TopNovel世界が俺を*扉>世界が俺を聴いている!・13




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 翌日。
  かなりの睡眠不足でぼんやりした頭を抱えて登校すると、相変わらずのお気楽顔が出迎えてくれた。
「いよっ、奏斗! 今日も元気そうだな」
  思わず「お前には観察力というものがないのか」と突っ込みたくなってしまう。なんでこんなにヘラヘラと笑っていられるのか、その神経がわからない。
「なんだよ、佐々木。えらいご機嫌だな」
  正直、相手をするのも億劫だったが、こんな奴でも高校入学からずっと二年間を共に過ごした仲間なのである。ここは適当に切り抜けよう。
「あったり前だろうが〜っ、なんたって今日はマミカちゃんとおデートなんだからな! うっらやましいだろうが、コイツめ〜っ! ほらっ、こうしてやる! こうだっ……!」
「いててっ! やめろっ、首の骨が折れたらどうするんだ」
  なんでいきなりプロレスの技を仕掛けてくるのか、佐々木の言動は意味不明だ。
「早く言えよ、羨ましいって! お前もなあ、もうちょっと頑張ればどうにかなりそうなものを。そんなに怠けていたら、いつまで経っても寂しい独り身だぞー」
  佐々木の頭の中からは、すでに前日の記憶が抜け落ちているらしい。
  今を遡ること二十四時間前、ちょうど同じくらいの時刻に、この男は校内新聞の号外を片手に持ち、奏斗に真相を迫った。それと、同一人物とはとても思えない。
「マミカちゃん、本当に優しいんだぞ〜! 『バイト大変だけど頑張って』って、何度も励ましてくれるし。あんないい子は世界中探しても見つからねえっ、俺はつくづく幸せもんだなあ〜」
  まったく、一生やってろという感じである。
  明日にも世界崩壊の危機が訪れようとは、夢にも思ってないだろう。
  まあ、このことについては、奏斗も真実とは未だ信じがたい。信じたくないのだが、信じるしかない。
  何故なら、今朝も目覚めたら「あいつ」が目の前にいたのだ。

「よぉっ、また会ったな」
  目覚める前から、鼻の先がえらくむずむずしていると思った。
  もしや風邪のひき始めかと恐る恐る目を開けたら、突然の登場である。あぐらをかいた姿勢で宙に浮き、その長い髪がそれほど広くない勉強部屋に鬱陶しく漂っていた。まったく、不法侵入はやめて欲しい。
「うっ、うわわっ……お、お前はっ!?」
  これが驚かなくてどうする、叫ばなくてどうする。しかし、敵は然る者。こちらがどんなに動揺しようとも関係ないと言わんばかりだ。
「なに、腰を抜かしている。情けない奴だな、そんなで世界を救えるのか」
「なっ、ななな……」
  得体の知れない未確認生物は、空間移動もあっという間らしい。だからといって、これはあんまりだ。
「お前のことだ、『昨日のことはただの夢だ、あんなのあり得ないことなんだ』などと、自分に都合のいい脳内変換をしないとも限らない。本当に人間は情けない、そうやって自分を偽ることばかり考えるんだからな。だが、違うぞ。あれはすべて真実だ。お前がしっかりしなければ、今の生活を守ることはできないんだぞ」
  なんで、寝起きにいきなり脅されなくちゃならないんだ。まったく、訳がわからない。こっちのことを救世主と位置づけるなら、もう少し労ってくれてもいいはずと思う。
「そ、そんなことぐらい、わかってますって!」
「ふうん、どうだか」
  化け物は「魔女」ひとりで十分だ。どうして、こんな奴にまで取り憑かれなくちゃならないんだ。
  黒ずくめの男は、宙に浮いたままで長い髪をかき上げた。
「そうそう、如月美音は今日もちゃんと登校する予定のようだ。あれでいて、根性の座った女だな。お前、尻に敷かれるなよ」
  お前だけにはそれを言われたくないよ、そう思う間もなく、男は煙と共に消えていった。

「おーっ、美音ちゃんだ! 今日も可愛いな〜っ!」
  窓から身を乗り出した佐々木が、叫ぶ。とはいえ、二階の窓からの声は幸いにも彼女の耳にまでは届かなかったらしい。奏斗がつられるようにそちらに目をやると、さらさらと綺麗な黒髪をなびかせた彼女が校門からまっすぐに進んでくるところだった。
「いいよなー、合唱部なら直接話をする機会だってあるんだから。お前、羨ましすぎるぞ」
  とりあえず、記憶の端に昨日のことはインプットされていたらしい。間延びした声でそんな風に言われても、全然嬉しくなかった。
「それなら、佐々木も入部すりゃいいじゃん。俺から、魔女に掛け合ってやろうか?」
「あ、ああ、いやっ〜それは遠慮しとく。俺にはほら、マミカちゃんって彼女もいるしさー」
  そうだ、結局はそうやって逃げるくせに。
  こんな感じて適当に生きていける奴がほとんどの世の中で、なにが悲しくてここまで思い悩まなければならないのだ。
  ――この世が滅びたってなんだって、構ったこっちゃない。自分ひとりが不幸になるのは許せないが、みんな一緒なら別にいい。
  そうやってうそぶいてみるものの、やはり踏ん切りがつかない。
  もしもすべてが真実で、全世界の人々と共にあの世に送られたら、そこで皆からどんな批難を受ける羽目になるのかわかったもんじゃないだろう。
  まだ起こってもないことをあれこれ心配するのもどうかと思うが、だからといってこのままなにもせずに手をこまねいているだけというのも嫌だ。
  それに……これはすでに、奏斗ひとりだけの問題ではないのである。
「歌が歌えない……」
  奏斗にとって、それはあまりに理解しがたい、まったくもって未知の領域であった。それほどの努力などは必要とせずとも、一定の評価を得られる。「歌う」とはすなわちそのようなものだと思っていた。劣等感など感じたこともなく、できることなら芸術選択が三年生に進級してのちも続けばいいのにとすら思っている。
  直接、成績や進学に結びつかなくたっていいじゃないか。自分の唯一の特技を生かす場所が与えられるなら、それだけで自信に繋がる。
  だけど、もしも……それをまったく逆の立場の人間からみたら。
  ――もしも、如月美音に歌う勇気を与えることができたなら……
  それは今の奏斗にとって、世界滅亡の危機よりもよほど重要な事柄に思えた。
  他のことはなんでもそつなくこなす彼女なのだ、ひとつやふたつの欠点など、かえって人間らしくていいかもしれない。ただ、それが彼女の進学、そしてその後の人生にまで関わることだとしたら、その恐怖を打破することは大きな意味を持つ。
  わかっている、でも具体的にどうしたらいいのかがまったくもってわからない。
  知り合って間もない自分に、彼女が心を開いてくれるとは到底思えなかった。だが、このまま引き下がるには、多くの情報を手に入れすぎている。
  彼女は本当は歌いたいのだ、そのことは頬に流れた涙がすべて証明していた。だったら、どうしたら――
  奏斗は再び窓の外を見た。そこにはすでに如月美音の姿はなく、その代わりにたくさんの蕾をつけた桜の枝がゆらゆらと揺れていた。

   

つづく♪ (120118)

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