濱風も 心して吹け ちはやふる 神の社に 宿りせし夜は
思ひきや 路の芝草 をりしきて 今宵も同じ かりねせんとは
山おろし いたくな吹きそ 墨染の 衣かたしき 旅ねせる夜は
紀の國の 高ぬのおくの 古寺に 杉のしづくを 聞きあかしつつ
不可思議の 彌陀の誓の なかりせば 何をこの世の 思ひ出にせん
あしびきの 黒坂山の 木の間より もり来る月を 夜もすがら見る
こと更に 深くな入りそ 嵯峨の山 たづねていなん 道の知れなくに
福井なる 矢たれの橋に 来て見れば 雨は降れれど 日は照れれども
草枕 夜毎にかはる やどりにも 結ぶはおなじ 古里のゆめ
この頃の 夜のやみ路に 迷ひけり あかたの山に 入る月を見て
ももつたふ いかにしてまし 草枕 旅のいほりに あひし子等はも
ゆくさくさ 見れどもあかず 石瀬なる 田中に立てる 一つ松かな
岩室の 田中の松は 待ちぬらし 我れ待ちぬらし 田中の松は
松の尾の 松の間を 思ふどち ありきしことは 今もわすれず
伊夜日子の 杉のかげ道 ふみわけて 我れ来にけらし 其のかげ道を
八幡の 森の木下に 子供らと 遊ぶゆうひの くれまをしかな
籠田より 村田の森を 見渡せば 幾世経ぬらん 神さびにけり
木の間より 角田の沖を 見わたせば あまのたく火の 見えかくれつつ
浦浪の よするなぎさを 見わたせば 末は雲井に つづく海原
ふる里へ 行く人あらば 言づてん 今日近江路を 我れこえにきと