TopNovelさかなシリーズ扉10111213


〜みどりちゃんの妹・ぼたんのお話〜
…3…

 

 

 なかなか彼氏が出来ない、出来ても長続きしないって感じだから、みんな言うわ。「あんた、高望みしすぎでしょう?」ってね。でも、そんなことはないと思う、私は全然普通だよ。なのに誰も分かってくれないの。

 

 もともとがふたり姉妹だったのに、お姉ちゃんはさっさとエリートな次男坊を捕まえて結婚してしまった。となると、私に残されたのは「婿取り」っていう面倒な立場。まあ今のご時世、別に何があっても家を守ろうなんて健気な考えを抱くこともないし、いざとなれば何とでもするつもりだけどね。かといって最初から突っぱねるつもりも毛頭ない。

 ただ、お見合いで好きでもない相手と成り行きで一緒になるって言うのだけはご勘弁。やっぱさ、行き着く先は一緒でも、それまでの過程が大切だと思うのよね。ぜーったいに大恋愛をして、その末に結婚したい。それだけはどうしても譲れないの。けど……、そんなささやかな願いすら、難しいって言うんだから嫌になる。一体、私が何をしたって言うのよ。

 中学からエスカレーター式で進学した短大を出て早2年、それなりの努力はしてきたと思う。相手が私に惚れ込んでくれるのは当然だけど、問題はその人を私自身が気に入るかどうかと言うこと。本当に、それだけなんだけどなあ……。

 

 そりゃ、私は恵まれていると思うよ。

 何しろ、普通の人よりもずっとモテるもん。幼稚園に上がる前、ほのぼのと公園で遊んでいた頃から、私の周りにはいつも男の子たちが群がっていた。何にもしなくても、あっちからどんどん押しかけてくるの。お砂場の場所取りとかでケンカになったときとか、大変だったよ。私、何も悪くないのに、ママってば真っ青になっちゃって。
 まー、しょっぱなからそんなだったもんね。その先もご想像通りの展開よ。それでも小学校の頃は男の子たちも子供っぽかったから良かったんだけど、中学に進学した頃から面倒ごとが多くなってきた。おかげでずいぶんと人生勉強をさせてもらえたわ、男って本当に自尊心が強くて、ゲームに勝つのが大好きで。そういうのを「可愛いわね」と思えるほど、私甘くないの。

 何はともあれ、馬鹿は嫌い。この場合「馬鹿」っていうのは、いわゆる「学校の成績が悪い」じゃないの。成績優秀で誰もが「ほおぉ……」って溜息付いちゃうような大学を出ていたって、世の中には「馬鹿」みたいな男がいっぱいいる。自分は偉いって思っていて、周りから賞賛されることを当然だと考えている勘違い。そういうのが一番嫌いなの。

 幸か不幸か私は賢かったから、通っていた塾もレベルが高かった。え? 短大がくっついてる学校にいながら、どうしてそんなところに行ったのかって? 決まってるでしょ、だって女子校じゃあ「出会い」が少ないもの。たまに若い男性教師が来たりすれば、もう職員生徒を問わず壮絶なバトルが繰り広げられる。女の争いって、とにかく言い表せないくらいすごいんだから。
 もちろん、これだけの上玉の私だもの、黙っていてもあっちからお声がかかることも少なくなかった。でもさ、そうなるともうあとが大変なの。面倒な争いごとに巻き込まれるのはたくさんだから、さっさと退散したわ。やっぱ、狭い世界は駄目よ。アンテナは外に向けなくちゃって。

「外部受験を考えてるの……」

 な〜んて言ったら、両親はころっと騙されてくれたわ。本当におめでたい人たち。お姉ちゃんはいつも赤点すれすれで、進級時にはいつでも保護者が呼び出しを食らっていた。ほら、いくらエスカレーター式って言ったって、限界がある。学校のレベルを保つためには、あんまり成績の宜しくない生徒は「公立にどうぞ」って言われちゃうんだ。ま、私には縁のない話だったけどね。

「そんな頑張ることないじゃない」って、言われたりもするけど。私は勉強するのもお稽古ごとに通うのも嫌いじゃなかった。仕事だって、きちんとしてるよ。だってさ、いくら「可愛い」ってちやほやされても、それって正当な評価にはならないから。テストで百点取る分には「可愛いからっていい気になってるわよね」とか陰口を言われる心配もない。

 

 それ以外にはあんまりこだわりないのよね。いわゆる「三高」って言うのにも興味ない。その点、お姉ちゃんはすごかったよ。とにかく「外見」が第一で、カッコイイがないと始まらないの。だからその分、失敗ばっかりしていたわ。その頃はまだ「居残るのはどっちか」っていう関係だったから、口を挟んだりはしなかったけどね。

 まあ、パパがパパだし。ちっちゃい頃から「アンパンマン」を一番身近な男性として認識してたんだから、「男は顔じゃない」って知ってる。パパはどうしようもないくらいの恥ずかしがり屋で全然格好良くないんだけど、でもママにとっても愛されてるしある意味すごい人ではある。
 学生時代の貯金を頭金にして買い取った小さな小さな本屋さん。そこがいつの間にか駅前一等地の貸しビルに変身した。今では不動産賃貸業を幅広く営む実業家。その事実に一番驚いているのがパパ本人だ。だってさ、普通ないでしょ。電車の路線の方がこっちに向いてきてくれるなんて。やっぱ、幸運をつかむのも才能のひとつかなと思ったりするよ。

 ……そう。そんなわけで、お金のこともあれこれ言わない。私のお婿さんになった人は、その人が希望すればパパの跡を継いでもらうし、そうじゃなければ私が自分でどうにかするわ。女性実業家って言うのもカッコイイし、結構憧れてる。きっと上手に出来るって自信もあるわ。

 

 ほら、こうやって考えると謙虚なもんでしょ? なのにさ、何なんだろうね。「今度こそは」って期待した男たちが、残らずどーしようもないスカばっかり。こんなに外れくじを引き続けちゃ、もう駄目かなって思えてきたりするよ。

 卒業して最初に就職した会社でも「若手ナンバーワンのエリート」って言う先輩が早速交際を申し込んできた。まあ、見た目ではピカイチだったわね。でもこれがもう、薄っぺらのぺらんぺらん。ついでに筋金入りのマザコンだった。うわー、やばーと思ったら、何と会社が不渡り出して倒産して。そのごたごたで別れることが出来て良かったと思ってる。
 どうにかありついた次の職場でも、言い寄ってくる男は何人もいた。だけど、今度は失敗しないように十分に検討したわ。それなのにさー何よ、付き合いだした途端に豹変して。あれで本当に28歳? すごいおじさん臭い感覚だったわ。もう、最低っ!

 

 ――やっぱ、私は自力ではいい男にありつけない星の元に生まれちゃったのかな……?

 

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「ふふふ、ぼたんちゃんって、面白いね」

 昼下がりの市民公園。噴水広場の前は、お決まりに鳩がたくさん集まってきている。すぐそこのショップで買ったポップコーンをどんどん彼らにご馳走してる。
「今日はお天気がいいから外に行こうか?」って、あっさりとお店に鍵を掛けて「準備中」の札にひっくり返す。こんな商売っ気のないところは、やっぱおじさんゆずりなのかな。

 今までの人生をかいつまんで説明したら、彼はいつもと同じあっさりとした反応だった。

「……そんなこと、ないもん。大吉くんの方が変だわ」

 彼は、某ハンバーガーショップの紙袋から、三個目のバーガーを取り出した。普通にセットメニューなのかと思ったら、どんどん追加するんだもん。サラダとナゲットとポテトもひとつずつキープしてる。

「普通さ、料理人だったらジャンクフードとか敬遠しない? 安っぽいとか言って。化学調味料と輸入食材てんこ盛りのなんて食べていたら、今に舌がおかしくなるよ」

 そんな風に切り返してみたら、彼はまた笑う。建物の中で仕事してるせいもあるんだろうけど、男の人にしては色白で、しかも片えくぼ。私も自分で童顔だと思うけど、こうしてふたりで並んでいたら高校生のカップルみたいだ。

「え〜、そんなことないでしょ? 僕は結構好きだけどな、こういうの」

 聞くところによると、某ピザショップの食べ放題とかも好きなんだって。ケーキバイキングにもよく行くらしい。そうだろうなあ、身体に似合わずすごい食欲だもん。高級料亭なんかに行ったら、大変なことになりそう。もしかして、普通に人の三倍とか食べるんじゃない?

「ぼたんちゃんこそ、もっときちんと食べなくちゃ駄目だよ。もしかして、ダイエットしてる? あんまり無理しない方がいいと思うけど……」

 そんな風に言われて、ムッとしてしまう。……そうよ、そうですよ。アップルパイひとつと、ウーロン茶。お財布にも自分にもダイエットなの。

 

 まあ、すぐに次の職が見つかるかどうかも分からないし、少しは節約しないとね。本当は親の収入を考えればこのまま働かなくたって全然平気なくらいなんだけど……嫌なんだよね、そういう自立しない生き方は。

 別れたばかりの馬鹿男は、「美食家」で通っていた。デートはいつでも高級レストランか老舗の料亭ばかり。ああいうところって一皿ずつは小盛りでも、コースでいただくとかなりの高カロリーなのよね。移動も車が多くて、運動不足になるし。だから、年の割にはあんなにおなかがたるんでたんだろうなあ……とか、熱が冷めた今ではかなり現実的に分析しちゃうわ。
 ま、男って奢るのが好きな生き物だから「ごちそうさま」ってにっこり微笑めば私はお財布を出さずに済んだ。でも、蓄積された過剰カロリーは知らない間に身体にくっついていたのね。季節の変わり目で驚いたわ、試着した服が何となくやばいのよ。

 

「だって、新規売り込み中の商品だもの。きちんとお手入れして万全で臨まないと駄目でしょ? 気持ちがたるんでると、身体もたるむのよ。こういうのは意識の問題なんだから」

 ぷんって、横向いたのに。それでも全然動揺しないの。普通さ、私がちょっとでもへそを曲げたりしたら、慌ててご機嫌取ってくれるのが当然でしょ? そういう手応えがないのって、信じられない。

「ふうん、……残念だね。それじゃ、もう試食もしてもらえないんだ。週末に予約が入ってるやつを、午後から試作しようとおもったんだけどな」

 

 ……え? 何それっ……!? ちょっとぉ、聞いてないわよっ!

 

「まっ、待ってよっ……! 和菓子は入るところが違うから、全然平気なのっ!」

 慌てちゃうわ、だっておまんじゅうもようかんもどら焼きも……和菓子はみんな私の大切なエンジンオイルなのよ。メンテナンスが上手くいかなくなったら、大変じゃない。

「そう? 良かった、……じゃあ、手を出して?」

 言われるままに手のひらを上にして差し出すと、その上に山盛りのポップコーン。

「女の子は、ほっぺがぷくぷくしてないと可愛くないんだよ。鶏ガラみたいな体型も好みじゃないし」

 

 ――あんたの好みなんて、聞いてどうするのっ……!

 そう、言い返したかったんだけどさ。開きかけた口にポテトを突っ込まれたから、何も言えなくなった。

つづく (050310)


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