TopNovel世界が俺を*扉>世界が俺を聴いている!・9



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「如月さん……!」
  奏斗は驚いて、すぐに彼女のあとを追っていこうとした。
  しかし、それよりも早く魔女に後ろから襟首を掴まれて拘束されてしまう。
「……わっ、わわわっ! 魔女、じゃなくて、山田先生! 離してください……!」
  どうでもいいが、細腕からは考えられないすごい馬鹿力である。もしかしたら、この人はとてつもない怪力の持ち主!? 最初の拉致事件のときにも、何人もの合唱部員の力を借りる必要などなかったのではないか。
「なにをいう、急いては事をし損じる、と言うではないか。まずは私の話を聞け」
  そうは言っても、魔女の話はとりあえず完結している。ようするに、ここにある楽譜をふたりで完璧に歌いこなせばいいと言うのだろう。男声と女声の二重唱、いわゆるデュエットと言われるもの。ざっと見た感じではそう難しくない音運びに思える。音域もほどほどで、無理なく出せる範囲だ。
「わっ、わかりました! 話は聞きますっ、聞きますから……急いでください」
  音楽室のドアが開いた音がする。このままでは美音を見失ってしまうではないか。
「お前は二重唱でなにが一番大切か、それがわかっているのか」
  しかも、いきなり抽象的な質問である。これはテスト問題に出たら、一番回答に困るパターンではないだろうか。
「えっ、えっとー……やはり、音程を正しく取って、美しいハーモニーを響かせることではないでしょうか?」
  とりあえずは、頭に浮かんだ言葉で答えをひねり出す。
  多人数で歌う合唱曲でも同じであるが、パート同士のハーモニーが崩れたときの悲惨さといったら半端ない。ピアノの伴奏さえあれば、ある程度はそこで音を拾うことができるが、無伴奏、すなわちアカペラの曲になると自分の耳だけが頼りになる。
「いや、それだけでは不完全だ」
  そう言うと、魔女は奏斗の襟首をさらにきつく引っ張る。
「そんな薄っぺらな心がけでは、とても音楽として成立させることはできない。二重唱はすなわち、お互いの心をしっかりと結びつけることだ。わかり合えない人間に、成功はあり得ない。正直、お前たちふたりはあまりに違いすぎ、このままでは心をひとつにすることなど到底不可能だ」
「……は、はああああっ……!?」
  いったいなんだ、コイツは。役目を与えると言ったり、このままでは不可能だと言ったり。もう少し、一貫性のある話をしてくれないものだろうか。
「そ、そりゃあ、如月さんと俺では違いすぎますよ! 向こうは学年一の才媛ですよ? でもって、こっちはその他大勢の生徒。そんなの、所属するクラスを見れば一目瞭然じゃないですか。この役目が俺で無理なら、早く他の奴に回してくださいよ……!」
  仮にも教師でありながら、人を傷つけるような発言をしていいものだろうか。いくら本業が魔女であっても、許されることではないと思う。
「それができるなら、とっくに手は打っている。しかし、他に妥当な存在が見つからないのだから、致し方ないのだ」
  しかし魔女は、さらにひどい言い方をしてくれる。ここまで容赦ないと、怒りすら覚えなくなってしまうから不思議だ。
「だっ、だったら! どうしろと言うんです!」
  次から次へと、信じられない出来事が起こる。しかも、自分たちが頑張らなければ、世界が崩壊するとまで脅された。ガセネタにもほどがあると思ってしまいたいが、そう言い捨てられないだけの証拠も挙げられている。
「――ま、せいぜい死力を尽くせ」
  魔女はそう言うと、奏斗を音楽準備室の外へと投げ捨てた。そして元のようにドアを閉めてしまう。
「あいたたたた……」
  こっちは構える暇もなく床に投げ出されたのだからたまらない。
  幸いなことに、グランドピアノで行われていたソプラノパートの音取りはすでに終わったらしい。部員達は、部室でくつろいでいるらしく、こっちの気も知らない楽しげなおしゃべりがそこから漏れてくる。
「……あっ、如月さん……!」
  しばらくは呆然としていた奏斗であったが、ようやく自分のやるべきことを思い出した。
  とにかくは、飛び出していってしまった美音を追わなくては。彼はそう決意して、音楽室のドアから飛び出していった。

 いったい、どこへ行ってしまったのか。
  逃げていった彼女が辿り着く先など、奏斗には思いつくはずもない。できることなら女子トイレとか男子禁制の場所はやめて欲しいと願いつつ、彼は階段を下りていった。
  前にも話したとおり、この学校の校舎は造りが複雑である。生徒数が増えるに従ってつぎはぎで建て増ししたのが丸わかり、ひとつ道を間違うと目的地にたどり着けなくなる。
  魔女の引き留めで多少時間のロスは出たものの、そう遠くには行っていないはずだ。なにしろ彼女は学園一の人気者。ただそこにいるだけで十分に目立つのだから、取り乱した姿など誰にも見られたくはないだろう。だとすると、部活動の生徒がたくさんいるグラウンドやそこに続く生徒用昇降口は候補から外れる。ここまでの予想が正しければ、彼女はまだ校舎内に留まっているはず。
  だが、その校舎の中にも文化部に所属する生徒が多数留まっている。吹奏楽部は各パートに別れて各階の渡り廊下で練習をしていた。クラス棟へ続く通路すら人目を避けては進めない有様である。
「……ああ、もうっ! じゃあ、何処だって言うんだよ……!」
  とりあえずは一階まで降りたものの、そのあとどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
  だが、とにかくは彼女を捜さなければ。
  あの魔女の言うことが正しいという保証はどこにもないが、次々と想像の範疇を超える代物を見せつけられてしまえば、ただの戯れ言で片付けることは無理になっている。
  気ばかりが焦るが、どうすることもできない。やはり、一度音楽室に戻ってみるか。カバンその他の荷物は置きっぱなしなのだ、しばらくして落ち着けば彼女もそれを取りに来るに違いない。
  そう思って、階段に足をかけたとき。
  どこかで、かさっとなにかの動く音がした。
「如月、さん……?」
  もしかしたら、ただ風がなにかを揺らしただけかも知れない。そう思ったが、とりあえず声を掛けてみた。
「……あ、竹本くん」
  その声は、階段下の一段低くなったところから聞こえた。
「こんなところにいたんだ。どうしたの、いきなり」
  壁の突き当たりには磨りガラス入りの窓が設置されていた。そこからの光に照らされて、彼女の影が階段の向こうから伸びている。
「え、ええと……ごめんなさい。私、驚いちゃって」
  震える声に続いて、くしゅっとすすり上げるような音が聞こえてきた。
  一瞬は気のせいかなと思ったものの、奏斗の足はひとりでに声のする方向へと歩き出す。そして、彼の目に映ったのは――
「え、……どうして」
  美音の頬が濡れている。そのことだけでもかなりの衝撃だったが、彼女の次の言葉に奏斗は我が耳を疑った。
「だって私、歌えないもの。先生もそのことはご存じのはずなのに……」

   

つづく♪ (111025)

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