和歌と俳句

野沢節子

1 2 3 4

冬の日や臥して見あぐる琴の丈
ザボン剥くじんじん熱き瞼かな
師走三日を余す燈下に落花生
手袋と紙幣使はずして病めり
冬欅父は明治を長く経にき
船図ひろぐる父と弟に炉火赤し
外套にしみもせざりし時雨なる
上半身斜陽がくりに麦踏めり
枯野の日の出わが白息の中に見る
人の来て寒の月光土間に入る
飛雪いよいよはげし吾れのみ見のこりて
行かよふ春雲堰きてわが居とす
永き日や琴に倚らずば何に倚らむ
春昼の指とどまれば琴も止む
午までをなぐさまんには雪淡し
訪はんにはわが身詮なし玻璃の雪
なほのぼる意のある凧のとどめられ
棘ささりゐるらしき掌を春燈に
林檎真赤五つ寄すればかぐろきまで
遠星の揺がぬ中に花火揚る
稲妻の中を提げきて魚を出す
琴弾きしかひなしびれぬ春の昼
なにがなし善きこと言はな復活祭
金盥落ちし反響花の夜に
春燈に雨日の痩せを問はれけり
虹へだて旅信に待たんこと多し
夕風や昏き硝子に薔薇浮き立ち
ハンカチに新茶のこぼれ吸はしむる
万緑やわが掌に載する皿一枚
飛び過ぐる夏蝶まぶしかたらひに
芥子赤きかたはら別の芥子くづる
炎昼や虚に耐ふるべく黒髪あり
夕焼に外燈かぎりなく古ぶ
車掌のうしろ見えては梅雨の市電過ぐ
貨車に灼けしレール踰えきてなほ病む身
香水や片蔭に入りひと険し
指輪なき指を浸せり夏の水

蚊のこゑと活字はかなむ夕焼に
女の身炎昼に影なくし立つ
木洩れ日のつよきを赤き蜂占めて
髪に蜂触れし炎昼の憤り
日々南風棕梠の葉先と髪乱る
母使ふ扇の薫る風に近し
蜩や干されて透ける麻袋
銀扇の外骨きつく押しひらく
汗のかひな時計うつし世刻みをり
地に置きし影を重しと蝶翔たず
向日葵の瞠る旱を彷徨す
眼をあげてみしが旱雲去らぬなり
冷ゆるまなき旱の汗にあまんずる
大旱や乾坤憎まれたる如し
地の旱わが靴あとのさだめなし
西日照りまともの顔のすさみけり
三十の憂き黄炎の夏日かな
髪切虫どこかで啼くが気づまりに
扉を押せば晩夏明るき雲よりなし
秋雲に離れ来りて父母の前
マスカットもぐ手に熱き息かかる
旱蜂片手払ひに農夫たり
雲白く葡萄つめたし背きあへず
秋風が眼深くに来て吹けり
白芙蓉ふたたび交す厚き文
虫鳴くや草稿の影女髪なる
音短かに一度一度の鉦叩
雲千千々に吹きやぶりきし秋風か
細雨はや雫りはやむる秋の棕梠
餉をともに晴秋それとなく好み
何の疲れ秋さだまらぬ袷着に
柘榴みて髪にするどきピンをさす
深秋のおのが吐息と雲ありぬ
秋空に煤煙としてただよへり
針創をつめたく唇にふれ癒す
天涯の碧き野菊と吾れに透く
曼殊沙華忘れゐるとも野に赤し
いなづまのしては女心の浮沈せり