まだ知らぬ 恋路にふかく 入りしより 露わけ衣 濡れぬ日はなし
なにとなく ながめに濡るる 袂かな 恋てふものは これかあらぬか
ひとこころ とけよといはふ たまづさを 結びはそめし いみもこそすれ
恋はさは 見しおもかげの 身にそひて 袂や濡らす 名にこそありけれ
けふこそは ふみそめつるを くれなゐの いつあかりける 恋の血潮ぞ
まだ知らぬ これや恋路の さかならむ ふみそむるより 身のみくるしき
まだなれぬ 恋路にふかく おし入りて ゆくへも知らぬ 人や誰なり
せきもあへぬ 涙の川 たへかねて 言の葉をさへ もらしつるかな
しのびかね みかきの原に つむ芹の 雫に袖ぞ あらはれぬべき
恋すてふ けしきを人に 見えしとて うちそはむくや あやしかるらむ
胸にたつ 恋のけぶりを けふまでも われなればこそ おもひしづむれ
夢にだに うちとけなばやと おもへども それも現の ならひなりけり
もらさじと おもひつつめど 心なき 涙のとがは 君ゆるさなむ
千載集・恋
思ひきや 夢をこの世の 契りにて 覚むる別れを 歎くべしとは
あはれてふ 言の葉もかな それにだに 消なむ命を かへつとおもはむ
千載集・恋
思ひかね なほ恋路にぞ かへりぬる 恨みは末も とほらざりけり
千載集・恋・小倉百人一首
夜もすがら 物思ふ頃は 明けやらぬ 閨のひまさへ つれなかりけり
あふにだに かへむ命は はかなきに 憂き人ゆゑに 身をやすつべき
おほかたは 憂きにたへたる 身なれども 恋てふものに しのびかねぬる
わが恋を ねにたててなく ものならば こたへもあへじ をちの山彦