偽りに 頼めしにより 生ける命 なほそれもかな 千代も経ぬべき
今はさは やりし玉づさ かへさなむ 手に破れけむ 形見にもせむ
関にすむ 夕つげ鳥に 我ならむ なきてもつひに 逢坂にをり
おのづから うちまどろめば うちおこし いかにせたむる むねの思ひぞ
見る人も しるき思ひを しのぶれば うらやましきは 螢なりけり
玉とゐし 小笹が原の 白露を 袖の上とは 思はざりしを
疑ひし 枕やいかが 思ふらむ 床ひづばかり なれるわが恋
心をぞ わがかたきとは 思ひぬる 恋の病も 人し告げねば
いさやさは 乱れあはむと いひしかど また何ごとに しのぶもぢずり
大空の なからましかば 憂き人の 心を誰に 嘆きかけまし
こりはてぬ 今は待たじと 思へども 荻吹く風に 謀られにけり
わが床は 涙の澱と なりはてぬ これこそこひの すみかなりけれ
さりともと あらましことを せし程に それにてつひに 世を過ぐしつる
夢をだに うつつになさむと 思ひしに ありしうつつの などや夢なる
逢ふにさは 身をやかへつる 朝露の おきていくべき ここちこそせね
我ならぬ 逢坂山の 葛の葉も かへるとてこそ 露も零るれ
今ぞ知る 宵のうつつは 明けて後 かへるあしたの 夢にぞありける
しのぶれば 人こそあやめ とはざらめ などや君さへ 知らずかほなる
しるからぬ けしきなりせば 何しかは つねはかへにも うちむかふべき
なかなかに 君はあはれを かけずとも 人に知られて こひもしなばや
かはらやの した焼く煙 したにのみ さのみはいかが 思ひこむべき
たえやらぬ 涙のたまの 緒にはして いつきるべしと みえぬ恋かな
あしからじ ものをと我は えぞいはぬ 難波のあまと なける身なれば
千載集・恋
いたづらに しをるる袖を 朝露に かへたるたもとと 思はましかば