〜みどりちゃんの妹・ぼたんのお話〜 …2…
「でも、びっくりしたな。あなたって、本当におじさんの遠縁? ……全然似てないじゃない」 翌日。やることもなくて暇な私は、まだお昼前だというのに「楽々亭」に居座っていた。 昨日はあんまりびっくりして、用意してくれたお団子を全てお持ち帰りに包んで貰い、早々に退散。だけど、おなかに溜まったまんまのイライラが時間の経過と共にだんだん膨張して来るの。言いたいことをぶちまけられないほど、精神安定上良くないことはない。たった一晩でお肌までざらざらしてきて嫌になっちゃった。 一緒に暮らしている両親には仕事を辞めたことも報告してなかったし、だから今朝も定刻通りに「出勤」した。そのままハローワークでも良かった訳だけど、何となく足がこっちにね。おじさんが特別に選んでブレンドしたいつものお茶をおいしく頂いたら、少しは気分が晴れたわ。 「まあねぇ……、厳密に言うと血の繋がりはないしね。でも親方とは家も近所だったし、しょっちゅう行き来してたんだ」 話によると、母方の兄弟の連れ合いの……という感じの関係らしい。そうよねえ、もうちょっと似ていたら、私だってあんなに驚かなかったわよ。細身で小柄ないかにも「和菓子職人」っていった感じのおじさんなのに、ここにいる彼は電信柱みたいに背が高い。まあひょろっとしているから、肉付きの薄さは同じかな? こういう職業に携わっている人って、すっごく太ってるか痩せてるかのどちらかよね。 「ウチの親、共働きで夜も遅かったから。親方の奥さんには本当に世話になったよ。……あんなに若くに亡くなっちゃうなんて、残念だったけど」 お店は一応営業中。平日だし、ぽつりぽつりとお客が来て、おまんじゅうを5個とかおはぎを3個とか買っていく。そんなで経営が成り立つのかなあって、いつもながらに心配になるけど。男はせっせと手元を動かしつつ、私の質問に答えてくれた。 皮で餡を包む作業って、どういう風にやるか知ってる? ほら、あんパンとかは生地を少しずつ伸ばして包み込むじゃない。でも、こっちは違うの。手のひらに薄く伸ばした皮と丸めた餡を乗せると、後は手のひらでくるくるっと丸める。そうしているうちに、不思議なことにいつの間にか大福のかたちになっていて。いつ見ても、魔法みたいだ。 こういう個人の商店は夫婦で経営するのが多いけど、おじさんの亡くなった奥さんって人はとても身体の弱い人だったそうだ。だから夫と共に店に立つことも叶わないままだったって聞いてる。男やもめになってしまったおじさんが可哀想で、「お嫁さんになってあげる」って本気で思ったもん。もっとも向こうにはそんな気は全くないみたいだけどね。 「君のことはよく聞いてるよ、でも昨日も言ったけど……直接会うまでは話半分に聞いていたんだけどな。まさかこんなに少女漫画な格好でやってくるとは思わなかったよ」 そう言いつつ、私の方をちらっと見る。くすっと笑って。口元からこぼれる歯は真っ白で、歯ブラシのCMみたいだ。 「……どうせ、恥ずかしい奴とか思ってるんでしょ? いいわよ別に、慣れてるから」 勤務先には制服着用のところを選んでいた。そうすれば、毎日の通勤時には好きな服を着られる。やっぱさ、洋服って着て歩いて見て貰ってなんぼ、って奴でしょ? 自宅でひとり、鏡の前でポーズを取るだけじゃ面白みがないのよ。 ……でもねえ。完璧なこのコーディネートをあれこれ言う人間もいるわけで。すっかり耳タコだけど、腹立つわよね。髪の毛だって、これは地毛なの。パーマも当てたことないし、色だって天然色のまま。ちっちゃい頃からフランス人形みたいにくるくるふわふわで、中学高校は毎年「天然パーマ証明書」を書かせられたわ。お姉ちゃんがアジアンテイストのしっとり直毛黒髪だったから、それも災いしたわね。 一度、当時の彼氏の影響で癖毛矯正をしたことがあるんだけど、あれは最悪だった。ぺたんとしたら毛の量の少ないこと! ものすごい貧弱になって、見るも無惨。仕上がりの鏡を見た瞬間にその男と別れる決意をしたわ。 「ふふ、別にそんなことは言ってないでしょう……? 僕は似合ってるならいいと思うけど」 細工べらを使って、なにやらかたちを整えてる。和菓子は基本的に鮮度が命って聞くわ。だからおじさんは種類によっては予約注文を取ってるし、仕上がりの時間をパン屋さんみたいに掲示したりしてる。だからもたもたしていたら駄目なのよね、すっすっと小気味のいい仕事ぶり。 「はい、どうぞ。試食してみて? 新作なんだ」 お皿の上には、百合の花をかたどった上生菓子が置かれている。お茶席とかに使われる奴ね、普通におやつとかに食べるおまんじゅうとかは「庶民菓子」っていうんだよ。これもおじさんが教えてくれた。ひとことに「和菓子」と言っても奥が深い。用途によっていろんな分類がされてる。 「へええ、……綺麗ねえ」 添えられていた竹楊枝を手にする。でも、もったいないよなあ、すぐに食べちゃうものなのにこんなに素敵にして。意を決して一口含むと、意外にも舌の上ですーっと溶けていった。 「面白いでしょう? 水菓子風にしてみたんだ。もうすぐ若手向けの小さな批評会があってね、そこに出展するつもり。初めてだから、ドキドキなんだ」 そう言いながら、ちょっと恥ずかしそう。耳たぶが赤くなっていて、正直な人だなあと思った。普通、大人って感情を隠すものだと思うんだけど、こういう世界にいる人はどこか違うのかな? 手際よく後片付けをしながら、商品を補充して。たまに接客もしたりして。年齢を聞いたら、本当に私といくつも違わないの。それなのに「ベテラン」って感じなのよね。 「えー、そんなことないよ。まだまだ修行しないと駄目だから」 調理師の専門学校を出てから、関西の老舗に入って三年。まだまだ片足を突っ込んだところなんだって、笑った。久しぶりの長期休暇が「助っ人」で返上になっても、それはそれで楽しいと言う。 「ゆくゆくは自分で店を構えたいなとか思うんだけど。まあ、人生は長いんだし、急がないよ。技術の他にも感性とか磨かないとこの世界では通用しないからね」
――ものを作り出す人たちって、どこか似てるのかも知れないな。彼を見ているとそんな気がしてくる。あまりにも自分とは違う世界の人だから、逆にホッとする。そんなもんよね、私が落ち込むたびにここでおじさんに愚痴を聞いて貰うのも、そんな理由からなのよ。 もしも、ママに打ち明けたりしたら。それこそこの世の終わりかと思うくらい落ち込まれちゃいそう。もともとが脳天気な人なんだけど、どうもママにとっては私の行動は予想の範疇を遙かに超えているらしいのよね。とにかくおろおろしちゃうから、家では何となくお姉さんぶっちゃうの。 だってさ。私、お姉ちゃんとは違うから、完璧に優等生な娘だったのよね。学校の成績だって良かったし、勧められるままにいろんなお稽古ごとだってこなしてきた。信じられないでしょうけど、お茶とお花は師範免許もってるもん、釣書を書けば素晴らしいものよ。
「君、ぼたんちゃんって言うんだって? 立てば芍薬座れば牡丹……の美人のたとえだよね。牡丹も和菓子には欠かせない題材だね、造形が難しいけど」 そう言う彼の方は大吉(だいきち)って名前なんだって。姓は「中村」とかごくごく普通なのに、親のセンスを疑うわ。……いや、私も似たようなものか。 やることもなしにぼーっと何時間も座ってるものだから、やっぱり気になるんだろうな。あれこれ気を遣って話しかけてくれる。もちろん、おなかの中の鬱憤を吐き出したくてここに来たんだけど、やっぱりよく知らない人間にあれこれぶちまけるのは気が引ける。 ああ、おじさんに会いたいなあ、お見舞いに行こうかな……って言ったら、それは駄目なんだと言われた。 「何でも簡単な手術をして、三日間は面会謝絶なんだよ。それが済んだら、会いに行けば?」 どうもハイキングの途中で担ぎ込まれたらしくて、とんでもなく山奥の地名を聞かされた。まあ、静養にはもってこいかしら? 出掛けるとなると一日がかりだなあ……。 「僕もゆっくりと会いに行きたいし。何なら今度の定休日にでも一緒に行ってみようか、都合はどう?」
そんなこともすんなりと言い出すから、思わず顔を見ちゃったわよ。 もしかして、やっぱり、この人も普通の男なのかなって。可愛い女の子がいれば、連れて歩きたくなるのかなあってね。でも、そんな感じじゃないか。どこまでも澄んだ瞳でにこにこ笑ってる。
「まーね、考えてみてもいいわ。……でも、期待しないで」 そりゃあさ、仕事と男が一気になくなれば、暇には違いないわ。でもそんなことを知られるのもしゃくだし。ふくれっ面で頬杖ついて、今日の私は可愛くない。でも、和菓子特有の透き通った香りに包まれていると、それだけでホッとするのよ。これからのこととか考えるとうんざりだけど、まあいいか。 ……この浮世離れした若手職人にも嫌な気はしないしね。 つづく (050217)
Novel index>さかなシリーズ扉>ななめ上の予感・2 |