和歌と俳句

飯田蛇笏

椿花集

前のページ<< >>次のページ

むらさきのこゑを山邊に夏燕

奥山の天をうつろふ夏雲雀

閑古啼き麥穂をわたる雲を見る

後山の梅雨月夜なる青葉木菟

ほととぎす鳴きて遠めく山の瀧

向日葵や炎夏死おもふいさぎよし

日輪の午に入るあそび五月山

炎天の山河を蔽ふ宙の濤

炎天の高みの黝む緑樹帯

秋風やいのちうつろふ心電図

収果期の鴉老獪山に鳴く

雪山に水ほとばしる寒の入り

露の秋いのちもろきは老のみか

報恩講後山西日の影流れ

深山路に雲ふむ尼僧盂蘭盆會

正月の油を惜しむ宮の巫女

岩膚の玉あられやみ霑へり

冬水の韻にそひて墓畔ゆく

園の霜白鳥はるか水に泛く

山瀧に日射すとみゆれ懸巣翔ぶ

大原のとある農家の羽子日和

寒雁のつぶらかな聲地におちず

寒雁に騒立つ湖の場を展く

冬の雁並みゆく翳のひくまりし

夜嵐に寒雁鳴くも薄月夜