和歌と俳句

藤原定家

十題百首

ひさかたの雲井はるかに出づる日のけしきもしるき春は来にけり

いく秋の空をひと夜につくしても思ふにあまる月のかげかな

すべらぎのあまねき御代を空に見て星のやどりの影も動かず

あまの河としのわたりの秋かけてさやかになりぬ夏の夜の闇

はかなしと見るほどもなしいなづまの光にさむるうたたねの夢

こたへじないつも変らぬ風の音に馴れし昔のゆくへ問ふとも

見ずしらぬうづもれぬ名のあとやこれたなびきわたる夕暮の雲

けふくれぬあすさへふらむ雨にこそおもはむ人の心をも見め

この日ごろ冴えつる風に雲こりて霰こぼるる冬の夕暮

かきくらす軒端の空に數みえて眺めもあへず落つる白雲

あともなし 苔むす谷の おくのみち 幾世へぬらむ みよしのの山

わたつ海に よせてはかへる しきつ浪 はじめもはても 知る人ぞなき

うつ波の まなく時なき 玉がしは たまたま見れば あかぬ色かも

わきかへる いはせの波に 秋すぎて もみぢになりぬ 宇治の河風

鴛鴦のゐる 蘆のかれまの 雪こほる 冬こそ池の さかりなりけれ

若菜つむ をちの澤邊の あさみどり かすみのほかの 春の色かな

秋はただ 入江ばかりの ゆふべかは 月まつ空の 眞野のうら浪

月のさす 関屋のかげの ほどなきに 一夜は明けぬ 須磨の旅ぶし

しるべなき 緒絶の橋に 行きまどひ また今更の ものや思はむ

かたるとも かばかり人や しらざらむ 宮木の野邊の ゆふぐれの色