TopNovelさかなシリーズ扉10111213


〜みどりちゃんの妹・ぼたんのお話〜
…1…

 

 

 ――私、思うんだけどさ。恋愛の神様って、絶対に女だよね。きっと全然男が寄りつかなくて彼氏いない歴が一万年とかなんだよ。そうじゃなかったら、この状況って説明付かない。

 

 駅ビルを出た途端に、通りを吹き抜ける突風にあおられた。

 冬一番の寒波が今週末は上陸するって天気予報で言ってたっけ。天気はいいんだけどなあ……おお、さむ……! 暦の上では春と言っても、まだまだこの先も分厚いコートは手放せないわ。そうよ、寒いのはこの気候のせい。絶対にあんな、すっとぼけの馬鹿男のせいじゃない。

 ぷすんぷすんと、気分は瞬間湯沸かし器。頭から蒸気を上げながら、私は横断歩道のない場所を突っ切る。交差点に入ってきたワゴン車が驚いてブレーキを踏んでるけど、そんなことは気にならないわ。いいのよ、もう。私、やさぐれてるんだから。車とケンカしてどうにかなったところで、構わないと思っちゃう。きっと夜のニュースで一度くらい写真が出るかもね。そして、それを見た人が思うのよ。

 ――ああ、何て可哀想なんだ、こんなに若くて可愛い子なのに。……とかね。

 ううう、何枚も重ねたペチコートが足にまとわりついて、歩きづらいったらない。普段だったら、軽やかに足下を彩るそれも、手持ちの中で一番暖かいカシミアコートの内側では窮屈そうだ。……え? 少しはTPOを考えろって? 何を言ってんのよ、馬鹿ねっ! 少しくらいの不自由さは乗り越えないと、完璧に決められないんだから。面倒な編み上げのブーツだって、負けないわ。

 信号待ちで、今度はきちんと一時停止。さすがの私も片側三車線の幹線道路を突っ切る根性はない。てもちぶさたで横を見れば、銀行のガラス張りの外壁に映る、とびきりの美少女。まるでおしゃれな雑誌からそのまま飛び出して来たみたいだわ。年齢的には「少女」という分類に無理があるけど、いいの童顔だから。
 ライトブラウンの髪は完璧なウェーヴ、くるんとした長いまつげにこぼれ落ちそうな目。綺麗にかたちを整えた眉は柔らかいカーブを描いてる。美容エステが併設されてるお店でカットして貰ってるから、磨き上げる技もプラスされて上々の仕上がりよ。いくら高い服を着込んだって、首から上が欠陥品じゃ仕方ないのよ。完璧メークで決めたって、素材が良くなくちゃね。

 進行方向の信号が青に変わる。ほら、ご覧なさい。すれ違う人が全部私を見てる。特に男の人なんて、嫌らしいくらいねっとりとした視線を向けてくるわ。ちょっと気色悪いけど、気付かない振りしなくちゃね。こういうのもサービスだわ、可愛いって本当に大変ね。

 

 このまま5分ほど歩けば自宅にたどり着くんだけど、今日は交差点を渡りきったところで右折。

 実はまだ、真っ昼間で就業時間中だし。その上こんな般若みたいな顔をして戻ったら、ママがびっくりしちゃうもん。またおろおろと泣き出されちゃったら、面倒。
 なんかねー、お姉ちゃんがお嫁に行っちゃってからと言うもの、ママは前よりももっと頼りなくなっちゃった。きっと、自分が母親だってこともすでに忘れてるわ。

 突き進むのは駅前の商店街。再開発事業のたまもので、綺麗に並んだ店舗はどれもみんなおしゃれ。わざわざ都心のデパートに行かなくたって、十分恥ずかしくないものが手に入る。一足先に春物が並んだ店内は、いつもならうきうきと眺めるんだけど……今日はやめとく。だって、あの頭の軽そうな馬鹿っぽいディスプレイが、萎えるんだもん。
 何やってんのかしらねー、飾り付ければいいもんでもないのに。そこら中が色とりどりのハートとリボンで埋め尽くされてる。つい二月前はクリスマス・ムード一色に彩られていたはず、本当に変わり身が早いんだから。バレンタインギフトなんて、そもそもどこかの国のチョコレート会社が自社商品を売るために始めたことでしょ? もともとのいきさつはこんな仰々しいものじゃなかったって聞いてる。

 間抜けよね、だって日本人なのよ? こんな風に西洋かぶれする前にもっと自分の国の文化を極めなさいって言うの。

 そうよ、どこを見渡しても馬鹿ばっかり。見た目や肩書きはちょっといけるかなと思っても、一皮むくと情けないことこの上ない。その上、私がとびきりの上玉だからって、鼻の下伸ばして下心丸見え。自分のその情けない顔を鏡で見てご覧なさいよ、って感じ。
 でも、まー少しはすっきりしたかな? どーんと辞表を突きつけた時の、あの顔って可笑しかった。イマドキ時代遅れのニヒルを気取っちゃってさ、スーツはアルマーニなんてほざいていた奴が、目をまん丸くしちゃって。ああ、そうでしょうよ、この不景気。せっかくの正社員の椅子をフイにする馬鹿はいないと思ってたんでしょ? おあいにく様、私を雇いたい企業なんて掃いて捨てるほどあるんだから。

 ――けど、ホントむかつくっ! ちょっと誘いに乗ったくらいで「俺の女」扱いするんだもん。あんたみたいに中身のないぺらぺらな人間、付き合うだけ時間の無駄よ。まあ、そこまで見抜けなかったこっちにも落ち度がある。そう思うから、イライラするのよ。「今度こそは……」とかときめいてたんだから、情けない。

 あああ、心がますます荒んでいく。いいのかしら、今に不細工なむっつり顔がデフォルトになっちゃうわ。そんなの絶対に困る、はたちからの顔には自分で責任を持たなくちゃならないのに。やっぱ、こんなじゃ駄目。早く浮上しなくっちゃ。

 イライラした時に、私が向かう場所はたったひとつ。ほら、見なさい。イイ女は、自分で自分の感情をコントロールする術をちゃあんと身につけてるんだから。

 

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「おじさんっ! いつものお願い……!」

 商店街の一番端、少し離れた場所に立っているそこは、瓦葺きのお茶室みたい。申し訳程度の竹が植えてあって、古都の香りをだしたつもりかしら。「準備中」の札が掛かってる扉を、迷いもなく開ける。そして、そのまま突っ切って、ショーケース奥の椅子にどっかり腰を下ろした。

「はい、どうぞ」

 普段は包装したりするために使われる作りつけの長机。その上に、大きなお皿がどんと置かれた。隣にはたっぷりした湯飲み。なみなみと香りのいい緑茶が注がれている。とたんに、私の心は春爛漫、花盛りになっちゃう。

「わ〜いっ、いただきますっ!」

 うんうんっ! これよ、これ。もう、世界で一番大好きな「三色団子」――ピンクと白と緑の三色、大振りのお団子が串に刺さってる。それがお皿に山盛り、二十本くらいはあるかも?

 ……え? そんなのどこにでもあるって……?

 いやあねえ違うのよ、ここ『楽々亭』のは。ピンクは桜風味で、緑はちゃんと天然のよもぎの香りがする。外から見たらただのお団子だけど、実は中に餡が包んであってそのお味の上品なこと。ちっちゃい頃から、これが好きで好きで。誕生日のケーキの代わりにも欲しかったくらい。
 私、これさえあれば生きていけるの。昔から、少しも変わらないつやつやの輝きを見ていると癒されるわ……う〜ん、やっぱり最高よねっ! ……あれ?

 三本目で、ようやく気付いた。何だろう、ちょっと待って。何か違和感がある。そんなはずないのに、おじさんの作るお団子は私の二十年あまりの人生の間、少しも変わってないよね。でもでも、これだけとぎすまされた私の味覚が間違えるはずはない。不思議に思って、顔を上げた。

「いつものと微妙に味が違うよ。何かしたの? おじさん――」

 

 ――その瞬間の、驚きと言ったら。

 言いかけて、思わず丸のまんまのお団子を飲み込んでしまった。串を持ったまんま、立ち上がる。そして、ざざざっと後ずさりした。

 

「きゃあああああっ!! あなたっ! 誰よっ、泥棒っ!! おじさんをどこにやったのっ!?」

 なっ、何なのよっ! コイツ、おじさんじゃないっ!! そういえば私、お店に入ってから一度も相手の顔を確認してなかった。だって、白い仕事着と帽子をかぶった姿を見たら、絶対におじさんだと思うじゃない。こだわり屋のおじさんは、仕込みから販売までを全部をひとりでやっている。だから、手が足りなくなるとすぐに「準備中」の看板が出ちゃうんだ。昼下がり、おつかいものが必要な時間帯だって関係ない。

 だから、だから。お店にいるのはおじさん以外にあり得ないと思ったのよ。普通そう思うでしょ!? やっぱ、コイツって「不審者」って奴? 私、結構ヤバイ状況っ???

 そうよね、物騒なご時世なんだからあり得ないことじゃない。でもでもっ、こんなお店、金目のものだってそんなないはずよっ……! ええとええと、こういう時はどこに連絡したらいいのっ。119番? ……は消防署か。うわあ、頭が混乱して何も浮かばない――!!!

 

「……嫌だなあ、そんなに驚くことないでしょ?」

 おじさんに成り代わった男は、よくよく見るとかなり若そうだ。……同世代くらいかな? 私がこんなに慌てふためいているというのに、全然動じてないのよね。せっせとおまんじゅうを補充してる。いやいや、のほほんとしてこっちを油断させるつもりなんだわっ、絶対にそうよっ!!!

「ほら、ここに書いてあるでしょう? 今日は白の中に柚風味の白あんを入れてみたんだよ。もちろん、親方には了解済み。どう? なかなかいけたでしょ?」

 それから、ケースのこっち側に回ってきて、中を確認してる。「よし」って、小さな声で頷くと、入り口まで歩いていって、札をひっくり返した。

「ここの親方、週末に同好会のハイキングに行って、頑張りすぎて腰を痛めたんだって。半月は療養が必要だからって、僕が呼ばれたんだ。どうぞよろしくね」

 え? 何っ……? よく分からないけど、右手を差し出されたから何となく握手した。男のくせにすべすべして綺麗な手。爪も短く切ってあって、衛生的だ。……もちろん、職人さんとして当たり前のことだけど。

「親方から聞いていたよ、頭にリボンを付けたふわふわ頭のお嬢さんが来たら、串団子をあるだけ出してあげてって。……ふふふ、本当に言われたまんまの子がやって来て、驚いたなあ……」

 

 ――何よ、この男。

 バックに流れるのは、おじさんの趣味の民謡のテープ。三味線の音が妙に耳に響く。ガラス越しに降り注ぐ、昼下がりの日差し。今日1日分の「びっくり」を顔に貼り付けたまま、私はしばらくマネキン人形のように立ちつくしていた。

つづく (050211)


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