春風のなみこす空になりにけり花のみぎはのみねのはままつ
山がくれ風のしるべに見る花をやがてさそふは谷川の水
山櫻まてともいはじ散りぬとておもひ増すべき花しなければ
いかにして風のつらさを忘れなむ櫻にあらぬさくらたづねて
さくら花思ふものからうとまれぬ慰めはてぬ春の契りに
わびつつは花をうらむる春もがな風のゆくへに心まよはで
花を思ふ心にやどる真葛原あきにもかへす風の音かな
散りぬとてなどて櫻を恨みけむ散らずば見まし今日の庭かは
あと絶えし汀の庭に春くれて苔もや花の下に朽ちぬる
吹く風も散るも惜しむも年ふれどことわり知らぬ花のうへかな
秋は来ぬ月は木のまにもり初めて置きどころなき袖の露かな
冴えのぼる月のひかりにことそひて秋の色なるほしあひのそら
これぞこの待たれし秋の夕べよりまづくもはれていづる月かげ
數ふれば秋来てのちの月の色をおぼめかしくもしぼる袖かな
秋といへば空すむ月をちぎりおきて光まちとる萩の下露
秋をへて心にうかぶ月影をさながらむすぶ宿のましみづ
松蟲のこゑのまにまにとめくれば草葉の露に月ぞやどれる
あかざりし山井の清水手にくめば雫も月のかげぞやどれる
深草のさとの籬はあれはてて野となる露に月ぞやどれる
新古今集
さむしろやまつ夜の秋の風ふけて月をかたしく宇治の橋姫