和歌と俳句

藤原定家

院五十首

春霞かすみそめぬる外山よりやがて立ちそふはなのおもかげ

みよし野の花もいひなしの空めかと分け入る嶺ににほへ白雲

山かげはなほ待ち侘びぬ桜花いたりいたらぬはるをうらみて

かずかずに咲きそふ花の色なれや嶺のあさけのやへの白くも

誰か住む野原の末のゆふがすみ立ちまどはせる花の木のもと

飛鳥川かはらぬ春の色ながらみやこのはなといつにほひけむ

春をへて門田にしむる苗代に花のかがみのかげぞかはらぬ

ちらすなよかさぎの山の櫻花おほふばかりの袖ならずとも

みよし野に春の日かずやつもるらむ枝もとををの花の白ゆき

すずか河八十瀬の浪の春の色はふりしく花のふちとこそなれ

やまぶしの人も来て見ぬ苔の袖あたらさくらを打ち拂ひつつ

誰とまた雲のはたてに吹きまよふ嵐の嶺の花をうらみぬ

山びとの跡なきたにのゆふ霞こたへぬはなににほふはるかぜ

櫻色に四方の山風そめてけり衣の関の春のあけぼの

思ふ人心へだてぬかひもあらじ櫻のくもの八重のをちかた

さざなみや櫻吹きかへす浦風をつりするあまの袖かとぞ見る

跡もなき山路の桜ふりはへて問はれぬしるきたにのしばはし

木のもとに待ちし櫻を惜しむまで思へば遠きふるさとの空

春の色ときえずば今朝も見るばかりすこし梢に花の残りて

いかにせむ春もいくかの櫻花かたもさだめぬ風のにほひを