和歌と俳句

藤原定家

花月百首

いく秋とゆくへもしらぬ神世まで袂に見する月の空かな

月をおもふ心にそへて偲ばずば忘れもすべき昔なりけり

床の上の光に月のむすびきてやがて冴えゆく秋の手枕

月きよみ羽根うちかはし飛ぶ雁のこゑあはれなる秋風の空

あくるそら入る山の端を恨みつついくたび月にものおもふらむ

袖のうへ枕のしたにやどりきて幾年なれぬ秋の夜の

更級は昔の月のひかりかは ただ秋風ぞ姨捨の山

よもの空ひとつ光に磨かれてならぶものなき秋の夜の

衣うつひびきに月のかげふけて道ゆき人の音もきこえず

影さえて照らす越路の山人は月にや秋をわすれはつらむ

あくがるる心はきはもなきものを山の端ちかきのかげかな

わすれじよ月もあはれと思ひ出でよわが身の後の行く末の秋

しかりとて月の心もまだしらずおもへばうとき秋のねざめを

峯のあらし浦の波風ゆきさえてみな白妙の秋の夜の月

月きよみねられぬ夜しももろこしの雲の夢まで見る心地する

今よりのこずゑの秋は深くとも月いづる峯は風のまにまに

露しぐれ下葉のこらぬ山なれば月も夜をへてもりまさりけり

山の端の思はむこともはづかしく月よりほかの秋はながめじ

あぢきなく物おもふ人の袖のうへに有明の月の夜を重ねては

長月の月のありあけの時雨ゆゑあすの紅葉の色もうらめし