和歌と俳句

藤原定家

関白左大臣家百首

なほしばし雲居る谷を立ちかへりみやこの月に出づる山みち

松風のおとにすみけむ山人のもとのこころはなほやしたはむ

月にふく嵐ばかりやむかへけむみなみの山の霜のふるみち

谷ごしのましばの軒の夕烟よそめばかりは住み憂からじや

とこなるる山下露のおきふしに袖のしづくは都にもにず

ももしきのとのへを出づる宵々は待たぬにむかふ山の端の月

吹きさらふもみぢの上の霧はれて嶺たしかなるあらし山かな

いづみ川ゆききの舟はこぎ過ぎてははその杜に秋ややすらふ

津の国のこやさく花と今もみるいこまの山の雪のむらぎえ

雲の行くかたたのおきやしぐるらむややかげしめる蜑の漁火

神風やみもすそ川に祈りおきしこころの底やにごらざりけむ

そのかみの我がかねごとにかけざりし身の程過ぐる老いの波かな

待ちえつるふるえのの春の日にこずゑの花を並べてぞ見る

はからずよ世にありあけの月に出でてふたたび急ぐ鳥のはつこゑ

たらちねの及ばずとほき跡過ぎて道をきはむるわかのうら

君を祈る今日の尊とさかくしこそ治まれる世は楽しきをつめ

霜雪のしろ髪まではつかへきぬ君の八千代をいはひおくとて

代々ふとも変らぬ竹のふしておもひおきてぞ祈るきみの齢を

君が代をいくよろづよと數へても何にたとへむあかぬこころは

久にふるみむろの山のさかき葉ぞ月日はゆけど色もかはらぬ