TopNovel>世界の果てまで追いかけて・1




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 また、雨が降り出した。
  ただでさえ、湿っぽい空気。それがゆらゆらと揺れて流れて、すごく気色悪く肌に貼り付いてくる。
  まー、でも目の前に広がってるこの風景は悪くないよね。中庭を埋め尽くすように植えられた紫陽花は今が盛り。大きな葉っぱから顔を覗かせた色とりどりの花が我先にと咲き競っている。
  色もかたちもそれぞれ、何でこんなに種類があるんだろう。ウチの学園のことだから、各分野でその名を轟かせている同窓生の皆様が自分の存在を誇示するためにどんどん寄付するんだ。結果、この花屋敷のような光景が出来上がったというわけか。
  ―― でもなあ、これだけの樹を枯れないように手入れするのも大変だと思うんだな。
  紫陽花って、毎年綺麗に咲かせるのがすごく大変なんでしょう? いつかTVでどこかの有名な紫陽花寺の住職さんが延々と苦労話を語ってたのを観たことがある。だから、期間中は専用の庭師を雇っているというのも納得。
  どうせなら、お金を取ってこの場所を一般公開したらどうかと思うのはあたしだけ? そして集まったお金で今年こそは全校舎に冷房を入れようよ。そうそう、それがいいわ。
  そう思いつつ。
  渡り廊下を抜けて、体育館の建ち並ぶスペースに進んでいくあたし。でも、すぐ後ろから鬱陶しさマックスな引きずるみたいな足音がふたつ続いてる。
「うげーっ、また降ってきた〜! 湿気はメカにとって最大の敵、この辺りでいい加減勘弁して欲しいんだけど」
「困るんだよなあ、こう雨続きだと髪が上手く決まらなくて。でも悪いことばかりじゃないよ、適当に湿度があった方が肌が潤っていいんだ」
  ……何か言ってますけどっ。
「髪が上手に決まらない」って、あたしに対する嫌みかな。いくらヘアアイロンで伸ばしてみてもその効果が全く感じられない強力天然カール。いつの時代の抱き人形だよと突っ込みたくなるくらいくるんくるんなそれが、こんな風に雨続きで湿気が多くなるとなおひどくなる。
  髪の毛だけじゃないよ、「あいつ、絶対にまつげエクステやってるよ」と陰口をたたかれるまつげも巻きが強くなって大変。こうなったらいっそのこと、サハラ砂漠の真ん中にラクダと一緒に住んだ方がいいかもね。その方がよほど普通の人間に近くなれそう。
「あ〜っ、もう! 鬱陶しいったら……!」
  わざと上履きの突っかけサンダルでバシバシ大袈裟な音を立てつつ振り向いて、金魚のフンみたいにくっついてきてた約二名を睨み付ける。
「あのねえ、あんたたち! 人の背中に文句ばっかり言ってるんなら、ここから先はついてこなくていいから」
  先輩らしく威厳をきかせたパフォーマンスに、ふたりは「ひょえ〜っ」と情けなくのけぞる。何なんだろうなあ、この人たち。どうしてこんな余分なのと関わることになっちゃったんだろ。
「でっ、でも。これって江川先輩の代行でやっている見回りでしょう? 風紀委員の一員として、協力するのは当然です!」
「そうそうっ! それに莉子先輩と一緒にいれば、静音さまに遭遇する確率が15.5倍に跳ね上がるんです! こんな美味しい話、逃す手はありませんよ……!」
  しかもこの鮮やかすぎるダブルの切り返し。そりゃ、ふたりとも共に学年トップクラスの秀才くんだから頭の回転も速くて当然かも知れないけど。
  でもさ、いつあんたたちが「風紀委員」になったわけ? そんな委員会、実は存在しないんだよ。大王が勝手にでっち上げただけなんだから。しかも15.5倍なんて半端な数字、どっから持ってきたんだか。
「だったら、もう少し大人しくしてたらどうよ」
  まったくもー、さっきからぶつぶつぶつぶつ。暑苦しいったらありゃしない。
  この頃では三年生が「受験対策」とやらで放課後も居残りで補習授業をやっていることが多いから、今まで目の上のタンコブみたいにあたしを苛つかせていた「閻魔大王」とその手下である「生徒会副会長」兼「華道部部長」の彼女が指導室に居座る時間が極端に減った。
  ようやく「悪の手」から解放されたあたしは、以前からの夢だった高校生ライフを思う存分エンジョイすることができるようになった―― はずがっ、これってどういうこと!?
「それにボク、楓先輩から直々に頼まれているんです。莉子先輩をひとりで野放しにすると危ないから、しっかり見張っているようにって」
「そうです、この前みたいに上から何かが降ってきたら大変ですよ!」
  ……って、ちょっといいかな? 春日部修也くん、今を遡ること二ヶ月ほど前にあたしを赤ペンキ地獄に叩き落としたのは君だよね。全く、どの口がいうって奴だよ。
  そして、もうひとりの大行司東くん。あんたが楓さまの崇拝者なのはよくわかってるけど、実はあの人本当は男なんだよっ。
  ううう、思い切りばらしてやりたいーっ。でもこの「トップシークレット」を知ってるのって、この学園では楓さま本人と大王、そしてあたしの三人だけ。だから、ついつい口が滑ったら情報の発信源がすぐにばれちゃうから駄目だよね。
  はーっ、ストレス溜まるったら。
  そんなこんなで、体育館エリアに到着。まずはメインの第一体育館、今の時間はいつも通りにバレー部とバスケ部が半分ずつシェアして使っているはずだ。
「あっ、苑田さんだ!」
「苑田先輩っ、こんにちはーっ!」
  ボールの音やシューズが床をこする音が響き渡る中、私の存在に気づいてくれた生徒たちが声を掛けてくれる。
  そうなの、あたしってこれでも一部の生徒にはなかなかの人気だったりするんだよ? 去年の秋は臨時で文化祭実行委員長代行なんて引き受けちゃったし、それが縁で知り合いも増えた。表向きは得体の知れない風紀委員長の手先をしてるあたしだけど、これで結構人望厚いんだから。
「こんにちはーっ、何か変わったことや困ったことはありませんかーっ?」
  そんな風に声を掛けつつ、見回っていく体育館。うーん、いつもながらにいいよなあ、青春の汗。熱気むんむんの中にいると、自分まで気持ちが高ぶってくるから不思議。
  ―― うんうん、今のところ変わりはないようね。部員の数が極端に減ったってこともなさそうだし。
  大王が二年間欠かさずにやってきた「抜き打ち見回り」、巡回ルートは毎回不規則に変わっていて予想がつかない。もしも隠れて「悪さ」をしようと目論む人がいたとしても、地獄の門番に「御用」される恐ろしさを思えば心を入れ替えるってわけ。
  あたしはこの学園に入学するまで全くの部外者だったし、過去の出来事は何も知らない。でも百年以上の伝統を持つここ「私立・緑皇(りょくおう)学園」にも、かなりヤバイ時期があったみたい。
  もちろんその制服を見るだけで「おっ!?」と思われるほど格式がある学校だから、表向きは全生徒がエリートの看板を背負ってる。だけどその卓越した頭脳を悪い方向に使ってしまう輩がいつの世でも現れるものなのね。
  大王と楓さまはその嘆かわしい事態を一新するために送り込まれた「刺客」。この学園の同窓生であり、もと警視庁ナントカのすごい肩書きを持っているお祖父さんの鶴の一声でやってきたという。
  実はあたしはまだ一度もお目に掛かったことがないんだ、その「高宮の爺」と呼ばれている人に。あの大王が黙って言うことを聞くくらいだからただ者じゃないって言うのはわかるんだけどね。まあ、関わることなく終わるならそれが一番かな。
「じゃあ、次は第二体育館。―― あ、今日はダンス部が合同レッスンでいないから、野球部が屋内練習場に使ってるよ」
  あらかじめ提出されている施設利用許可書をめくりながらそう言うと、すぐさま食い付いてくる春日部くん。
「ええ〜っ、何ですかそれ!? 聞いてません、聞いてませんってば……!」
  いきなり涙目になられても困るんですけど。それに、そんなに菅野先輩が好きなら、彼の所属しているダンス部なり剣道部なりに入部して一緒に汗を流せばいいと思うの。ほらほら、そこから別の感情が芽生えたりすることもあるかもでしょ?
  でも聞くところによると、春日部くんって究極のリズム音痴らしくて。しかも「人を叩いたり叩かれたりするのは絶対に嫌だ」とか言い張るあたり、どうにもならないよね。まあ、本人は本人なりに努力はしてみた様子だから、これ以上虐めるのも可哀想かな。
  ……だからって、わずかな希望を胸に私のあとをくっついて回ってるのもどうかと思うんだけどね。
  こんな風に毎日毎日学園構内をあっちへこっちへ歩き回るあたしたち、端から見ると桃太郎とその子分みたいじゃないかな。彼等ふたりが「猿・犬・雉」のどれに当てはまるかは知らないけど、とりあえずあたしは親分で。
  うーん、こんなことしている場合なのかな……。

「……ということで、特に変わった箇所はありませんでした。あと、こちらは提出された書類です。ちゃんと渡しましたからね」
  翌日、久しぶりに晴れ上がった土曜日。
  そうなれば気分も上々、足取りも軽くスキップでもしたくなるところだけど……そうでもなかったり。だって、せっかくの休日なのに「呼び出し」。本当、嫌になっちゃう。
  いつものお掃除おばさんなスタイルに変装して向かう先は大王のねぐら。フツーの高校生のくせにひとり暮らししているんだよ、この人。しかもいつ訪れても塵ひとつ落ちてない完璧な掃除ぶり。そこからして、すごく偉そうだ。
「そうか、ご苦労」
  一応ねぎらいの言葉とか言ってくれるから、少しは成長したのかなとか思うでしょ? でも実はそんなこと全然ないんだな。
  あたしがこの部屋にやってきてから早三十分、彼は一度もこちらを振り向いてない。まーそんなのもいつものことだしね、あたしも大人だから文句を言うのも諦めてるわ。で、自分で勝手にお茶とかいれたりして、まったりしてたわけ。だけどその後も待っても待っても岩のように動かないんだよ。もうしびれを切らして、勝手に報告しちゃった。
  何なんだろ、宇宙語みたいな文字が並んでいる参考書と睨めっこしてますけどっ。これって、数学の教科書だよね? どうしてここまで意味不明なんだろう。あたし根っからの文系だしさ、こういうのを見ただけで鳥肌が立っちゃう。
「生徒会室の方は変わりなしか、その件について大行司からの報告は?」
  鉛筆ですらすらとノートに書き付けているのは、相変わらず訳のわからない数式。でも頭の一部はこっちに向いてるみたいだ。
「そちらも別に変わりはないそうです。あまり静かなのがかえって気味悪いとか言ってましたけど」
  電脳関係は彼が担当。パスワード画面をすり抜けるとか結構ヤバイことも平気でやっちゃうから、こっちは冷や冷やモノだけどね。本人が「大丈夫です、バレませんから」って言うのを信じてる。
「それから、例のオネーサマ軍団。やってたのは援交まではいかない、デートクラブまがいのことだったみたいです。巻き上げた金額もたいしたことないし、首謀者がやる気をなくしたから今後はもう平気だと思います」
  こちらは、イケメン春日部くんが担当してくれた。新入生の綺麗どころにやたらとすり寄っていくお姉様方の動きが不穏で周囲を探ってもらったのね。そしたら案の定、尻尾を出したってわけ。
  これは御用かなと思ってたら、メンバーを牛耳っていたその人が春日部くんに夢中になっちゃってね。「こんなことがばれたらあなたの将来が心配です」のひとことで、全てが解決しちゃった。毎日のように手作り弁当を渡されるって困ってたけど。
「―― というわけで、以上で報告はおしまいです。それでは、あたしはこれで失礼します」
  今日も午後から予備校の講義が入っているんだって。平日は学校の課外で土日までびっちりスケジュールが入ってたら息が詰まりそう。まあ、大王は化け物だし、心配することもないけどね。
  そうかー、わざわざマンションまで呼び出されたから「もしや」とか思ったんだけど、今回は無傷で戻れそう。どうしようかな、これから。みつわとか早紀とか、暇してないかなあ……。
「おい、待て」
  こっちはさささっと移動して、もう靴に足を突っ込んだところだったの。
「だれが帰っていいと言った」
  ほらまた、そうやって威圧的な態度を取る。
  言っときますけどねーっ、あたしは入学当初のヒヨッコとは違うんだからね。丸一年ものあいだ、化け物や変態と付き合っていれば、並大抵のことでは動じない毛の生えた心臓になっている。
「お昼ご飯はお祖母ちゃんズ特製の幕の内弁当がそこにあるでしょう。それを美味しく召し上がって、午後の講義を頑張ってください」
  靴を履くと両手に持つのはカモフラージュ用のお掃除セットが入っている紙袋。毎回毎回こんなモノを持ち運んでいて、腕がムキムキになりそうだ。
  あ、ヤバイ。両手が塞がっちゃったら、ドアが開けられないじゃない。えっとー、仕方ない。ふたつ一緒に片手に持ち替えて――
「うっ、うりゃりゃりゃっ……!」
  突然、へんてこな声が出た。
  だって何なの、この異様な光景。自分の身体が荷物ごと宙に浮いている。……って言っても、別に空間が歪んだとかそういうわけではないの。
「人の話はきちんと聞け。お前は基本的なところがなってない」
  すぐに背後で聞こえる声。そう、そのドスの利いた声の主があたしを持ち上げていたんだ。
「……なっ、何っ!? 時間がないでしょうっ……!」
  両足をバタバタして抵抗したら、靴だけが虚しく転がり落ちる。そのまま運ばれたのは、案の定ベッドの上。仰向けに寝かされると、ものすごい早業で服をはぎ取られていく。
「いくら半脱ぎの方がそそられるとは言ってもな、この姿じゃいただけない」
  お祖母ちゃんズから借りてきた白い割烹着、サクランボ模様の三角巾、チノのハーフパンツが床に落とされていく。
「だっ、大王っ! ……ちょ、ちょっとぉっ……!」
  えーっ、いきなりそんなところに指を突っ込みますか!? 待ってよ、待って。いくらあたしでも、あんまりインスタントなのは嫌だよ。早く終わって欲しいのはやまやまだけど、それでも一通り気持ちよくなったりした方がいいと思うし。
「騒ぐな、お前だってその気でやってきたんだろう」
  ……うっ、それって図星だし。自分でも情けないとは思うけど、何かもう飼い慣らされちゃって嫌だ。
「あの部屋も、うるさいのが居座っていて始末に負えん。本当に厄介な奴らだ」
  そう言って、あたしの片足を持ち上げて自分の肩に引っかける。そのまま一気に? ……うっわー、突っ込んじゃってるし!
「そろそろ可愛がってやらないとお前が爆発するだろう。そうなると大変だからな」
  違う、違う〜っ! あたし、そんなに困ってないしっ。そりゃ、大王の方は男だし間隔空くと大変かもだけど、そう言うときは自分でどうにかしてよ。いちいち人に頼らないで……!
「……っんあっ! あああっ、ああんっ、あんっ……!」
  とか考えつつも、思いっきり感じちゃってるし。何しろ早送りだから、出し入れのスピードも人間業をはるかに超えてるって感じ。そっ、そんなにされたら、腰が立たなくなっちゃう! あたしの貴重な休日がっ、使い物にならなくなったらどうするの……!
「全く、こんなに締め付けやがって。そんなにいいのか、この好きモノが」
  それはこっちの台詞です、って言いたかったけど、全然声にならなかった。だからもう、こっちは諦めモード。ぴったり一時間と三十分、大王はあたしのことをたっぷりと貪り続けた。

 

つづく♪ (100718)

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