大島哲蔵さんからの便り 1998年    HOMへ
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 1998−1−9−21:14

佐藤様

明けましておめでとうございます。またあたらしい年が始まりましたが、良い材料はありません。経済の方が先に大世紀末に突入した感がありますが、芸術の方は年中疑似世紀末をやったので余り新鮮味はありませんね。私は今年も方針を変えないで、ポジティブに攻撃的にやろうと思ってます。でもそんな事を言っていられるのも、昨年後半に絶大なご支援をいただいたからだと、改めて感謝しております。

黒姫でのプロジェクトと白河での一件がなければ、精神的にはまいったような気がします。

50をまじかにやっと明確にわかったのですが。人間の真の敵は「こんな人間たちなら放っておけばよいのであって、何も自分が苦労する必要はない」と考えてしまうことです。向上ということが意味を失い、他人に対する興味が薄れてしまいます。

しかし事実その感は深いわけで、要はその程度を調節して、どこまでgiveupしないかです。

都市も学校も建築も何とでもなれば良いと考えてしまえば、あとはうまく適合して行けば良いわけです。役人たちも国も民族も社会も自分がうまく行ってこそ、と感じて動いてるのでしょう。

確かに庶民はそれでよいのでしょう。そうではない人が多数居る「文明国」ではインテリもなにかと居残れるのです。いろいろ情報交換して、うまくいっている人がアシストしながら、頑張れるはずです。

ところが、日本ではたまたまうまく行った人は庶民以上に庶民水準に立ち戻り、世俗べったりになってしまうわけです。

 そこで私はより過激に庶民性や世俗を切り捨てて(庶民が庶民であることは当然でもインテリは違う)ハイに突っ走るべきだど決意しました。 たこ焼きを食べて天下国家を論じることを追求するのです。この大阪のアホな考えに東北のインテリの人間味と詩的資質と天才的な造形感覚を今年もぶつけてください。くれぐれもよろしく。大島


●1998年1月12日

あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします。昨年末に発表された母校の合宿所のコンペを正月返上でやっていまして連絡が遅れてしまいました 。設計主旨を送ります。完成品は24日ごろに出来る予定です。それも送りますのでご批判願います。

今日やっと模型が完成し明日は写真撮影です。すこし疲れましたが学校の教材になればと思い時間がないのを承知で始めましたが大雪も忘れ(40p以上降った)模型を作ったにあ良くない所が多いがとりあえず完成させます。

正月や大雪けちらす コンペかな

てな感じです。白河の教育委員会は一方的に交渉を打ち切って来ました。中断のようです。フジタさんはガンの再発で余命わずかだそうです。僕は死ぬまぎわまで建築を楽しんでしまいそうで妻をがっかりさせています。「すこしは私の事も考えて」と充分考えているですが子供のようになってしまったのは 薬のせいでしょう。

今年も建築に失望などしません。本が大島さんから送られてくると私は元気づけられからです。編集のよさと建築の質の高さです。資料やゴミ本だけらけの小さな部屋でコタツを台に図面を書いています。

混生へ コタツ設計 線をたて

今年は数回直方体の森(美術館で建築会議を開きましょう) 大島哲蔵様
佐藤敏宏

1998ー1−(?)

佐藤敏宏様                     大島哲蔵より

 正月コンペは大変だったと思いますが、考えようによっては乙なものです、。炬燵設計というのも良い感じです。結果が良いことを祈ってます。設計主旨もよく解ります。結論が田の字形とエの混成というのがまた笑えますが、建築を言葉で説明すると、どうしてもそうなってしまいますから仕方がありません。(悪く言っているのではありません。よくわかるのです)

 世界中庶民のレベルはどこも同じようなものですが、インテリのレベルは日本が最悪です。そのことは本の作りと内容を見れば歴然としています。焼け石に水ですが、大阪と福島は私達がかさあげすることにしましょう。

 コンペが終わって一段落したら、何処かでゆっくり話をしませんか。正月どこに行かずに原稿整理してたので、ご指定のところにいつでも惨状します。もちろんこちらに来ていただいてもよいです。最近通っている野尻湖畔の安ホテル(¥8000)は他に何もないので楽しいですよ。 近所に楽しい炉端焼き飲み屋もありますよ。あるいは北陸へ行って蟹をたべましょうか?

奥さんのこととフジタさんのことは誰のせいでもなく本当に気の毒なことです。人間的に、才能として、努力としても何の問題もない人達が自分の責任外のことに苦しなければ、ならないことはやりきれないことです。私のような非才、無責任、浅学、苦労したくない、健康管理ゼロ、罵倒好きの人間がのうのうと生き延びているのに・・・・。

世の中そんなものなのでしょうが。学校図書、出来が悪かったですが、請求書送ります。まだでしたらよろしく。その後病院の資料を頼まれおなじように調べてみましたが、ほとんど見つかりません。本当の名作はまだこれからです。


 1998−1−19−23:02

佐藤様 コンペ終了したようで、お疲れさまでした。例の住宅を基に作られたようです。今回は右側にシリンダー状のモチーフが来ていますから、背後の二連の塔が全体のバランスから言うと、すこし押さえられて、連続的に一体化されていたほうがよかったと思いました。あの住宅との関連も欲しいとは思いますが、違った様相を呈していることでしょうから、審査側次第では面白いわけですが、結局平凡なモノに落ち着くかも知れませんね。BOX12が完成したら見に行きます。

それからドイツもぜひご一緒したいと思っています。夏の前後ぐらいで、14日ぐらいあけられますか?。出来れば最低10日位使って4カ所ぐらい回りたいですね。

ワタナベさんが府の建築士会の会長就任という話はどうもだめだったようです。本人は相変わらずもの書きに精を出していますが、仕事もないようで、かなりピンチな感じを受けます。

これからは本当に困難な時代が始まるのですね。金持ちが金を使わなくなって、市中に金が回らなくなり、その流通のついでに、生きていくだけの金を得ていた多くの人達は皆追いつめられてしまいます。革命的な変動を経ないことには当分うまく行かないでしょう。

いっそのこともっと絶望的になれば ほっといても変革は始まりますが、結局は蛇の生殺し状態に置かれているのですね。

今年は雪が多いそうで、市民生活は大変でしょうけれども、積雪の街はどこかしら昔ながらの素晴らしい雰囲気に包まれるのでしょう。雪は余計なものをすべてマスクしてくれますからね。 それではお元気で。 大島哲蔵



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