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     1999年 大島哲蔵さんと佐藤敏宏の私信交換      home 

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● 1999年10月1日 2:28 

大島哲蔵様
 福島へ戻りましたら、あい変わらぬどんよりとした空です。大阪のスモッグの空と似たようなものですが超高層ビルが無いので淋しい限りです。

先日は大変お世話になりましたし、又散財をおかけしてしまいました。時間を割いて車での案内がいかに快適で楽であるかは、帰りに東京を方々散策して痛感した次第です。改めてお礼と感謝を申し上げます。

 講演会での話は支離滅裂を意識しました。なるべく話のつじつまが合わない方が田舎者と無学者をもつて親しみと楽しさが伝わるだろうと思いましたし。改めて自分のスライドを見ると、どんな風にでも話せるので途中で何度か他の無駄話にしてしまいたくなりす。どんどんスライドの時が甦るので、雑念が襲つて来るので大変です、有る程度選別と順序を決めてあつたので、何とか間が持つたようです。即興的に対話形式で進行する方が自分には合って居るし、エキサイトするだろうと思いました。調子にのつてでたらめな発想が次々に沸いて建築漫談になることでしょう。

 若い女性が喜ぶ勇気が湧き楽しくなるように、話せたと思いますから私の目論見は成功です。女性が社会的で活躍できるような環境が整ったとならば、男は種を磨くだけで良いはずです。気楽な世が出現すると思います。が男性社会が当分続くでしょうから、私たけでも女性と仲良くする努力を続けたいと思います。建築家を目指した若い女性にご対面することは、田舎ではまつたく無いので寂しいです。気が利いた女性は皆都会を目指します。 これからもなおいっそう。大阪で大島さんの若い女性ファンを沢山開発して置いて下さい。時々遊びに行き大島さんの尻馬に乗り楽しい時間を過ごさせて頂きたいものです。

帰りに渋谷の町で夜景写真と子ギャルの写真を撮りながら、久ぶりに詩集専門の古本屋に寄りました。9時過ぎに
ちゃんに会い長々と夜中まで話しを楽しみました。「家を作ることが、親戚の人の感情や友情までも変化させ、あらゆる欺瞞を曝してしまうなんて考えてもみなかった。」 親との関係も改善してしまっていたようで感謝されました。

互いに悪い人間で良いのだ、と気がついたようです。愛情と人の悪さは無関係なのですがどうもそこを理解できない人が多いように思います。今度大阪に
ちゃんを連れて行きます。

次男のところへ深夜いったら、向上心につけ込んだ、質の悪いセイルスマンに引っかかり悩んで居たところでした。すぐク−リングオフの内容証明を作り処理してあげました。いつも悪魔は親切な誉め言葉を持つて現れるようです。

友達に会ったら、若くて元気になっ来たなんて、冷やかされました。大阪には若さを私に与えてくれる、神が居るのでしょう。感謝いたします。
さんには手紙を書きますが楽しかったと伝えておいて下さい。


99年10月2日21時31分

佐藤敏宏様
先日はお疲れさまでした。いろいろ引き回し過ぎたかな、と思いましたが、そうでもないようなので安心してます。貴君が来ると2日ほど身辺が流動してこちらも結構楽しませてもらってます。 

講演は一度目の人はとても楽しかったようです。廻りの女性は寺山の「家出のすすめ」を捜しているようですが(古本)なかなか見つからないようです。
さんは「書をすてて街にでよう」を古本屋でみつけました。

二度目の聞いた人のために少し話題が欲しかったような気もしましたが、また次回に期待することにします。 福祉会館を立案されたので、やはり老人問題に引っかけた介護交際の噂などが適当だったかとおもっています。
(TELがかかってきました)

年末にはまたシンポジュームが予定されてますが単に話を聞くだけでなくって 、ムーブメントを作っていく
(70年代のものではなく)にはどうしたらよいのか考えています。革マル派は名簿づくりにははげんでいましたがそれでは何も起こせなかったし、革マル派のような行動パフォーマンスも直ぐに消耗してしまいます。やはり一人一人の思考力を刺激してやるのと、こちらが強力な核心的イデオローグとしての地歩を築くことが大切かなと思っています。メディア空間やアカディミック名支配地帯としての東京圏のトーンから切り離された 独立地帯を形成するのが良さそうです。

福島以外にも接続地帯が欲しいところですが、なかなか難しそうです
(名古屋でさえもそうした動きは今のところ作れていません)海外にも同士的な人が居れば申し分ないのですが・・・。佐藤レクチャーの受講者にもシンパを増やしておいて下さい。いつになるから判りませんが、一生のうち一度ぐらいは大ブレークをさして大騒ぎ(一揆)をしなければいけないように思います。さっきの演劇の人はキクカワトクノスケという人でしょうか、助教授でウタさんと並んで名前がでてます。  大島哲蔵


1999年10月12日  2:21

大島哲蔵様
 講演会のアドバイスありがとうございました。寺山の話はどうもうまくまとめて伝えることが出来ないし、初めての人に自分の何をどのように伝えるかはこれからの課題とします。介護交際の歌は、楽しいですが、現状の介護福祉法によるニュースはやはり現実的な問題の対処方法の事ばかりでこれも本当に日本の政治状況を映しているだけで、何か淋しい思いでだけで話す気分にはなりませんね。

大人の考えをもっている人が少ないので、地道にファンを増やしたいですが、どうも過激で支離滅裂らしくて、ほとんど難しいです。相変わらず、のんびり生活しながら楽しい人とだけ付き合うようにするしか田舎では術がありません。

 講演会の時に居た
アレンさんがコウケさんとともに今日、福島に遊びに来ます。住所録を整理し少しずつ手紙を書いてました。彼らの来福、これが講演会の成果だと思います。威勢の良いアドバイスは出来ませんが、若い建築家と話すのはやはり、気分がいいと思いますからおおいに話あいたいと思います。

  近大の演劇人は、鈴江俊郎さんです。扇町ミュージアムでの演劇で、「友達がきた」を深夜テレビ見ました。現代人が持つ欠落した感じの中での生活をうまく捉えているようです。近大での仕事の話おめでとうございます、多いに活躍して下さい。

話は変わりますが、連休に美術館巡りをしました。青森のコンペを考える参考にもなるだろうと思いながら、上野の西洋美術館、都美術館、草月美術館、菅平のドラム缶建築、松本の浮世絵美術館、レイモンドの夏の家(ペイネ美術館)、群馬県立美術館などをドライブしながら、見てみました 。菅平のドラムカン施主であり施工者でもある正橋さん家族に会うことが出来ました。スライドが出来ましたら報告いたします。

 時間のなかで風化するものと、変化しないものをバランス良く見学出来たような気がします。美術館の現在とその諸問題を何となく感じました。泥縄のような事ですがこんな事でもしないと、勉強する機会がありませんから、コンペは良いきっかけになります。

 世紀末住宅のコンペの模型は今週完成しますから間に合う程度のモノを提出したいと思います。旅行の成果はスライドが出来次第まとめます。とりあえず近況まで。


  1999年11月分 私信交換へ