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     2000年 大島哲蔵さんと佐藤敏宏の私信交換   home 

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2000年 12月2日 17:08 Re:山に雪が降りました

佐藤敏宏様

近況報告を頂きました。寒くなってきたのは仕方がありませんが、少し風邪気味です。

大学は20日ぐらいで休みに入ります。今は試験(レポート)のテーマを決めたりする時期で、今回はムカツク○×という批判力検定の論述にしました。ムカツク公共建築とか、吐き気のする建築家とか思いっきり罵倒しなさいと言う内容です。去年は「君の好きな場所や気になるスペースについて展開しなさい」というものでしたが、いまいち面白くなかったので今年度は逆にしてみました。

今度の住宅も面白そうではありませんか。生真面目な設計は魅力がないので、ウィットに富んだはちゃめちゃ気味のものをお願いします。ドミノ崩しのサボテン住居などというのは少し頑張れば名作になりそうな筋のように思います。夏ぐらいにはできるのでしょう。また見に行きます。

そう言えば、きのうワタナベキクマ君が「今度佐藤さんのところに行くときは同道したい」と言っていました。

今日はこれから私が審査委員をしたアート展のオープニングと長い間建築書店 <柳々堂>に勤めて「自主リストラ」した友人(全く同年輩の関学全共闘だった人)を「励ます会」に出席します。都会にいると色んなことがあるので皆出てくるのでしょうね。彼は30年に渡って自転車で大阪の建築事務所のバカどもの所をご用聞きで回っていました。「少し何も考えないでゆっくりしたい」そうです。

それではまた。大島哲蔵


2000年12月5日14:15 リンゴおくります
大島哲蔵様

とうとう師走になりました。忘れる程前に高校の先生を相手に講演会をと、頼まれていましたがとうとう1日に済みました。12月まで私の生活は持つかしらとその時は思ったのですが、呑気に時間が過ぎていたようです。

大島さんは今年は大学に引っ張りだこですね。去年とは異なり若い人を相手に楽しい様子羨ましく思います。

2日から4日までウチダヤスヒロさんの実家にオジャマして、秩父夜祭りを見学してきました。若い娘も誘ったのですが、ドタキャンでおばさんたちを道連れに、内田さんの妹さんの参加とお母さんの料理と我々主催の握り寿司会をしたりして、便乗夜祭りを見てきました。

大変熱の入った、300年ほど続く夜祭り。話には聞いていましたが、江戸の折々禁止令も出されながら続けた祭りらしく、なるほどと感心させられることも多く、参考になりました。8万人ほどの市なのですが、盛り上がること盛り上がること、祭りが長時間にわたり続く、4日の朝方5時頃まで神事があったようで祭り囃子が鳴り響いていました。

屋台や傘鉾の形式と自由は日頃建築の中であれこれ思いを巡らしているので、大変参考になりました。人々を参加させる方法もなるほどと思うことが多く、人のマトメ方と言うモノを思い知りました。建築を作りに参考にさせてもらいます。

サボテン邸になって仕舞いそうですが、明日から既存建物を解体します。土地捜しをしたので、準備もコチラがします。ですから発注者には何かといえば頼られ、図面の進行を阻んでいます。手が遅いので丁度言い訳に使うのに良いです。

サボッテン邸の完成時には菊真さんが同行と有れば手抜きは出来ませんので、今日から本家のサボア邸の模型を作りまして研究し、抜かりがないようにいたします。

少々リンゴを送りますが、実家の宛がいいでしょうか、大阪のほうが良いですか連絡頂ければ幸いです。



2000年12月6日 11:28メイルありがとう

佐藤敏宏様

秩父夜祭りとは羨ましいです。噂には聞いていたので、いつか行きたいと思っていました。ウチダ君はそうした激しいところがあれば、とっくに伸びていたのでしょうが、あの土地柄は普段は抑圧が激しくて、地元集団が奮起しなければ日常性を打破できないのかも知れません。

今度の住宅は頑張って下さい。丁度良い時期、良いタイミングにさしかかっていると思います。ローカルなウィットとインテリジェンスを両立できる作家は貴君を措いて他にありませんからね都会風のそれでないことが魅力です。

リンゴを送ってくれるそうで、有り難うございます。大阪の方にいただければ幸です。スーパーで買うことが無くなってしまいました。余りにも味に差があるので。

大学は適当に楽しんでます。準備は大変ですが予習と同じで、やっただけのことが結果としてそのまま現れてきます。学生にとっても私自身にとっても。  大島哲蔵


2000年12月10日16:54明太子とどきました
大島哲蔵様

今日明太子がとどきました。有り難うございました。

市内に雪がふつたりと、寒くなってきました。昨日、今度の住宅計画地にある建物の解体をようやく済ませ、本格的に実施設計をし始めます。

大きな家にしたのでローコストにせざるを得ずこれからが腕の見せ所なんて意気込んでおります。年の瀬も新年も横目で図面を書き上げないと夏休み完成に間に合いそうもありません。久しぶりの特急仕事になりそうです。

このところ目が衰えたようで、疲れます。丁度時間があったのでサボア邸の模型をこしらえてみました。以前ロンシャンの模型をこしらえていたので比較すると面白いです。

コルビュジェは終生ドミノの住人であったと思いました。柱を整然と配置して、壁を自在に取り付ける。ロンシャンでは壁自体が光の部屋に成長して内部も外部も質的な差がないのでした。つまり地球をドミノ空間と見立てそこに壁を配置したと言えると思います。

近頃流行の上下床の大きさの違う建築も難なく処理していたし。ドミノの床がめくれたりして変形していったりする。原型の中身をアッサンブルする手法が続いていて面白いとおもいまいした。

ミースの壁は死んで行くのに対して壁が大地から生え出るようなかんじが面白いですね。サボア邸は方形のなかにばらりとかく要素を投げ入れたママで構想がそのまま形になつていて、若々しい建築でした。

大島さんに紹介して頂いた本を今頃眺めて模型など作っています。少しずつ理解を深めていきたいと思っております。近況まで。


2000年12月25日 16:03 
島哲蔵様

今年もあとわずかになりました。夏に千万家を見学に来ていただいたり、大学で紹介していただいたりと、目をかけていただきまして有り難うございました。

リンゴも喜んでただき感謝します。コチラは何にも実力がないので、経営と言えない寂しい状況です。住宅の設計を々依頼されるぐらいが幸せと言うモノです。それを私の運命と思い、それほど悔いも何にもないです。

昨日忘年会で那須周辺をうろついて来ましたが、開発された住宅団地の景観は墓標が並んでいるようで、うすら寒い気分でした。

こういう気分を少し変える事に役立てる人間になることがこれからの仕事なのかなと道々思いました。

先ほど東京に住んでいる人から電話が有りました。住宅を建てたらしいのですが、やはり情報を発信して、玉石混交の世界に入るしかないんろうなと、ぼんやりおもいました。

10+1楽しみにしております。



2000年12月27日 14:54 大雪でした

大島哲蔵様

昨日は大雪でした。雑事で仙台の子供の所へ行ってきましたが、東北道が閉鎖で普通の道をのろのろと往復しました。

家に着くと雪の中から本が出てきました。

大雪や なかみや抗う 包みかな

こんな感じでずぶ濡れ一歩手前でした。「10+1」と「国際校正主義の建築」



2000年12月 27日18:32途中で失礼しました

大島哲蔵様

先ほどは途中でメールが終わりまして失礼いたしました。人が訪ねて来て、パソコンを操作していまして、電送されてしまいました。

2冊の本楽しく読ませていただきます。10+1の方の人選はどうなっているのか解りませんが、きつい一発ですね。ミヤモトさんのは好意的でしたね。

例の下が田の字型で上にワンルームが乗ったプランの家が有りましたが、あれが西の宮北口のいえでしょか。今度大阪方面に行くことが有ると思いますので、その時にでも案内頂けると嬉しいです。

文化が先ほどとどきました。作品は全部CD−ROMでパソコン苦手のおじさんには一寸困りものですが、覗いた感想ですと割合面白そうですね。

パトロンの中身もゆっくり読んで感想いたします。国際構成主義の方も正月に読んでみます。

本ありがとうございました。



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