TopNovel>世界の果てまで追いかけて・8




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 今現在のあたし、お先真っ暗って感じで。
  しかも辺りは、どんどん夕暮れて視界も薄暗くなってきていて。
  だから、そんな中で目の覚めるようなフラミンゴ色はとても異様に映った。しかも田んぼと畑がどこまでも続く緑の風景とは、色合いも悲しいくらい似合ってない。
  どうしてわざわざ車体をこんな色にしたんだろう、さすがのあたしも恥ずかしすぎてとても乗る気にはなれない。ま、高校生の分際で気軽に利用することもないけどね。今日のお財布にはあんまりお金が入ってないし。
  そう思っているうちに、乗車すると頭の中までがお花畑色になってしまいそうなそのタクシーは、すぐ側までやってきた。細い道だからぶつからないように端に寄る。そのまま通り過ぎて行くものだとばかり思ってたのに、車はあたしのすぐ後ろで止まった。そして、軽くクラクションを鳴らしてくる。
「……?」
  いったい、ナニゴト? どうしてあたしが呼び止められなくちゃならないのよ。そう思いつつも、一応は振り向いてみた。辺りには他に人影もないし、そうなればあのクラクションはあたし宛だと限定される。
「……莉子先輩! よかった、すれ違いになっちゃったらどうしようかと思ってました!」
  後部座席のドアが勢いよく開いて、そこから飛び出してきたのはパソコンを抱えた大行司くん。続いてもうひとり春日部くん。
「もうっ、こっちが手を振ってるのに全然気づかないなんてひどいです〜!」
  ふたりとも制服姿、数時間前に別れたのと同じ格好だ。そしてあたしも。何故か田んぼの真ん中で緑皇の生徒が集合してしまった(といっても、三人だけど)。
「な、……何で?」
  いや、もうこっちはタクシーの色だけに気を取られていたから。そこに誰が乗っているなんて、まったく考えてなかった。しかもそれが知り合いだったなんて、やっぱり日本は狭すぎるってこと?
「さ、先輩。早く乗ってください。これ以上濡れたら大変です」
  そう言われて、初めて気づく。あたしの制服、先ほどから降り続いている雨にしっとりとしていた。鞄の中には折りたたみの傘がちゃんと入っているのに、それを取り出して差すだけの気力も持ち合わせてなかったみたい。
「あ、うん。……でも」
  なんかさ、あまりにもタイミング良すぎじゃない? どうしてこのふたりがいきなり現れるのよ。これって絶対に偶然じゃないと思う。
「なんで、ここがわかったの?」
  きっと楓さまの差し金だって、そう思ったら素直に車に乗り込むなんて無理だった。もう一度、あのお屋敷に連れて行かれて大王を諦めろって説得されるとか? そんなの、絶対に嫌だから。
「え、そんなの携帯のGPSを調べたらすぐですよ」
  こんな風にこともなげに言ってくれちゃうのが、大行司くん。普通の人間だったら難しいことも、この子なら朝飯前なんだよね。ハイテク犯罪に関わっていた過去があるって噂、本当なのかも知れないな。
「ようやく江川先輩の居所が特定できたんです。だから、誰よりも早く莉子先輩に教えて差し上げたくて、やってきました!」
  ……それって。
「だ、大王がどこにいるか、……わかったの?」
「ええ、もちろん絶対にその場所にいるという確証はありませんが、自分の予想ではまず95%間違いないでしょう」
  その言葉を聞いても、まだ信用し切れてない。でもいい加減、これ以上雨の中に立っているのもヤバイし。とりあえずは雨宿りさせてもらおうと思った。
「じゃ、松島さん。とりあえず駅に向かってください」
  あたしを真ん中にして後部座席に三人で乗り込むと、春日部くんが運転手さんにそう告げた。
「……え、松島?」
  どこかで聞いたことのあるような名前だな、って思ったのよね。そしたらあたしと目のあった春日部くんがにっこり笑う。
「ええ、こちらはあの松島先輩のお父様。そして、彼は『ハッピー☆タクシー』の社長さんなんですよ」
  松島、とはちょっと前に怪しい行動を起こしていたオネーサマ集団を牛耳っていたその人の姓だ。そう、彼女は今も春日部くんを追いかけ回して大変なことになっているとか―― 社長令嬢とかいう噂だったけど本当だったんだ。
「ははは、娘の背の君に頼まれちゃ、嫌とは言えませんからね〜」
  細い脇道に器用に車のおしりを突っ込んで、あっという間に方向転換。というか、料金表示っていうの? あの、走行距離に合わせてがちゃんがちゃんって加算されていく奴、あれが閉じられているんですけどっ。
  ……いいんですか、本当に。
「ええ、本当に助かりました。ありがとうございま〜すっ!」
  元気に答える春日部くん。なんか調子よすぎるんだよなー。この子っていつもこうだけど、この先まっとうに生きていけるのだろうか心配になってくる。
  そして。どうでもいいことだけど、このタクシー、内装までピンクを基調にコーディネイトされてるってどういうこと? 危ないホテルとか、そっち系を想像してしまうのはあたしだけかな。すっごく恥ずかしい感じなんですけどっ……!
「高宮一族が所有している別荘は、国内に三十数カ所で海外に三カ所あります。今回の場合、高飛びはないでしょうから、国内に絞って調査しました」
  そんなことに呆気にとられているうちに、左隣の大行司くんがパソコンを開いて操作を始めてる。
  大王に関してはGPS云々も役に立たなかったらしく、その辺はさすが高宮葵も手抜かりがなかった様子。「そして、特に怪しいと睨んだのがここです。今はシーズン中でもないのに、近頃人の出入りが頻繁になっています。建物周辺には昼夜を問わず監視と思われる怪しい人影もあるようですし」
  ノートパソコンにディスプレイに最初に現れたのは日本地図。そこに何十もの赤い点が表示されていた。そのひとつを大行司くんがタッチすると、ぐいんと一部分がクローズアップされる。これっていったいどうなってるの? 周辺の画像とか、次々に出てくるんだけど。
「に、日本海側……なんだ」
  地理に疎いあたしでも、それくらいのことはわかる。何だかすごい遠そうなところ、電車でどれくらい掛かるんだろう。新幹線は通っているかなとか、いろいろ不安になってくる。
「ええ、そしてこの別荘は葵先輩のご家族のお気に入りの場所だそうですから、それでビンゴですよ。そう、先週末には葵先輩らしき人影も付近で目撃されてます」
  だから〜、それってどうやって手に入れてる情報なのっ!? 大行司くん、あんたって相当に怖い人だよね。
「でも、こんなこと……どうして調べようと思ったの? もしかして、楓に頼まれたとか?」
  いつの間にか学園中の憧れの的であるその人に敬称をつけることも忘れている。もっと早くからそういう関係になっていれば良かったのかも知れないな。いつまで互いの腹の内を探り合っていたから、こんな困った事態に陥ってしまったんだ。
  あたしの質問に、大行司くんは大きく首を横に振った。
「いいえ、違います。むしろ、楓先輩からはこのことには一切関わるなと釘を刺されてます。その理由は自分にはわかりませんでしたけど―― やはり高宮一族の一員として守らなくてはならない何かがあるのかも知れませんね」
  そこまで言い終えると、大行司くんはパソコンをぱたんと閉じる。
「でもやっぱり、自分としては江川先輩は莉子先輩と一緒にいるのが一番だと思うんです」
  もしかして、この子ってものすごくいい子なのかもっ。でもいいの、今やってることは大行司くんの大好きな「楓先輩」を裏切ることになるんだよ? それなのに、あたしのためにこんなに……。
「ええ、その通りです。楓先輩も葵先輩も素晴らしい方々ですが、莉子先輩には敵いませんよ〜!」
  春日部くんまでがこんなことを言う。本当にどうなっちゃってるの? あんたたち、今日はちょっとおかしいよっ!
「え、……でもっ、あたしは別に大王なんて……」
  あんまりにも嬉しすぎて、それなのに何故か素直になれないあたし。ついさっきまでは、この世に自分の味方は誰もいなくなったーみたいに落ち込んでいたのに、フラミンゴピンク一色に包まれたタクシーに乗ってたら、気分までがふわふわしてきたみたい。
「何言ってるんですか、江川先輩には絶対莉子先輩です!」
  そんなキラキラの笑顔で叫んでくれて……春日部くんも本当にいい子だね。オネーさん、改めて惚れ直しちゃうよっ。ちょっと涙目になっちゃたみたい、視界がぼんやりと霞んでいる。その向こうにフィルターが掛かったみたいな可愛い笑顔が――
「だって! 莉子先輩と一緒にいるときの江川先輩が一番面白いですからっ! あんな楽しいコンビ、解消してしまったら悲しいです……!」
  ……前言撤回っ、そして大行司くんもうんうん頷いて同意しているから同罪っ!
「あっ、あんたたちー……」
  あたしが怒りの握り拳を高く掲げたそのとき、タクシーは駅前ロータリーに静かに滑り込んだ。
「ありがとうございました〜! ボクたちはここで降ります」
  左右のドアが同時に開いてふたりが降りたから、あたしもそれに続こうとした。でもふたりは首を横に振りながら、さっさとドアを閉めちゃうの。
「えっ、……ちょ、ちょっと待ってよ!」
  何が何だかさっぱりわからず、途方にくれてしまう。そんなあたしを見るに見かねたのか、運転手さんが左側の窓を開けてくれた。あたしがそこから首を出すと、大行司くんが満月みたいな笑顔で言う。
「行き先は運転手さんに教えてあります。江川先輩に会いたいんでしょう、もうここは一気に駆けつけちゃってください!」
  えっ、えーっ! ちょ、ちょっと待ってっ、それって冗談っ!?
「なっ、何言ってるのっ! だって、あしたも学校あるじゃない。それに、これから急になんて……」
  いったい親になって言い訳すればいいのっ、いくらのほほんとした家族だってこんな突飛な行動を簡単に許してもらえるとは思えない。
「そっ、それにタクシー代だって! あたし、そんな大金払えないよっ……!」
  そう言って、ドアを自力で開けようと思ったのにロックがかかってて無理。これって、自分じゃ解除できないしっ。何なのっ、ちょっと勘弁してって……!
「大丈夫ですよ、お客さん。今回のことはすべて私の好意でやることですから、お代なんてまったく必要ありません」
  ちょっと、運転手さんっ。何なのそれ、訳わかんないっ! そうしたら、今度は春日部くんが一歩前に進み出て言う。
「ふふ、今度の日曜日に松島先輩とボク、デートするんです。ですからすべてそれでチャラですよ♪」
  なっ、……何なの、それ。日本海までのタクシー代がチャラになるデートって、かなり危なくないっ!?
「お戻りは是非おふたりでお願いします! 莉子先輩のおうちの方には上手にフォローしておきますから、そちらもご心配なくー!」
  ひいいいっ、ふたりにひらひらと手を振られながらタクシーはさっさと走り出しちゃうし……!
「さ、急ぎましょう。これでも私はハンドルを握ったら右に出る者はない、この道三十年のベテランです。お客さんは大船に乗ったつもりでいてください。な〜に、ちょいと一眠りしていてくださればそのうちに到着しますよ……!」
  運転手さんはカーステを操作して、何とも心地よい子守歌のような音楽を流し始める。
  えっ、……これって運転しているそっちまで眠くなってこない!? ちょっとー、もう少し軽快な感じにしないとまずいってっ。……わかってるのかなあ……。
  自分の命を乗せた車がこのまま無事に目的地に到着してくれるか、それが果てしなく怪しい。怪しいんだけど……五分も経たないうちにあたしは早くもこっくりこっくり船を漕ぎ出していた。

 何しろ、ここ数日は大王の安否が心配で心配でおちおち寝てもいられなかったからな。また、大王が家の前にやって来るかも知れないとか思ったら、夜中にちょっと物音がしただけで目が覚めちゃうし。
  一晩寝て朝が来たら、今までのすべてが夢だったらいいのにと願ったこともあった。でも、翌朝になって訪れるのは昨日の続きの今日だけ。あっと驚くような大展開が待っているはずもないんだよね。
  まあ……これですべて見えたけどね。やっぱすべての始まりは高宮葵か、ほんっと小賢しいよなーあの人って。でも大王も大王だよ、あんな小娘にいいように翻弄されて、もうちょっとは上手く立ち回りなさいっていうのっ……!
  ふう……でもここ、すごい気持ちいいな。車はぐんぐんスピードを上げてどこまでも進んでいく。窓の外の風景はすっかり夜、街灯りも確認できないところを見ると山の奥とか走っているのかも知れない。
  そして、どんどん、どんどん大王に近づいていくんだ。本当に会えるのかな、もしも大行司くんの勘が外れていたら今回は空振りに終わっちゃうとかあり得る? ……そうだったとしても構わない。何もできずに悶々としているより、一歩でも二歩でも前に踏み出すことができたらその方がずっとすっきりするもの。
  本当に不思議、どうしてこんなにも大王に会いたいんだろう。いつも顔をつきあわせていた頃にはむかつくことも多かったし、ついつい口答えをしちゃったりもした。同じ部屋にいて一緒の空気を吸ってると思っただけで、息苦しくなることだってあったよ。それなのに、急にその存在が消えるとすごく落ち着かない。
  車の窓ガラスに映るあたしの顔、大王も今どこかであたしに会いたいと思ってくれているのかな。そうだったらすごく嬉しいし、そうじゃなかったらすごく悲しい。だいたい、大王の本当の気持ちなんて、一度も伝えてもらったことがない気がするもの。今回のいろいろも全部があたしの独り相撲かも知れないんだね。
  とにかく、直接会って話が聞きたい。おなかに抱えているもの、全部吐きだしてしまいたい。そうしたら、安心できると思うんだけどな……。
  かすかに耳に届くエンジン音、ほとんど揺れを感じない車内。今が何時なのか、どれくらいの時間この車が走り続けているのかも曖昧になっていく。
  意識が途切れる刹那、最後に見た楓さまの悲しい顔がもう一度脳裏を過ぎった気がした。

「……お客さん。お客さん、着きましたよ!」
  すごい遠いところから声を掛けられた気がした。そして次の瞬間、深い場所に沈んでいた気持ちがすううっと浮上していく。その次に耳に届いたのは、絶え間なく続く波音だった。
「うっ、……え。ええっ……!?」
  車の窓が開いていて、潮の香りが辺りに漂っている。へええ、こっちは晴れているんだ。真っ黒な空に星がキラキラしている。
「着きましたって、……ええと、本当にっ!?」
  えーっ、嘘! だって、まだ日付変わってないじゃない。そんなに早く日本列島を縦断できちゃうものなの!?
「もちろんです。途中休憩を入れさせてもらいましたが、こんなものでしょう。いただいた住所だとこの辺りなんですけどね……これ以上は私有地で車が入れないんですよ。辺りが明るくなるまで待機しますか?」
  とはいえ、今は真夜中近い時間。だから、どこもかしこも真っ暗闇で右も左もわからない。
  でもっ、今のあたしって大王のすぐ側まで来てるんだよね? だったら、もうじっとなんてしていられないよ。
「え、えと……ちょっと降りて様子見てきてもいいですか?」
  あたしの言葉に、運転手さんはぎょっとして振り向く。
「いやっ、それは止めた方がいいです。お客さんは仮にもウチの娘の同級生、もしも何かあったときには責任の取りようがありません―― 」
「大丈夫、すぐ戻りますから!」
  良かった、ドアロック解除されていたし。あたしは素早くドアを開けると、フラミンゴ・タクシーから滑り降りてた。

 

つづく♪ (100830)

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