TopNovel世界が俺を*扉>世界が俺を聴いている!・1



1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/13/14/15/16/17/18 …

     

 桜のつぼみも膨らみ始めた、3月半ば。
  竹本奏斗(たけもと・かなと)は、教室の窓からぼんやりと外を眺めていた。
「とうとうやって来たか、新人類一同が」
  その視線が見下ろす先、色もかたちもそれぞれの制服を着込んだ中学生たちがぞろぞろと並んで歩いている。いや、正確には彼らは来月からこの高校に通うことになる「入学予定者」。ようするに、奏斗にとっては近い未来に後輩となる者たちだ。
  今日は午前中が「選抜テスト」で午後が「入学説明会」、今は体育館への移動中なのだろう。
  夢と希望に満ち溢れた集団は、二階の窓から覗いている呆けた「先輩」の存在などに気づくこともなく、皆がはちきれんばかりの笑顔。長い長い受験地獄からようやく解き放たれて、晴れ晴れしているに違いない。
「おーおっ、若いねえ、青春だねえ……」
  そんな奏斗のとなりにずいっと割り込んできたのが、悪友の佐々木。学年末試験を終えた今、放課後だというのにこんな場所でくつろいでいるあたり、彼もかなりの暇人である。
「んまっ、奴らも一年経てば『無念生』に早変わりだろうけどな。はしゃいでいるのも今のウチだよ」
「……で、俺らは来月から『残念生』ってことか」
  佐々木の寒いギャグにそれを上回る寒さで答え、奏斗は大きく溜息を吐いた。何もかもが虚しい、無気力に身体がすっぽり覆われてやる気も出ない。
  しかも教師は口を揃えて「今度はお前らが受験生だ」とハッパを掛けてくる。そんなこと、いちいち言われなくても百も承知なのに。
「あーあ、何かいいことないかなあ……」
  窓下を通るお気楽な若者たちと足並みを揃えたいとは思わない。だが、ここまでつまらない高校生活があっていいのか。そして、そんな本音を語れる相手はとなりにいる「似たもの同士」な佐々木しかいない。
  しかし、そう思っていたのも束の間、友の携帯からあり得ないほどハッピーな着うたが流れ始めた。校則で校舎内の携帯使用は禁止されているが、放課後は教師たちも見て見ぬ振りをしてくれる。よって、帰りのホームルームが終わると、慌てて電源をオンにする奴が多い。
「うおっ、マミカちゃんからだ〜!」
  届いたのはメールのようだ。液晶画面を覗きながら、佐々木は情けなくヘラヘラ笑っている。
  ちょっと待て、と奏斗は心の中で思った。
「えっ、何だ? お前たち、またヨリを戻したのかっ!?」
  ここにいる佐々木という男は、バイト先で知り合ったひとつ年下の「マミカちゃん」に半年足らずの間に三回振られている。しかも、少し付き合っては別れ、また程なくしてヨリが戻るの繰り返し。そのすべてが「マミカちゃん」主導で行われていた。
「そうだよ〜んっ! ってなわけで、悪いな。俺はお前を捨てて、リア充にひた走ることにするわ」
  奏斗は開いた口が塞がらなかった。
  まさか、まだ懲りてなかったのか。あの女は欲しいバッグやアクセサリーがあるたびに、佐々木と復縁する。そしてまんまとプレゼントさせたあとに、お役ご免とばかりに「さようなら」だ。同じことを三度も繰り返されて、まだ目が覚めないとはどうかしている。
「ふうん、それで今度は何が欲しいと言ってるんだ?」
  同性として心底情けないとは思うが、やはりコイツは大切な友だ。ばっさり切り捨てることも出来ずに、オブラート十枚分くらいにくるんだ言葉で訊ねてみる。
「えっとなあー、確かクッチーの長財布とか言ってたな。それがな、天下のクッチーだけあって今までとは桁違いなんだよ。春休みもギリギリ目いっぱいにバイトを入れたけど、それでも無理だ。だから今、掛け持ちで別のところを探してる。こうなったら、深夜の力仕事かな」
  ……おいおいおい、そんなに頑張ってどうするんだ。どうせまた、ソッコー振られるのに。
  奏斗が憐れみを浮かべた瞳で見つめていることに、佐々木はまったく気づいていない。おめでたいというか何というか……まあ、本人がそれで幸せだと思っているなら、これ以上の口出しは必要ないだろう。
「まっ、リア充に縁のないお前には理解できないだろうな〜っ」
  何を言ってるんだ、馬鹿。お前の方こそ、ただの財布代わりじゃないか。
  今度こそ、はっきり言ってやろうかと思ったが、自分がさらに虚しくなりそうだったからやめた。確かに彼女イナイ歴五年以上となれば、リア充の気持ちなんてわからなくて当然。
  そりゃ奏斗だって、最初からこんな冴えない人生を歩んでいた訳じゃない。
  小学校のときには結構モテて、体育館裏で告られることも数回あったが、その後中学に入りアニメなヒロインに興味を持ちだした頃から急に雲行きが怪しくなった。
  高校デビューすればすぐに春が来るのだと信じていた頃もあったが、悲しいかな、もと女子校だったこの高校は女子パワーが半端ない。彼女たちは無味無臭の草食系男子には見向きもせず、学校内では希少価値な運動部系な奴らに群がっている。まあ、こっちとしてもあんな奴らの顔色を窺うよりは、二次元のアイドルを眺めていた方がずっとマシだ。こ、これは、決して負け惜しみなんかじゃないぞ……!
「ふっふっふっ……マミカちゃん〜っ♪ 僕ちゃん必死で頑張るから、待っててね〜!」
  頭の中がお花畑になっている友を見つめて、奏斗はもう一度、大きな溜息を吐いた。
  ―― と、そのとき。
「ここだ! ……いたぞっ!」
  突然、廊下の向こうから数名の上履きの音が響いてきたかと思うと、がらりと教室の戸が開いた。
「あいつだ、捕獲しろ!」
  それは、奏斗たちと同じ制服を着た男子数名だった。いきなりこちらに掴みかかってくる彼らはネクタイの色から察するにひとつ後輩の一年生。もちろん、どの顔にもまったく見覚えがない。同中の後輩というわけでもなさそうだ。しかもその者たちは、となりの佐々木には見向きもせず、奏斗ひとりに襲いかかってくる。
「うっ、うわっ! 何だっ、お前たちは……!」
  見た目は奏斗たちに勝るとも劣らずな草食系な彼ら。でも数人がかりで取り押さえられては、さすがに手も足も出ない状態だ。
「―― 撤収!」
  あっという間に両腕を束縛され、そのままずるずると教室の外へと引きずられていく。
  そんな友のことを助けてやろうとかいう気などまったくないのか、佐々木は我関せずと言わんばかりにメールの返信を打ち続けていた。

 今を遡ること百余年。もともとは「裁縫学校」として始まったのが、この県立真中(まなか)高等学校である。その名前のとおり、偏差値も運動能力も全国高校生の平均値。当たり前に当たり前の面子が揃ってる。
  その流れで伝統ある女子校として地域に貢献してきた我が校も時代の流れには逆らうことができず、共学校として生まれ変わった。それが今を遡ること五年前。よって奏斗や佐々木は共学してから数えて四期生となる。
  今となっては、男女の人数もほとんど半々、野球やサッカーといった男子主体の部活動も盛んで、県大会出場も珍しいことではなくなった。泥だらけになって走り回る高校球児たちの姿を校庭の隅から眺めていると、ここが数年前まで女子校だったなんて考えられない。
  だが、長年の積み重ねは、今なお随所に残っている。
  やたらと立派な作法室があったり、家庭科室がいくつもあったり、男子トイレがとんでもなく使いづらい場所にあったり。……まあ、細かいことをいちいち気にしていても仕方ないだろう。少なくともこの学校を選んだのは自分自身なのだから。
  ―― だが、しかし。この状況は、どう考えても変だ。
  下級生数名は、何やらぶつぶつと呪文のような言葉を唱え続けながら、つぎはぎだらけの校舎の階段を上ったり降りたりしている。さらに長い渡り廊下を過ぎて、それでもまだ両腕の束縛は放たれることがなかった。
「おいっ、お前たち! こんなことしていいと思ってるのか!?」
  こっちの立場は仮にも「先輩」である。だから少しは強気に出てもいいだろう。しかし、彼らは奏斗の問いかけを完全にスルー。そして、延々と続く呪文は、いつの間にか上下のパートに別れ、さらに細分化されて、美しいハーモニーを響かせ始める。
「なんだよっ! 歌う口があるなら、まずはこっちの質問に答えろ!」
  刹那、ようやく奏斗の訴えが届いたのか歌声が止まった。―― というのは気のせいで、単に目的地に到着しただけだったらしい。
  そして、ようやくたどり着いたそこは、芸術選択の関係で、奏斗が二年間通い続けた「音楽室」だった。
「お待たせしました! 二年三組、竹本奏斗、ここに連行しました!」
  乱暴に投げ出された板張りの床。ごろんごろんと転がっていった先に立っていたのは、全身を黒い服で包んだ「魔女」だった。
「ようこそ、竹本奏斗。お前は、今日から合唱部の部員になるんだよ」
  その瞬間、奏斗の頭上をかすめたもの。それは魔法の杖ではなく、どこから見ても当たり前の指揮棒であった。

   

つづく♪ (110616)

Next >>

TopNovel世界が俺を*扉>世界が俺を聴いている!・1