世の中の 玉も黄金も 何かせん 一人ある子に 別れぬる身は
かしの實の 唯一人子に 捨てられて 我が身ばかりと なりにしものを
思ふぞへ あへず我が身の まかりなば 死出の山路に けだしあはんかも
なげけども かひなきものを こりもせで 又も涙の せき来るはなぞ
子供らを 生まぬ先とは 思へども 思ふ心は しばしなりけり
花見ても いとど心は 慰まず すぎにし子らが ことを思ひて
あさと出て 子らがためにと 折る花は 露も涙も おきぞまされる
煙だに 天つみ空に 消えはてて 面影のみぞ 形見ならまし
なげくとも 帰らぬものを うつせみは 常なきものと 思ほせよ君
御佛の 信誓の ごとあらば かりのうき世を 何願ふらん
知る知らぬ いざなひたまへ 御佛の 法の蓮の 花のうてなに
水の上に 数かくよりも はかなきは おのが心を 頼むなりけり
今更に ことの八千度 くやしきは 別れし日より 訪はぬなりけり
何ごとも 皆昔とぞ なりにける 涙ばかりや 形見ならまし
さむしろに 衣かたしき 夜もすがら 君と月見し こともありしか
野べに来て 萩の古枝を 折ることは いま来む秋の 花のためこそ
この里の 往き来の人は あまたあれど 君しなければ さびしかりけり
おもほえず 又この庵に 来にけらし 有りし昔の 心ならひに
忘れては おどろかれけり 紅葉ばの さきを爭ふ 世とは知りつつ