和歌と俳句

藤原定家

花月百首

八重葎とぢけるやどのかひもなしふるさととはぬ花にしあれば

竹のかき松のはしらは苔むせど花のあるじぞ春さそひける

花のふち櫻のそこと尋ぬれば岩もる水のこゑぞかはらぬ

枝かはす松のみありし梢にて雲と浪とにたどる春かな

空はゆき庭をば月のひかりとていづくに花のありかたづねむ

花の香はかをるばかりを行方とて風よりつらき夕闇のそら

思ひ入るゆくへは花のうへにして苔にやどかる春のうたたね

過ぎがてに折らましものを櫻花かへる夜のまに風もこそ吹け

散りまがふ木のもとながらまどろめば櫻にむすぶ春の夜の夢

まだ馴れぬ花のにほひに旅寝して木立ゆかしき春の夜のやみ

たまぼこのたよりにみつるさくら花またはいづれの春かあふべき

やまざくらいかなる花の契りにてかばかり人のおもひ初めけむ

時こそあれさらではかかる匂かは櫻もいかに春を待ちけむ

さくらばなたをりもやらぬ一枝にこずゑにのこる心をぞ知る

山桜心の色をたれ見てむいく世の花のそこにやどらば

のちもうし昔もつらし桜花うつろふそらの春の山かぜ

梢よりほかなる花のおもかげもありしつらさのわたる風かな

なにとなくうらみなれたる夕べかな弥生の空の花のちるころ

暮れぬとも花ちる嶺の春の空なほ宿からむ一夜ばかりも