和歌と俳句

藤原定家

藤川百首

おもひあまりその里人にこととはむ同じをかべの松はしるやと

秋の霜に移ろふ花の名ばかりもかけずよ蟲の鳴く音ならねば

眼もはるにもえては見えじ紫の色こき野邊の草葉なりとも

ゆきかへり逢ふせも知らぬみそぎ川悲しきことは數まさりつつ

立田山木の葉のしたのかりまくら交はすもあだに露こぼれつつ

今夜だにくらぶの山の宿もがなあかつき知らぬ夢やさめぬと

朝露は笹分くる袖も干しかねて夢かうつつかとふひともなし

よそ人は何なかなかの夢ならで闇のうつつの見えぬ面影

秋かけて降りしく木の葉いくかへり空しき春の色にも見ゆらむ

たがまこと世のいつわりのいかならむ頼まれぬべき筆の跡かな

たちなびく烟くらべに燃えまさる思ひの薪身はこがれつつ

いろに出でていひなしぼりそ櫻戸のあけながらなる春の袂を

道のべのゐでの下帯ひきむすび忘ればつらし初草の露

おもひやれ葎の門のさしながらきて帰るさの露のころもで

いかにせむ頼めし里を住の江の岸に生ふてふ草にまがへて

ながかれよあらば逢ふ世を手向けして年のを祈る杜の注連縄

わたつみやいく浦々に満つ潮の見らく少なきなかの通ひ路

かりそめのたがなのりそに靡くらむわが身の方は絶えぬ烟を

あふひぐさ人のかざしかとばかりも名をだにかけて問ふ方もなし

もしほぐさ蜑のすさびもかき絶えぬ里のしるべの心くらべに