘ったトンネルが原因で2川が枯渇してしまったので普段は落下水量を維持するために毎日ポンプで水を汲み上げているということだ。 少なくとも今日はポンプを稼働させなくても昨夜の雨で十分水量が足りたのか、勢いよく滝壺に向かって落下していた。 早速滝壺近くの展望台で弁当を広げて滝見酒?の宴会開始だ。 2時間ばかり飲み会を続けたあと滝道を下り、いつもの通り箕面スパーガーデンに寄り、のんびりと温泉に浸かり、歌謡ショーを楽しみ帰路に着いた。 と思ったら、服部駅近くの居酒屋に寄りまたビールで乾杯して飲み会を続行。 本当に酒好きが集まる集団だ。 |
2009.02.18 (水)![]() 税務署へ「確定申告書」提出に ここ数年間は「確定申告書」の作成結果では所得税の還付金があったので、2月に入ると直ぐに税務署に提出に出かけていた。 本来、確定申告書の受付開始は2/16からだが、還付請求の場合は2月入ると受け付けてくれることになっている。しかも早く提出すればそれだけ早く振り込まれるようになっているようだ。 昨年はすでにこの時期には還付振込がされていたと記憶している。納めすぎた税金を返してもらうのだから早く返してもらうのは当たり前の事だが。 今年は運良く?運悪く?30年前に掛け始めた郵便局の養老保険が満期になって一時所得が発生したため、一部所得税を納付する事になってしまった。 そのため今年は健康保険料もその一時所得を上乗せされて計算されるので、かなりの金額が増額されるのではないかと心配だ。 税務署の受付に確定申告書を提出すると、ほとんど書類の中身を点検することもなく、受付印を押されてすべて終了だ。 国税局のホームページから打ちだした作成書類を使用したので、計算間違いは皆無ということなのだろう。 税務署に向かう途中に偶然、いつも服部緑地でウォーキングを一緒にしている友人とぱったり会った。 彼も先ほど確定申告書を出してきたばかりという事だった。 これから特にお互い用事もないので、池田駅前の家族亭というソバ屋さんに入り昼間からビールを飲みながら世間話に花を咲かせた。 ちょうど先日参加してきた野村証券の勉強会の会場に家族亭のコーナーがあり、アンケートに答えたら500円の食事券をくれたので早速使わせていただいた。 これから3月決算の会社が多く出てくるが、僕の最近の持ち株会社は「和民」「マルシェ」「マクドナルド」「コロワイド」など優待券がもらえる会社が多く楽しみの一つなのだが、最近は企業業績の悪化で優待制度を取りやめるところもかなり出てきているみたいでこれらの会社も右に倣えにならないか心配だ。 もちろん優待制度がなくなれば、持ち株の意味もなくなるので適当な時期に売却するだけだが... |
2009.02.13 (金)![]() 今日は年に一度の勉強会で京セラドームに! 毎年この時期に京セラドームで開催される野村証券主催の「資産管理フェア」のセミナーが開催される。 2日間に分けて各界の著名人が講演するのだが、今回は「ミスター円」として有名な榊原英資氏の講演を申し込んでおいたのだが運良く座席が確保できたので聞きに行ってきた。。 彼は元財務省の役人だが、ざっくばらんでいて良く勉強もしているので話の内容も豊富でおもしろく、聞いていても飽きさせないところはさすがだ。 ![]() 今度の選挙でもし民主党が政権を取れば財務大臣にでも任命されるのではないかな。 国際的な知名度もあり、適当なはったりもあるので各国の財務大臣とも対等に議論できる要素も持ち合わせていそうな感じもする。 そういえば以前民主党の仮の内閣の財務大臣として名前を連ねていたこともあったと思うが? 講演内容は「世界情勢と我が国の行方」という90分程の講演だったが、さすがに国政情勢にも良く精通していてしかも具体的な数字を羅列してわかりやすく解説していた。 講演中ほとんど水も飲まずに喋り続けていたが、すでに65才を超えているにしては元気すぎるほどの闊達さだ。 彼の話によると、毎日かかさずいろんな関連の数値を頭の中に暗記しているとかで、原稿も無しに具体的な数字をぽんぽんと口をついて出てくるのだからたいしたものだ。 原稿を棒読みの国会答弁に比べたら説得性は格段に上だ。国際的にも精通した政治家としても案外通用するのではないか。 久しぶりに頭の中の掃除が出来たようだ。講演会場の半分は上場企業のPRコーナーも設けられており、アンケートに答えるたびに粗品ももらえてなかなか楽しい一日だった。 |
2009.02.10 (火)![]() 日本海はカニ一色! 今年は香住港へカニ食べに! 11月中程から3月にかけて日本海の北陸地方ではズワイガニの捕獲許可期間で、それに合わせて特に関西地方のどこの旅行会社のパンフレット棚にもカニ!カニ!カニ!のパンフレットで埋め尽くされている。 東京や東北で生活していたときには想像も出来ないぐらい関西地方ではこの時期、魚といえばカニしか頭に浮かばないみたいな感じだ。 ズワイガニが水揚げされる各漁港では、値段の特に高い間人(タイザ)カニ、越前カニ、松葉カニなどと呼ぴ方が違うみたいだが、基本的には同じ種類のカニだ。 これらのカニは少し大きいと一匹1万2〜3千円もするほど値段も高いが、一方同じような形をしている紅ズワイガニ(別名=月夜カニ)などは値段も半額以下で、味もよく似ているのだが中身の肉の入り方がかなり少ないみたい。素人には判別しにくいので値段で判断するのが一番正確みたいだ。 ところで大阪方面から山陰地方のこれらの漁港に近い旅館に食べに行くのに高速道路を利用しても片道何時間もかかるのだが、さすが大阪人は食べるためならなんのその! 大勢の関西人がマイカーはもちろん電車やバスを利用して出かけていくのだから、地方の人から見たらなんでこんなに盛り上がっているのか違和感さえ覚える方も多いのではないだろうか。 ![]() と言いながらも、僕ら夫婦もまた今年も山陰地方にカニを食しに出かけてきた。 この時期になると、いつも女房殿から5年ほど前にウォーキングクラブの仲間の実家が経営している浜坂漁港の近くの民宿で食べたカニの味の美味さが忘れられないと言うのを毎年聞かされる。 残念ながら僕はまだ現役で働いていたのでもちろん行けなかったのだが。 先日新聞の折り込みチラシを見ていたら、おいしそうな写真入りのカニ旅行のパンフレットが眼に止まったので、衝動的に早速旅行社に申し込んでしまった。 今回はひたすらカニを食し、近くの温泉にはいるだけで他の見学は一切無しの日帰りのバス旅行だったが、最後の申し込みだったらしくバスの座席は一番後ろの席が指定されていた。お陰で最後尾の5席を自由に使用することが出来て大変楽をしながらのバス旅行となった。 ![]() 高速道路を4時間ほど走って、香住という漁港近くのカニ市場というカニ専門店に隣接したカニ八代 れんが亭という料理店での食事となった。 一応写真通りのカニ2.5杯を使用した料理はあったが、昼食時間でこれだけの量を食べ上げるのは大変な労力を要した。 料理はカニ刺やカニみそなどはさすがに活きカニを使用していたのでそこそこの味だと感じていたのだが、女房どのに言わせると、以前浜坂で食したカニは比べものにならないほど美味かったと言ってたが、本当にどんなカニを食べたのやら? また来年美味いカニを目指して挑戦してみようかなとのんびりしたことを考えている。 ![]() ただ良く味わいながら食すにはやはり宿泊をして夕食にビールなどを飲みながら、ゆっくりと時間を掛けて食べればもっと美味く感じるのではないかとつくづく思ったところだ。 胃の中がカニだらけになったあとは、夕日ケ浦温泉近くの「久美浜温泉」の源泉掛け流しの温泉に浸かりながらゆったりとしたひとときを過ごした。 その後はひたすら来た道を帰るだけの行程なのだが、カニだけを食べにわざわざこんな遠方まで出かけて来るということは僕達もコテコテノ関西人にすでに成長?してしまったのかも知れないな。 この帰り道の最後は中国自動車を通るのだが、これまでは必ずと言っていいほど自然渋滞が起こっていた宝塚トンネルも予想に反してスイスイと通過出来たのには驚いたが、現在の不況の原因がこんなところにも顕著に出てきているのだと実感した。 カニなど喰って満足していたらいけない時代になってしまったのかな。 |
2009.02.03 (火)今日は節分! 東北東に向かって巻きずしをパクー! 日本は四季の移り変わりを身体で実感できる素晴らしい国ですね! 昔から立春、立夏、立秋、立冬と季節の変わる前日のことを節分と呼んでいろいろな行事が各地で行なわれてきましたが、現在では年の初めの立春の節分だけになってしまったみたいですね。 そのために「鬼は外、福は内」と叫んで外に向かって豆をまき散らして、ついでに福を呼び込もうという魂胆ですが、こんな不景気には福など来るはずもありませんね。 そのような鬼退治とは関係なく、今年も全国寿司屋連合?の宣伝にうまく乗せられてか全国の多くの家庭の夕食時には、節分とは何の関係もない恵方巻きとか呼ばれる「巻きずし」をつくって今年の恵方といわれる「東北東」に向かってかぶりついたことでしょう。 ![]() 全国一斉に東北東に向けて巻きずしをもくもくと食べている姿を想像するだけでも吹き出しそうになりますが... という我が家でも具沢山の巻き寿司をつくって懸命に食べましたよ! それにしても派遣切りで住む家も失い、蓄えも少なくなった人達も今日はどこかで巻きずしを食べられたのでしょうか? 一刻も早く一筋の光でも彼らの前方に射し込む経済状態が実現するように望むばかりです。 それには政治の力が必要不可欠ですが、連日テレビなどで写される我が国の代表のにたにたと笑いながら訳の分からない答弁繰り返すお顔を拝見しているとますます絶望感と不安といらだちが増すばかりです。 本当にこの国が世界で一番早く不況から脱出する国になるのでしょうかね。 絶望! 絶望! |
2009.01.26 (月)![]() 「平成20年度確定申告書」の作成30分で終了! 今年も確定申告の時期がやってきました。 昨年までは確定申告で毎回約3万円程度還付されていたので、毎年1月20日頃になるとパソコンから国税庁のソフトを使用して「確定申告書」を作成し、所轄の税務署に届けに行くことを楽しみにしていた。 早く届け出ると2月中旬には早速「還付金通知書」が届き、所定の銀行に振り込まれるからだ。 新春のちょっとした小遣いになっていたのだ。 今年も早速パソコンから国税局の確定申告作成ソフトをダウンロードして20年度の確定申告書を作成してみた。 約30分程で申告書の提出用紙までプリントアウトしてすべて完成だ。 ただ今年は残念ながら9,800円ほど納税しなければならない結果になってしまった。 昨年30年も掛けていた郵便局の生命保険が満期になったのだが、その受取額がなんと支払った保険料の約1.5倍にもなって返ってきた。 そのため支払った保険料の差額分を一時所得として申告しなければならなくなったためだ。 所得には違いないので仕方のないことかも知れない。 それにしても過去の配当率の高さには、受け取りに行った郵便局の窓口の人も驚いていた。 この納税額の納入費用には、いつ支給されるかもわからない例の「定額給付金」の受給予定額(2万円)の一部を当てることにするしかないかなと考えている。 ありがたい?この定額支給金が折角支給されても、即支給先の国税局に即お里帰りしてしまうというところだ。 *あとの半分はすでにビールなどの飲み代に前倒しで使ってしまっているのだが、本当に支給してもらえるのかな? ところで今年の確定申告では、初めて株式の売却損益を一時所得として申告した。 株式の売買については現在証券会社の特定口座を利用しているので売却の際に源泉徴収されるので損益の申告は不要となっている。 申告すると一時所得として加算され、健康保険料や住民税の計算基礎額の対象に含まれてその結果大幅に支払額が増えることになってしまうのでこれまでは特に申告しなかった。 ただ昨年末の景気悪化で株式市場が暴落し、僕の持ち株も大きな含み損を出していたので、12月中に一部の持ち株を売却し売却損を確定させておいた。 もちろん売却した株は売却値よりさらに少し下がったところですべて買い戻しておいたが...。 この確定した売却損額は今後3年間は繰り越すことが出来るので、今後株式が上がったときに売却して売却益がでても前年に確定された売却損額と相殺されることになっているので所得税がかからないということだ。 これは合法的な究極の節税対策だといっても良いのではないかな。 常に最新知識を身につけておかなければいけないと再認識だ。 でも日本経済と株式市場の回復は何時になるのだろうか? 麻生首相の予言通り3年内に回復しないとこの恩恵もパーになってしまうのだが。 |
2009.01.13 (火)![]() 今日は四国八十八所巡拝?と巡礼街道をウォーキング! 服部緑地のウォーキング仲間22人とともに今年最初の郊外ウォーキングに出かけてきた。 最初の訪問場所は川西市南部に位置しているいかにもなんでも願い事が叶えてくれそうなありがたい名前の「満願寺」=(神秀寺)への参拝だ。 当初の計画では阪急電車の雲雀丘花屋敷駅から始まるお屋敷町を散策しながら満願寺まで歩いて行く予定だった。しかしこの街は山を切り開いて造成された住宅地なのでかなり急な坂道の連続で山の上に位置する満願寺まで辿り着くのにかなり厳しいことがわかった。 とくに山道なら別に苦にするほどのことでもないのだが、すべて舗装道路なので足の疲れかたも違うので、5つ目ぐらいの停留所の距離しかないのだが今回はバスを利用することにした。 それにしてもこんな急坂の斜面によく住んでおられるものだと感心した。恐らく住民の皆さんは毎日歩いておられるのだろうからかなり足腰が鍛えられて強いのだろうと想像される。 宝塚一帯の住宅街も同じだが、山を切り開いて造成し、その急斜面に建てられた住宅が多いのが特色だ。 さらにこの一帯は17年前の神戸大震災時にはほとんどの住宅が壊滅的な被害に遭ったところで、すべてが最近造成された住宅地見たいに新築された住宅がほとんどだ。 四国八十八所巡拝の路 満願寺前のバス停を降りて、山門に向かう。 山門近くの入り口に入山料として100円を入れるように「浄財箱」が置いてあり、全員100円玉を浄財箱に入れてから本堂まで歩を進めた。 ![]() 但し、ここでは最初にお参りはせず、まず裏山にある「坂田金時の墓」にお参りを済ませる。 ![]() 坂田金時は幼少の頃僕達がよく歌ったことがある「足柄山で熊にまたがり相撲の稽古」という歌と「大江山の鬼退治」に出てくる源氏の武将だが、なぜこの寺の敷地内に墓があるのか不明だ。 伝説によるとこの墓地の他にも2ケ所ほど墓があるみたいだが... さらにこの墓のすぐ横に「四国八十八所巡拝路」と書かれた看板が立てかけられている。 このお寺の裏山には、なんと四国八十八所の一番札所「霊山寺」(徳島県)から八十八番札所の「大窪寺」(香川県)までの名前が彫られたお地蔵様が順番に安置されている。 ![]() ![]() 地蔵様と寺名とを確認しながら約40分ほどかけて一気に八十八所寺から出張?してきている八十八体のお地蔵様をお参りをした。 本物の四国の八十八所を巡ると1,450キロを何日もかけて歩かなければならないのだが。 というと、この「満願寺」とはすこしふざけたお寺ではないかと思われがちだが、歴史も古く、源氏ゆかりの由緒ある祈願所であって、新西国霊場第十三番札所でもある立派なお寺だ。 全員が満願を極めてから、最後に本堂前に集まって巡拝・満願報告をした。 要はお参りというのは個人の気持ち次第というところで、全員がすがすがしい気持ちになったのは間違いないようだ。 まだ煩悩が残っている人は今度は本物の四国巡礼にでかければよいのではないかなと思いながら。 「最明寺滝」 時間的には少し早かったが、陽がよく当たる満願寺の前庭をお借りして早めの昼食を済ませた後、次に巡礼街道の起点である山本駅に向かう途中にある最明寺滝を訪れた。 満願寺から山道を下り、道標を頼りに井植山荘(三洋電機創始者の別荘?)前を通り、最明寺川の渓流に沿って狭い山道をしばらく歩くとこの滝に出合った。 最明寺滝は鎌倉幕府時代の執権・北条時頼が出家し、最明寺と名乗って諸国を旅していたとき偶然見つけた高さ15m程の静かな滝だが、住宅地のこんな近くにあるとは驚きだ。 夏にはハイキング路としても最適の場所にあるみたいだ。 巡礼街道こウォーキング 午後からは、阪急山本駅から清荒神までの巡礼街道と呼ばれている街道をウォーキングすることになった。 約10キロ程の距離だったが阪急電車路に沿った整備された道だったのでそんなに疲れを感じることは無かった。 ![]() 巡礼街道とは平安時代に花山天皇により創設されたと伝えられる観音霊場巡りの道で、那智青岸渡寺を1番札所とし、岐阜華厳寺に至る三十三ケ所で「西国三十三ケ所巡り」として四国八十八所巡りと共に近年人気になっている。 途中にある安産の寺として有名な中山寺は24番札所で、23番の箕面の勝尾寺から播州清水寺に至るまでの道筋を特に巡礼街道と呼ばれていたらしいが、近年は特に昔の面影や史跡がよく残っているといわれている山本から清荒神一帯までを巡礼街道として整備されている。 今回は標識に従って、西宗寺→松尾神社→正念寺と歩き、天満神社の近くでは「行基の投げ石」と呼ばれる石などを見学しながら、中山寺まで一気にウォーキング。 途中、聖徳太子が創建し、我が国最初の観音霊場で「安産の神様」として信仰も厚い中山寺を参拝したあとは、次に売布神社を目指してひたすら歩き続ける。 ![]() ![]() 売布神社は、昔里人が飢餓で苦しんでいたときに、大国主命の二人の娘がこの近く訪れて麻布織りと稲作を教えたということで、この二神を祀ってあるのだが、訪れる人も少ないみたいだ。やはり有名な中山寺と清荒神の間にあるので通り過ぎる人が多いみたいだ。 この神社の裏道を通って最終目的地の清荒神に到着。 ここは関西の人には「荒神さん」と呼ばれて親しまれ、また「火の神様」ととして信仰を集めているお寺でも今日も多くの参拝客が訪れていた。 ここから駅まで続く長い参道にはびっしりと売店が並び、駅までの距離感をあまり感じさせないほどだ。 今日は一日中寒さが身にしみる程だったが、さすが2万歩ほど歩くと少しは寒さも和らいだ気もするが。 |
2009.01.07 (水)![]() 今日の我が家は4草粥?の朝食だ! 普段の我が家の朝食は、ほとんど定番になっているのだが、4つ切りの食パン一枚を真ん中から割いて2枚にして、それをトースターで焼いて4切れぐらいの輪切りのトマトと卵焼き半分をはさんだサンドイッチとトマトジュースと牛乳だ。 ただ昨年まではカゴメのトマトジュースビン(500o)はスーパーの特売時に198円二なるのを待って買いだめしていたのだが、何故か昨年暮れから何処のスーパーでもほとんど特売がなくなり、安くても249円ぐらいになってしまった。 今年からはダイエーで147円で常時販売しているトップバリュー製品のトマトジュースに切り替えた。 ビンの形状や味にしてもカゴメとほとんど同じところをみると、恐らくカゴメで作らせているプライベート製品のような気がするのだがのだが... ![]() ところで今日の朝食は日本の良き風習に従って七草粥の朝食だった。 正月最初の子(ね)の日に若菜を食べると、災いや万病を防げると信じられていたが、この風習が現在の七草粥の起源らしい。 現代では早春の野に生える食用の野菜や野草などのうち、お粥に入れる七草は「ナズナ(ぺんぺん草)、スズシロ(大根)、スズナ(かぶら)、ハコベラ、セリ、母子草、仏の座」なのだが最近は自然のものはなかなか見つけられないのが現状だ。 昨日、女房殿が我が家のちっぽけな庭で前の4草を見つけて採取してあった。 昨年はセリ、ゴギョウは近くの服部緑地内で見つけてあったのだが、今年は機会を逸してとうとう4草粥になってしまった。 従って今年は七草粥ではなくて4草粥となってしまった。 最近ではどこのスーパーでもこの時期が近づくと300円前後で七草をパックにしたものが売られているが、もとはといえばほとんどが雑草に近いものだからあまり買うきにはなれない。 すべて揃わなくて4草粥でも季節感を味わうにはこれだけでも十分だ。 また農家などでも五穀豊穣を願い、新年を無事に迎えられた歓びを込めた行事としてこの七草粥を食べるという風習があったとも伝えられている。 正月にはお酒やお餅、おせち料理などのごちそうを食べ過ぎて酸性になった血液をアルカリ性へと変化させるにはこの時期に採れる七草は最適な食物でであることは栄養学的にみても合点がいくものだ。 たとえば、スズシロ(大根)に含まれる消化酵素のジャスターゼやセリなどの強い香りは酒の飲み過ぎや食べ過ぎた胃のもたれを和らげる効果があるといわれている。 でもそんな現実的なことよりも、後に紫式部が「源氏物語」を書いたときのモデルにしたといわれる光孝天皇が詠んだ和歌(百人一首15番)にも出てくる「若菜」がこの春の七草だったのではないかということだ。 当時の人々にとってはこの時期の七草は大事な食べ物だったので、これを摘んで大切な恋人に送ったのだろう。当時の風習としては、恋人にものを送るときには詩を添える習わしであったことから、この和歌もその一つであったことは容易に推察される。 光孝天皇は親王時代には当時としては結構ハンサムでプレイボーイだったらしくて、取り巻きの女性にもかなりもてたらしい。 そのため特にこの時期になると自分で若菜を摘んでは目を付けていた女性にせっせとうたを添えて七草を送っていたのだろう。 この光孝天皇は若いときから贅沢が嫌いで普段の生活も質素で、天皇になってからもよく自分でも自炊をしていたらしい。 でも54才での天皇即位後、わずか4年で突然病気で亡くなってしまったので、果たして無病息災のこのお粥の効き目が果たしてあったのかどうか? それともこの年齢は当時としては長寿の年齢に達していたのかどうかわからないが... |
2009.01.01(木)![]() 平成21年の夜明けです。 皆様お健やかに佳き春を お迎えのこととお慶び申し上げます! 今年の元旦は我が家のある豊中地方は朝方は時々小雨がぱらつくときもあったがたいしたこともなくすがすがしい気分の中で新年を迎えることが出来ました。 新年といっても昔ほど気持ちが高揚することも無くなりましたが、それでもやはり日頃とは違った新鮮な気持ちになってくるのは、お正月という周囲の独特の雰囲気がやはり影響しているのでしょう。 「一年の計は元旦にあり!」といわれますが、今年も良く歩き、良く食べ、良く考えるという何に対しても前向きに取り組む姿勢だけは忘れずにおこうという誓いを新たにしたところです。 そのため?にはまず神頼みからということで、毎年お参りをしている家の近くの「原田神社」に午後から初詣! 現役時代は転勤で住居もたびたび変わったので、昔から初詣は住居に一番近くの神社にお参りするのが習慣になってしまったみたいだ。 ということで、現役リタイヤー後は自宅から歩いて5分ほどの原田神社へのお参りが我が家の初詣の場所だ。 現在の原田神社は、今でこそ周囲を住宅に囲まれてそんなに敷地も大きくはないが、かって東は吹田市の榎坂町から西は尼崎富松までの実に72ケ村にも及ぶ氏神様として絶大な影響力を持っていたと伝えられている。 また歴史的にも由緒あるところで、鳥居近くに建てられている社記によると684年(白鳳12年)に天武天皇が神鏡、神宝や獅子頭を納められたことや同時代に疫病が流行したときに「妖邪退除」の詔勅を下して原田神社に祈願されたことなどが記されている。 ![]() 昨年は2日にお参りしたのだが、やはり元旦のお参りの方が気分も良いだろうということで女房殿と二人で出かけてきた。 神殿までにはいつもながらの行列が出来ていたが大したことはなく30分程の待ち時間で参拝することが出来た。 昨年同様「サラリーマンを引退後は思うままのブラリーマン生活をしていますが、ダラリーマンにならないよう今年もまた一年元気に頑張ります。」と神殿の前で誓いましたが....。 参拝後はおみくじを買うのが習慣なのだが、なんと今年の運勢は「小吉」だった。一昨年は「大吉」、昨年は「吉」、ということは来年は「凶」?まさか.... あまり慢心しないで気を付けろという警告かも知れない。 特に「女難にはことにきをつけなさい」と書かれてあった。今頃になってどういう意味なのかな? でも「相場」欄には「上がる買え」(speculation: The prices are rising. Buy now.)となっていたので、神様のお告げを信じて今年は株にでも力を入れて儲けてみようかな。 ここのおみくじは英語訳付きだからすごい! 昨年は年金、偽装のオンパレードに加えて、最後はアメリカ発の人工大地震となにも良いことは無かった一年だった。 年末になって続出した派遣切りにあった人達は無事に年を越せたのだろうか? 社会人になるための一歩手前で無惨にも内定取り消しになった学生達は社会をどう見ているのだろうか。 一つも良いことの無かった一年だったが、それでも今年はすこしでも希望を持って過ごしていきたいものだ。 |
