TopNovel世界が俺を*扉>世界が俺を聴いている!・11




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「か、覚悟って……」
  校内一の美少女、衝撃の告白。涙に濡れる彼女を慰める役を仰せつかったのは、拭けば飛ぶほどのジミーな一同級生。
  千載一遇のこのチャンス、どうにかしてモノにしたい……と思う間もなく、再登場してきた奇妙すぎる謎の男。
  あまりの展開の異常さに、奏斗はまったくついて行けない。しかも、自分たちを見下ろしているのは、いったい何者なのかもよくわからない「物体」なのである。
  最初に出会ったときには白昼夢でも見てしまったかと思いこむこともできたが、間を置かずに再度登場されてしまえば、自分への言い訳すら難しくなってしまうではないか。
  人を喰らうような眼差しで見据えられ、奏斗はこの瞬間にも腰砕けになりそうだ。そうならずに辛うじて踏みとどまっているのは、如月美音が傍にいるからに他ならない。
  か弱き乙女の前で醜態はさらしたくないと思う。が、このままではいつまで持ちこたえられるか、それは定かではない。
  しかし、謎の物体をじっと見つめていた美音は信じられない言葉を発した。
「覚悟もなにも、できないものはできません! あなただって、それくらいはわかっているでしょう? だったら、なんでこんな無理強いするんですか……!」
「き、如月さん……」
  どうしたのだろう、いきなり彼女のキャラが変わったと思うのは気のせいか。学年一の優等生、おっとりした物腰で誰からも愛される美少女が、謎の物体に対し反旗を翻している。
  ――こういうタイプがマジギレすると大変だというのは本当だったのか。
  奏斗は心の奥でひっそりと考えていた。
「別にこっちは無理強いなんてしてないぞ」
  しかし、気丈な優等生に対しても、魔物はのらりくらり。相変わらず宙に浮いた状態で、こちらを見下ろしている。
「俺はな、親切で忠告に来てやってんの。お前らの行く末なんて、そもそも俺には関係ないことだからな。でも、マリィのおもちゃがなくなると、あいつもまた荒れるだろうから。だから、せいぜい頑張ってもらおうと思ってな」
  そして、黒い魔物はけだるそうに髪をかき上げる。
「俺、あの女には弱いんだよな」
  そんな風にしみじみと頷かれたところで、はいそうですかと納得するわけにはいかない。
「そ、そんなことを言ったって――」
  正直、これ以上は関わり合いたくない相手だ。いつもの奏斗であれば、尻尾を丸めて一目散に逃げるところであろう。だが、今はそういうわけにもいかない。
「世界を救うとか、よくはわかりませんけど! でも、なにもその役目を俺たちふたりにだけ押しつけるのはどうかと思います。如月さんは、こんなに嫌がっているじゃないですか。あなたも魔女、いや、山田先生の力になりたいなら、さっさと別の候補者を捜したらどうです!?」
  よくよく考えれば、あまりに荷が重い話だ。
  死力を尽くしたとしても、それでもし失敗すれば、全責任を自分たちが被ることになる。そんな立場に立たされるなんて、冗談じゃない。
  情けないと言われようとなんだろうと、それが正直な気持ちだった。
「そんなこと言ってもなあ……残念ながら、お前ら以外になり手はないんだよな。運命がお前らを引き寄せたんだ、こういうのは理屈じゃねえ。そういうことだから、諦めろ」
  奏斗の隣に立つ、如月美音の握りしめた拳が白くなっていた。
「でっ、でも! やる前から結果が出てることを、頑張れるはずありません。私は歌えないんです、どんなに努力したって、駄目なモノは駄目だったんです! だからっ、いくらなにを言われたって無理ですから。それが原因で、この世界が滅びることになったって、それはそれで仕方のないことです……!」
  たぶん、と奏斗は思った。
  美音は小さい頃からずっと、自分が歌えないことで苦しんできたのだ。高校に進学したことでようやく音楽の授業から解放されることとなったのに、再びこのような厄介ごとに巻き込まれてはたまらないということなのだろう。
  彼女はさまざま場面で十分に努力していると思う。歌以外のことだって、常に上位を極めるためには相当の頑張りが必要なはずだ。
  必死に毎日を過ごしている彼女に、これ以上の苦行を与える必要なんてない。というか、彼女には最初からやる気もないのだ。そんな人間の首に縄を掛け、無理矢理ステージに連れ出したところで上手くいくはずもない。
「……ふうん、そういうこと」
  こりゃ駄目だ、とでも言わんばかりに、魔物は大袈裟に首をすくめた。
「おい、女。お前はとんでもない腰砕けだな。それじゃ、仕方ないだろ。この世界はおしまいだ、もう長くは続かないだろう。でも、それでも構わないんだよな。歌えないせいで、お前は自分の夢に近づくことすら諦めたんだからな。――これ以上、生きてたって仕方ないってことだろ?」
  青ざめたまま固まってしまった美音の顔を、魔物は静かに見下ろす。先ほどまでとはうって変わった、悲哀の色を込めて。
「俺はなんでも知っているんだぞ。お前がとっくの昔に音大入試を諦めていることくらい、昼寝をしながらだって気づいたよ。ピアノ、好きなんだろ。もっと上手になりたいんだろ。だったら、最後まで諦めずに足掻いてみたらどうなんだ。そんな負け犬面してたら、そもそも生きてる価値もないって……!」
「……あ……」
  なにかの感情が、彼女の身体を通り抜けたのだろうか。まるで張り詰めていたものがぷつんと途切れたかのように、美音はその場に倒れ込んでしまった。
「きっ、如月さん! 如月さん、大丈夫……っ!?」
  もちろん奏斗はすぐに彼女に駆け寄って揺り動かしたが、残念ながら意識もないようだ。
「おい、少年。そんなに乱暴に扱うな、しばらく静かにしておけ。そいつはじきに目覚める」
「そっ、そんな悠長なことを言ってる暇ではないでしょうっ。それにもともと、如月さんがこんなになったのはお前のせいじゃないか! 少しは反省したらどうなんだよっ……!」
  端から見ていても、容赦のない物言いだったと思う。同じ内容を伝えるにも、もっと柔らかいいい方があるだろう。
「なに言ってるんだ。反省もなにも、俺は真実をそのまま伝えただけだぞ」
「そんなこと、言ったって――」
  奏斗が言葉を続けようとしたところ、そこにふらりともうひとつの人影が現れた。
「おやおや、ずいぶんと手荒な真似をしてくれたな。エドリアン、お前はそろそろ引っ込んでな。この娘は私がどうにかするよ。とりあえずは、音楽準備室のソファーに運ぶかね」
  魔女はそう言うと、右手を高く上げて、ぱちんと指を鳴らす。すると、如月美音の身体が跡形もなくその場から消えてしまった。
「うわっ、わわわっ……!」
  あるべきはずのない物体がいきなり現れるのにも慌てるが、目の前に確かに存在したものが一瞬にして消えてしまうのも恐ろしすぎる。
  思わず腰を抜かしてへたり込んでしまった奏斗に、魔女は呆れ顔で言った。
「竹本奏斗、とりあえず上に戻るよ。ああ、まったく。どいつもこいつも世話の焼ける奴ばかりだ」

   

つづく♪ (111205)

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