2009年
日々好日
 今年のテーマソングも「ふるさと」をビートルズ?さんの演奏でいきたいと思います。

 昨年NHKの朝ドラ
「ちりとてちん」で時々流れていました。
なんともいえない郷愁を感じさせてくれる曲ですね。
2009.01〜03 2007年度分
2008.10〜12 2006年度分
2008.07〜09 2005年度分
2008.04〜06 2004年度分
2009.04〜06 2008.01〜03 2003年度分
2009.09.28 (月)

 ウォーキングクラブの皆さんと「夙川上流と甲山ハイキング」を楽しんできました!

 夙川というと、桜咲く時期になると川の両岸の桜並木の下で、大勢の花見客で賑わうので関西でも有名な桜の名所だ。

 もちろんこの時期は紅葉にも早く、とくになにもないので散策に訪れる人影も見あたらない。
それでも川岸を歩くとすがすがしい気持ちになってくる。

 今日はいつものウォーキングクラブの皆さん28名で、この夙川上流緑道を通って、北山緑化植物園、北山貯水池、神呪寺、甲山登山、さらに甲山森林公園と約8キロほどのウォーキングを楽しんできた。

 途中、小雨も少し散ちらついたが、大したこともなくなかなか気持ちの良いウォーキングを楽しむことが出来た。

 特に北山緑化植物園や約77ヘクタールもある甲山森林公園などは、園内に野外彫刻や噴水池もあり、遊歩道も整備されていて規模も大きくて、その維持管理も大変だと思うのだがすべて無料で開放されているのだからありがたい。

 途中にある神呪寺(カンノウジ)という立派なお寺に立ち寄ったが、その境内の裏から甲山への登山道が通じていた。
当初の予定では登山はパスする予定であったが、約半数ほどの会員が折角だから登ってみようということになって、13人が急遽登ることになった。

 甲山は標高309mとそんなに高い山ではないが、周囲から独立したように存在するのでよく目立つ山だ。

 形もお椀をふせたような山容が武具の甲に似ているところから由来しているとのことだが.....

 約20分ほどで山頂に到着するが、山頂の見晴らしは駄目だが、ちょうど強いストレスが原因で円形脱毛症?になった人の頭に似ていて、中心部分はかなり広い丸形の芝生になっていて、その周囲が樹木で囲まれているので笑ってしまうほどだ。

 それでも一応簡単な登山をした気分になってくるから、気分は最高だった。

 甲山森林公園で森林浴を楽しんだあと、甲陽園駅まで約30分ほど歩いたが下り一方で、これが反対のコースだったら大変だったと思う。

 それよりも駅までの坂道にもたくさんの住宅が建っているのだが、日常の買い物などは大変だろうなーと想像しながら歩いたのだが。

 万歩計は20,000歩を越えていたが、案外気持ちの良いウォーキングだった。

2009.09.23 (水)

 仙台は今日は朝から雨模様。

 仙台にやってきて5日間は涼しくて絶好の雑草狩り日和?で一応昨日までに全面積の雑草退治が終了した。

 朝7時から18時頃までの10時間労働の連続だったのでさすがに足腰も痛く、立ち上がるのにも一苦労だ。

 毎年の事だが、雑草との戦いがいつまで続くのやら。
 あと何回仙台にこれるかわからない年齢になってきたので一度考えてみる必要もありかなーと考えた。

 でもこの家は僕が仙台勤務中に購入したものだが、すぐに伊丹本社への転勤になったので、一度も住んだことがない不思議な家だ。

 家族も一年だけしか住まずに京都に移ったのでほとんど自宅と呼ぶのには何か変な感じもしないでもない。

 でもいまだに手放す気持ちが起こらない。立地が素晴らしい景観の中に建っているからだ。
東には太平洋、西には名山「太白山」が望める。

 敷地も広く(430u)、しかも岩盤の上に建つので、地震など全然問題ないようだ。
過去の震度7を記録した宮城沖地震の時でもコップ1つ転がった程度だったみたいだ。

 仙台の奥座敷と呼ばれている秋保温泉作並温泉にも近い。
いろいろな好条件が重なっているので、未だに年2回草抜きのためにだけにわざわざやってきているのだ。

 目的の仕事?も終わり、今日は朝から雨だったので疲れを取りに近くの秋保温泉に行って来た。
 バスで30分ほどかかるが、過去に何回も来たこともあるがなかなか素晴らしい温泉町だ。ほとんどの主要ホテルでも日帰り温泉入浴制度があるので助かる。

 今日はお彼岸の仲日。
 やはりこの時期に合う花は、天上に咲く花、彼岸花「=曼珠沙華」だ。途中至る所に咲いていて本当にきれいだった。

 そういえば、昔赤い花なら、曼珠沙華、オランダ屋敷に雨が降る....」となぜか良く口ずさんでいたことを思い出した。なぜだろう?

 明日からはまた都会での生活が始まる。
2009.09.19 (土)

 昨日、仙台にやってきました。毎年恒例の我が家の庭の雑草刈りに!

 毎年この時期がくると、現在空き家になっている庭の雑草狩りに大阪からマイカーでやってくるのが我が家の恒例行事の一つになっている。

 でも今年のお彼岸期間の休日は高速道路の1,000円通行期間の対象となっていて大混雑が予想されるのと、不思議なことに今年は連続した期間がとれるのが1週間程度が限度だったので、思い切って飛行機を利用することにした。

 飛行機だと伊丹空港から1時間程度で仙台空港に到着する。
 マイカーだと名古屋港からフェリーに乗っても片道2日はかかってしまう。

 昨年までは余裕があったのでマイカーでやって来ていたのだが、今年は珍しく僕の行事日程が込み合っているので仕方がなかった。

 それと、やはりこちらでもパソコンがあると大変便利なのでこれまでも持ってきてはいたのだが、仙台の家には電話を設置していないので無線での接続方式しか使用できなかった。

 ただこれまでは接続通信費が従量制だったので、ちょっと油断すると使用金額が高額になるので使用には気を遣っていたものだ。

 でも今回仙台に来る直前にNTTドコモの定額制無線通信に加入してきた。
これは最低月額1,000円から上限額6,280円で使い放題なので安心というところだ。

 速度も7.2mbsと非常に高速で、現在自宅で使用している光ケーブルと比較して速度的には少し遅いかなーと感じる程度の使い勝手で、少し迷いをしたが思い切って加入して正解だったと感じている。

 無線通信といっても、小さな器具をUSBの箇所に差し込むだけだから接続自体は大変簡単だ。
だだ接続を初めて1時間ほどインターネットを見ていたらすぐに上限額までいってしまったので驚いた。それだけ情報量が多いということなのだろう。
 この方式を採用して正解だった。あとは何時間接続していようが定額だから安心だ。

 仙台はもう紅葉が始まっていますよ!
 庭の雑草は予想していたほど生い茂っていなかったので一安心だ。これは6月に家内が来たときに除草剤を播いた効果かもしれないが、それでも小さい雑草が生い茂っている。雑草のたくましさいうことかもしれない。

 この程度の雑草だと1週間もあれば家の周囲(約340u)の雑草をすべて刈り取ることも出来そうだ。

 それに幸いなことに天気予報では仙台地区は滞在期間中の天気も良好らしく、雨の心配も無いということだ

 昨日の午後から早速雑草狩りの仕事に取りかかったが、現在のところは予定通りスムーズに進行中だ。

 今回は友人からもらった「風鈴」も持参してきたので、心地よい音を聞きながら一層仕事もはかどるみたいだ。

 すでに仙台地方はもう少しで本格的な紅葉の時期が迎えるみたいで、我が家の庭の木の一部はすでにかなり紅葉づいているいるところも散見される。

 我が家の近くの太白山が見える太白公園の一部の木々はかなり紅葉が進んで来ている。

 ところで昨年裏庭に隣接する仙台市の自然保存地区に指定されている公園の木々を市公園課の人たちによって一部切られたおかげで見晴らしがものすごく良くなった。

 今年我が家の庭から見る紅葉の様子も最高に見応えがあると思うが。
でも滞在中には残念な事にまだ少し早いかもしれない。

 それにしても夜になるとさすがに底冷えがするほど温度が下がり、今晩は布団も冬用のが必要な感じだ。

 滞在中に1日ぐらいは近くの秋保温泉に行ってのんびりと温泉に浸かりたいのだが果たして今回は余裕があるか.....。
とりあえず雑草狩り頑張ってみるか!
2009.09.02 (水)

 エコポイントの連絡はまだこないが?

 1ケ月ほど前に薄型液晶テレビを買って、すぐに20,000円分のエコポイント申請書類を事務局に送ったのだが、なんの連絡もない。
 
 自民党が選挙に負けたからといって、やる気をなくしているの それよりももっと重要なのは、二年後に日本国中のテレビ放送がデジタル化されるという事実だ。

 アナログ放送が終了し、デジタル放送のみとなったとたんに日本国民はすべての情報を実際より3秒遅れて事実を知らされる結果になる。
これは大きな問題だ。

 最近、大地震発生の予兆があったときには、地震発生予知情報を10秒前から即座にテレビで流される事になっているみたいだが、これが実際には3秒遅れて国民に知らされるのだから大問題だ。
地震情報などの3秒遅れの差は生命にかかわる致命的な危険性もはらんでいる。

 現在の技術的な問題から3秒遅れというのは仕方ないということらしいが、もっと技術開発に真剣に取り組んでもらいたいものだ。

 実際、写真のように現在でもテレビの番組なとも、アナログテレビよりきっちりと3秒後にデジタルテレビで表示されている。
特に時報なども3秒も狂って視聴者に伝えられることになるがこれはやはりおかしいと思うよ。

テ ビの世界では、全員が現実には実際の映像の3秒前の画像を見せられていると自覚しておれば問題はないが、それよりもエコポイントの返金をもっと急いでほしいものだ。

2009.08.08 (土)

我が家もとうとう液晶薄型テレビ購入! 地上デジタル放送の仲間入りに!

 あと2年間、アナログ放送終了まで現在のブラウン管テレビでがんばる予定だったのだが、これから人生は明日はどうなるかわからない年代に入っている事を認識して、とりあえず1台は購入してみようと考えた。

 昨日、梅田のヨドバシカメラに二人で出かけた。平日にもかかわらずテレビ売り場は相変わらず込んでいた。

 確かにデジタル画像はアナログに比べて美しいが、まだまだ値段が高い気もするが、係員の説明ではそれでも以前に比べて半額程度に下がっているということだった。

 現在まで何度もテレビを買い換えてきたが、おそらく今回がテレビを買い換える最後の機会になるかもしれないと考えて、大きさも現在の25インチに比べるとかなり大きいが、思い切って37インチテレビを購入することにした。

 早速、今日取り付けに来てくれたが、さすがに画面は美しい。でも横に置いてあるもう一台のアナログテレビと比べて、約3秒ほど遅れて映る画面がと゜うも気になった。地震予報などの3秒の遅れはかなり大きい影響がある気もするが。
技術的に早く解決してほしいものだが。

 まあ、あまり神経質などにならないで、美しい画面をたっぷりと楽しむことに決めた。
もちろんエコポイント+リサイクル=20,000円ゲットだ。

2009.07.24 (金)

とうとう僕等は元会社では「伝説の人達」扱いになっているみたい?

 今日は元会社の同僚二人と久しぶりに飲み会でもやろうと約束をしていた。
元会社近くの阪急伊丹駅の構内ビルにあるレストラン?「王将」でまず簡単に腹ごしらえ。

 いつもはもう少し落ち着いたところで会食に時間を費やすのだが、今日の幹事役はなぜか次の行動に向かって急いでいるようだった。

 想像していたとおり、現役の時もリタイヤー後もよく通った駅近くのスナック「恋女」に連れて行かれた。
ここのママさんはもうかなりお年も召されているのだが、若いときはかなりの美人であった面影をいまだに残しておられる。

 僕たちが入ったときは開店直後だっので、客は初めから我々3人だけで、それから3時間近くも独占的にカラオケを楽しむことが出来た。

 途中他の客も全然来る気配もなく、やはり不況はこのような夜の世界にまで大きな影響を及ぼしてきているのかなーと心配になってきた。

 現在、夜の世界を遅くまで元気よく徘徊?しているのは案外定収入のある我々のような年金生活者が多いということも聞いたことはあるが真実なのかもしれない。

 10時近くなったので、そろそろ引き上げる準備を始めようとしたときに、突然店のドアが開き8人ほどの客が入ってきた。
 元会社の現役社員であることはすぐわかった。
しかも一人の女性を除いて、現役の時からすべて顔見知りの人ばかりで驚いた。

 もう10年以上も会っていないが、現在では彼らも会社ではかなりの地位について活躍しているのは間違いないのだが、挨拶してみると時が止まったように昔とほとんど変わっていない親近感が伝わってきた。

 その中に、僕が人事部にいたとき、当時労働組合の役員をやっていた人物がいて、真っ先に「当時は大変お世話になりました」といって握手をしにきてくれた。当時の懐かしさが一気にこみ上げてきた。

 「人事部時代」
 本来なら、人事部と労働組合はベースアップや賞与の交渉などで時として鋭く対立することがあるのが常だった。
でも最後は同じ職場で働く仲間なのだから、終われば何のわだかまりも残さず職場の仲間として仲良く仕事に復帰したものだ。

 当時はボーナス交渉の時期になるとまず最初に労働組合からボーナス要求書が会社に提出されるのだが、その要求書を受けて労使交渉を始める前に、通常はまず人事部が会社幹部と事前に交渉し、その時期の業績を勘案して支給可能な金額の限度をある程度決めてから組合と交渉するのが普段の手段だった。

 そのときは会社の業績もあまりよくなかったこともあり、組合も会社の業績不安を感じていたのかいくら労使交渉を繰り返しても人事部が事前に了解を取り付けている金額まで要求してこなかった。

 このときの組合幹部の間の認識では、会社側交渉窓口である人事部の連中は、我々の戦術をすべて見抜いてしまっていて、これ以上頑張っても上積みはおそらく駄目だろうというあきらめの空気が組合内に蔓延していて、かなり弱気になっていたということだった。

 とうとうしびれを切らして、深夜にわたる労使交渉のが終わったあとに労働組合の幹部を密かに呼びだし、せっかく人事部が苦労して会社に了解を取り付けてある金額まで要求してこないということは「人事部の配慮や努力に泥でも塗るつもりか」と脅迫?まがいの言葉で間接的に脅し?たことがあった。

 その結果、次の日の労使交渉の席上で、すでに了解を取っていたかなりの高額の金額で労働組合と妥結したのだが、本来ならあり得ない話なのだ。
 でも当時確かにそのような事が事実としてあったことは今でもはっきりと覚えている。

 すでに20年以上も前の事で現在はもちろん時効?の事実だが、このときの話がおそらく一部誇張されながらも組合内部で代々伝えられて、今ではこのときの出来事が伝説になってしまっているということらしい。
 これも古き良き時代の思い出の出来事の一つだ。

 リタイヤーした現在では会社の現況など全然わからないが、労使交渉一つとってもかなり厳しい関係になっているのは間違いないようだが....

2009.07.20 (月)

 今日は家内と初めてのカラオケへ!

 結婚して38年にもなるが、まだ一緒にカラオケに行ったことがなかった。
近いうちに、友人夫妻とカラオケにご一緒する事になっているので、その雰囲気を事前に知らせておいてあげようと近くのカラオケ店に出かけた。

 店の前にファミリーレストラン「かごの屋」があったのでまずそこで昼食をした。
ちょうどランチタイムだったが、値段の割にはなかなかのボリュームで味も申し分なかった。

 昼食後「Uー防」いうカラオケ屋に向かったが、受付でなんと歩き仲間のNさんご夫妻にパッタリ。
 お二人ともカラオケが好きでよく二人で歌いに来ておられるみたいだ・

 最近のカラオケ店も競争が激しいのか利用料金もかなり安く設定されている。
 フリータイム(11時〜18時)500円ほどだ。しかもソフトドリンクも飲み放題という大サービス付き。
しかも冷暖房完備で歌も歌い放題だから、喫茶店で休憩するよりも断然安い。

 最近は女性一人でやってきて思う存分自分の好きな歌を歌ってストレス解消している人も多いということだ。
カラオケでひとりゆったりと過ごすことが現代の一種のオアシスになっているのかもしれない。

 家内もテレビでは自分の知っている歌手が歌っていると、一緒に口ずさんでいるがマイクを握って歌うことは初めてのことで少し勝手が違っていたようだ。

 たまには一緒にやってきて、時間を過ごすのもよいのかもしれない。4時間ほどがすぎてしまったが結構おもしろかった。

 
2009.07.14 (火)

多田銀銅山と里山ウォークを楽しんできました。

 石見銀山がいま観光地として脚光を浴びていますが、日本全国には多くの金・銀・銅の採掘場があり輸出までしていた記録もあります。

 特に多田地方は江戸時代の最盛期には、「銀山三千件」と呼ばれ約15,000人もの人たちがこの一帯に住みついていたといわれています。

 今日は我が国の鉱山採掘の一大拠点となったその多田銀銅山の採掘跡を探訪し、往事のロマンを忍んできました。

 今日は厳しい日照りが予想されましたが、27名もの仲間の皆さんが集まりました。

 川西能勢口駅から能勢電鉄を利用して日生中央駅まで行き、そこから始発のバスで白銀2丁目バス停まで乗りました。

 ここから螺旋状の長い階段を下りて、歩いて2キロほどの銀山地区の入り口に2年ほど前に開所された「悠久の館」に寄りました。

 この施設は多田銀銅山の中心として栄えた銀山地区の歴史を紹介しているところで、まず銀山の歴史を学ぶところから今日のウォーキングのスタートです。

 施設そのものはあまり大きくはないが、当時この鉱山より出土した鉱石などの現物などが展示されており、予備知識として知っておくところとしては最適の場所でした。

 30名弱の団体が訪れたので、館内では受付兼説明員の若い女性の方が歴史や展示物などを丁寧に説明をしてくれたので大変助かった。

 この多田銀銅山は採掘開発の歴史も古く、特に奈良時代の東大寺大仏様の建立の際に、この地区で採掘されたが大量に使用されたと伝えられています。

 またこの地域は、昔から豊臣秀吉の「黄金伝説」も根強く語られています。

 その伝説とは、豊臣秀吉が息子の秀頼のために、この間歩の周辺に約4億5千万両(現在の200兆円に相当)の財産や金塊などを大阪城から運び込んだという記録があると伝えられておる。

 そのため現在でも日本最大の黄金伝説の郷とも呼ばれており大いに興味のある地区でもあるところだ。

 悠久の館を出てすぐのところに銀山橋があり、この橋を渡るといよいよ採掘跡群への訪問だ。

 橋の麓にはおもしろい石像も多くあり、石像巡りをしてみるのもいいのかもしれない。

 最初に訪問した鉱山の守り神様といわれる「金山彦神社」の境内に日陰の適当な場所が見つかったのでこの場所を拝借させていただいて、時間的には少し早めだったがここで昼食をとることにした。

 昼食も終わり、まず最初にこの神社の裏山あたりに位置し、現在唯一坑道内が整備されており自由に見学できる「青木間部」を尋ねた。

 「青木間部」
 周囲にアオキが茂っていたことからその名が付いたといわれている。
この間部は、江戸時代に開発・採掘されたと思われる手掘りの露天掘りと、削岩機などの機械を使って採掘された坑道の両方が体験出来るようになっていた。

 ここの入坑料は無料で、おまけに照明設備も設置されていてサービス満点だ。

 今日の温度は30度を超えて大変蒸し暑かったのだが、坑道内は16度とまさに天然冷房状態で別世界のような涼しさだ。

 坑道内の壁面には悠久の館でも説明してもらった青く光った鉱石がむき出しになっているところも散見され、なかなか興味深かった。

 天然クーラーの青木間部を後にして、今度は台所間部、隣接する瓢箪間部に向かった。

 「台所間部」
 この名前の由来は、大阪城の台所(財政)を潤すほどの銀や銅がこの間部から産出されたといわれていることからその名前がついたといわれている。

 さらにこの間部から少し山奥に入っていくと、瓢箪間部に出会う。

 「瓢箪間部」
 豊臣秀吉が自らの馬印を揚げることを許したといわれるほどの銀や銅の産出量があったといわれている。

 秀吉がかってこの間部を訪れたときは、馬に乗ったまま坑道内に入ったといわれているほど入り口も大きかったらしい。現在は鉄条網で出入り口が閉鎖されていて内部までは確認することは出来なかった。

 秀吉はまだ鉱脈があるにも関わらず、この間部での採掘を理由がわからないが途中でやめるように命令して閉鎖してしまったらしい。

 またここにくる途中にはこの瓢箪間部付近を中心に日本鉱業多田鉱業所が機械を使って大規模な採掘を行っていたが採算が合わなくなって昭和48年に閉山したことが看板に記されていた。

 この隣には「大路頭」と呼ばれている小高い山があった。
通常地中を走る鉱脈が、大きく地上に露出している珍しい鉱脈だ。

 確かにこの地帯は多くの間部が存在していたことは古文書でも確認できるが、現在はこの辺までの探索が可能なだけで、とてもこの地方の自然の産物はまだまだ奥が深そうな感じがした。

 間部の探索を終えて、今度は山向こうの屏風岩方面に向けて歩を進めた。
距離としては4キロほどしかないのだが、気温が高いので水分不足にならないように小休憩をとりながら慎重にウォーキングを続けた。


 途中、水田と里山風景が今なお残る「村上新田」を通過し、小高い山の中を進む。

 途中「歴史街道」とかかれた看板に沿って進むと、険しくはないのだがかなりの登りの坂道が続き、全員暑さも加わって少々バテ気味。

 水分を補給しながら山を登り切ると、今度は下り坂の連続だ。
時々下界が視界にに入ってくるので、そんなに高いところを進んでいるとは思えないが、それにしても暑さがこたえた。

 自分の体力に合わせて進んでもらうように指示したが、みなさん案外スムーズに目的地の「道の駅」に集合することが出来た。

 一部の人は体力に合わせてゆっくりと途中何回か休憩をとりながら降りてこられたが、最終的には全員無事帰りのバスに乗ることが出来た。

 今日の最終目的地だった屏風岩見学はバスの時間の関係で残念ながら、車窓からの見物となった

 これからこの地区も最近の銀山ブームに乗って名前もさらに知られるようになっていくことも考えられるが、少し早めに訪問しておくのもいいものだ。