1995年 1996年 1997年  1998年   1999年 
     1999年 大島哲蔵さんと佐藤敏宏の私信交換      home 

     4月      10 11月 12 

 01 02 03 04 05 06 07 0708 09 10 11 12 13 14 15 
 16 17 18 19  20 21 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31
 


 ● 1999年12月7日  14:07 

大島哲蔵様
昨日の夜半から空が荒れ、雪がちらつく寒い一日となりそうです。
メール男と化し、やたらに出しまくっていまして、おねいちゃんやお兄ちゃんと交信して思うことは、皆さん同じようなところでつまずいている事です。

日々進歩する事やオリジナルな発言(作品)を提示する。人の役立つモノになりたいようなんです。デクノボウになろうと言うものは居ないので、皆さん苦労している様子です。チョトノンキな生活を想っていましたらそうではないようです。

少子時代の親の大きなお世話的親切の絶大な影響を被りかわいそうでもあります。盛んに後追いの勧めや無目的な生の人生の勧めを話し、親の呪縛から解放してやらないけないようです。大学でも効率的に人を飼育する事ばかりのようで、娘いわく効率は教授の親切の押しつけだです。人はそんなに機械のように反応しないから人なのでした。

此方無学。温泉に入りながら建築も眺める。お婦負ちゃんに声をかける。馬鹿な男は無視する。変な親には挨拶しない。女性には親切にする。

ついさっきはチラチラだつたのに嵐のような勢いで吹雪いています。例年より今年は雪が多いのかな。

週末は五戸の住宅のスライド会です。山形の銀山温泉で家族慰安をかねてします。銀山温泉は3間ほどの川の両側に3階建て木造旅館が並んでる温泉です。大正時代を想わせる映画のセットのようで近隣の湯治客の人気の的です。山形県内には木造三階建ての湯治場がまだありますが、つまらん情報を旅館が仕入れ都会ズレの接客が嫌みになりつつあります。無理のないその地の生活に触れる事が楽しみなのに、情報の高速化は田舎の楽しい湯治場さへ変化させてしましそうです。

ミヤジマさんからのメールですとようやく軌道に乗りそうですね。若者が成長するためには多くの時間と忍耐が必要なんですね。ご苦労様です。此方真っ白で遠くが見えなくなりました。

初雪や 敷地をこえる 夢を敷き 佐藤敏宏


99年12月7日 16:17

佐藤敏宏様
コンペで苦しんでおられるかと思ったらいろいろ楽しんでますね。とても良いこと出ず。当てもないようなコンペは宝くじを買ったようなつもりで、楽しい日々を過ごした方が良いに決まっています。
ミヤジマは完全なエゴイストですから気の大きなスポンサーがつけば、直ぐに出世コースに乗ることでしょう。ワタナベさんを嫌っている割にはよく似ていて日本の才人にはそう言う型の人が多いようです。建築を推進しさらしていれば天国なのですから幸せです。

年末になるとあちこちからたまったお金の催促があって落語の年越しとちっとも違わない状態になります。
(何か一部支払ってゴマカスのも同じ)ド田舎で地面でも耕して生活している方が楽だと思います。最初からそうだったら間違いなく都会に出奔するでしょうが)

今日はコウケ君が先日開いた展示会にいろいろ協力したお礼にすき焼き会に招待してくれるので、5時ぐらいから出掛けることになっています。いろいろ問題がありましたが、ヨシダ門下生
(そして少々の私たちのイニフルエンス)らしい展示になっていました。(プロジェクト主義という意味)しかしワタナベ門下生から人材が出ていないことを考えると、大したものかもしれません。

 今日は大阪も寒いです。毎年雪が降り積もって、春になると再び生物が活動するというリズムはよいですね。 そうであるから喜びや再生のイメージがハッキリするように思います。冬は休眠して春には一冊本が出るような生活をしてみたいです。 では叉 大島哲蔵


● 99年12月14日 23時19分

佐藤敏宏様
コンペというのは宝くじのようなところがあって、入選は僥倖が左右しますが、夢を追うこともできるのですから一時の幸せをばらまいているのかも知れません。ニッタ氏は昨夜ウタさんと入った場合の設計料の試算をしてはしゃいでいました。空しい面もありますが、青森のコンペは不景気下の建築家たちにある種のフィールドもしくは罠を差し出したのかもしれませんね。

私としては佐藤さんの存在は福島と結びついていて切り離せないのですが、もち論どこでも通用する人だと思いますので、よい場所があったら移るのも面白いかもしれません。私もド田舎の工系学校の専任講師の口があったら本気で考えるやも知れません。(ありえないから言えることでしょが)少し離れた場所で少し大きめの建築の仕事などありましたら、現場近くで頑張るのなんかは良いですね。渡り建築師なんてやはり好みです。

タロウたちのグループは基本的によい子が多いのですが、特に親密にしたいとも思いません。これからも折りにふれて対話して協力したいり、批評したりするでしょう。展示会はそれなりによかったので、何か紹介したいっところですが最近はそんな話も周囲になくなってしまいました。

リンゴ送っていただき有り難うございます。状態の悪い中でご心配下さったことを思いながら食させていだだきます。スーパーで買う品と違って、人手をかけて自然に恵まれて育った果実は人間に充足感を与えてくれます。

死ぬ前に出会いたい女とうのが存在するとは思いますが、滅多にそういうことは起こらないからそう思うのでしょう。文学や映画ではそうした望みが実現する場面が描かれますが、現実には皆がそれを見てカタルシスを感じるのでしょう。でも自分が思うのは自由ですから、私も待望者のメンバーになりたいと思います。

コンペの歌のようなコンペ案が出来ればいいですね。ロケーションに接して想い描く姿が素直に造形化されるならそれに越したことはありませんが、あれだけ細かく決められた諸条件をクリアするとなると・・ガチガチの法律文みたくなってしまうのでしょう。本当に暗い12月になりましたね。勝利することのない案、出現することのない女性、一斉に逃げ出す札束。そうした欠落を財産にして世紀末を駆け抜けることをカッコ良いと考える他ありません。 大島哲蔵



1999年12月17日  23:43

先日はFAXありがとうございました。明日はシンポジュウームですね。世紀末のマトメはどうでしょうか。今日は雨が降りましたが、模型がようやく固まりました。寒いとプラスチックが固まらない。埃が付きやすいのでファンで暖めるわけにもいかず、やきもきいたしました。

宝くじよりはましな確率。確率で決まるわけじゃ無いから罠ですかね。こちらは自分の考えが大きな建物でも使えるのかどうか確認したいので、大いなる無駄かもしれませんが、満足しています。入賞に越したことはありませんが。プレゼンが力不足で時間も足りないから満足のいく成果品にはならないのですが。提出するつもりです。
ほぼ歌のような感じが出たのでまあまあです。
サイトウさんが悪臭と寒さと戦いながら今日並べて見て満足でした。固まるときに熱と、どうやら体に有害なガスを出すらしいんです。 危ないことです。

朝日ファインと言う、朝日新聞系の地方ミニコミ紙の編集長が、[BOX住宅]や「千万家」に大変興味を示して、カラーで特集してくれる・・事になりました。写真貸しや取材で少しドタバタしましたが、ありがたいことです。一人で宣伝の仕方も解らずにいる身としては手間が省け人に知らせる事が出来ます。26日に出ますから送ります。

依頼者が現れる事を望みますがどうでしょうか。編集長は「
こういう家が沢山出来ると良いな―」と感激しています。「千万家」は人の何かを揺さぶる様です。

タロウさんはいまいちのようですね。アレンさんの作品を理解していなかつたので、ちょっと気にはなりましたが。現実から設問を立て解決する能力が足りないかもしれませんね。頑張ってもらいましょう。

コンペの作図の中休みでした。 では又連絡します。佐藤敏宏 




99年12月19日 10時32分

佐藤敏宏様
世紀末シンポなんとか終わりました。あらゆるシンポはどことなくウソくさいものですが、テーマからしておかしなところがあり、実際イライラさせられる場面もしばしばでしたが人数は心配していたのですが、すこし淋しいくらいで済んだのでよしとしましょう。

当日パネラーの一人で
ミヤモト・若手の住宅の見学会がありそれをみてから来た人も多あったので、勢いその話が多く聞かれて、建築の話と時代の話がチャンポンになってしまうのが一つのつまづきです。またフルヤマさんが最近ラカンを勉強しているようで、心理分析から事物を説明する(かなり難解)ので、解ったような解らないような話になってしまいました。

私も発言する意欲がそがれて前後をつなげようと努力しましたが、あまりうまくいかなかったようです。しかし自分のいいたいことはある程度言ったので、あとはどれだけ伝わったかですが、しょせん理解程度は浅いにしても様々な議論が展開されたのですから、今後の積み重ねだろうと思っています。来年もいろいろやるつもりです。

私たちがやめてしまったらほとんど何も残らないからです。全体としてのムーブメントが消滅してしまったわけですから、建築家は内部の自我
(創作主体)を肥大化して事に当たらねばなりませんが、それを取り巻く社会はセンセーショナリズムしか受け付けません(ヒーローとか欠陥とかいうスキャンダル)そんなわけで建築家やプランナーはもはや決定的な創造主体など成立しない状況のもとで、超自我を定立しようとし、その過剰な自己投影は多くの場合グロテスクな結果を生み出してしまいます。

他者や社会、環境の今日的な意味を熟知している少数のみがそのサイクルからまぬがれることができるというわけです。いずれにしても個別建築の力で世界を変革する望みは断たれていますが、部分的な人心の攪乱やカタルシス呼吸作用は許されます。千万家やBOXシリーズもそんな一例ではないでしょうか。

建築に長くたずさわり、その可能性を求め続け、探求心を失わないマイノリティーが現状そのものをアイロニカルに表現することになります。建築することの原点に戻って再出発出来るかどうか
(案外むずかしい)が鍵になると言えそうです。そのうちにまた違った季節がやってきて、その間に貯めていたエネルギーを奔出させるタイミングも到来するというわけです。

望みが断たれと思いますが、人間がgiveupしない限りは面白いことやチャンスは繰り返しやってくるでしょう。むしろ楽しみだという発想です。70年前後の騒然とした時代も振り返ってみれば面白い時期ですが、当時も真の変革の予感に満ちていたわけではなくバブルの金銭的に恵まれていた時代も意外につまらないことが多かった。日本を生きる知識人は苛酷ですが当然それぐらいの試練は覚悟すべきでしょう。

いつものことですが二次会は結構楽しく、まだまだ自分に与えられた役割はいろいろやって来るぞと思っています。これからも交流をすすめて刺激し合って前進しましょう。大島哲蔵


1999年12月21日   8:05 

大島哲蔵様
 シンポの感想と元気な総括ありがとうございました。長い間やりとりしていると元気な時や辛いときの感情が出て、互いに困ったり励まされたりしますね。生きる事が全て関係してしますので今後ともよろしく願います。

 一つの神が存在した時代は過ぎ去り、多種多様な神(人・思考)が混生を志向し始めた様に見える今日では従来型の建築家は不要となることでしょうね。どちらに所属するかは大島さんのご指摘のように時代を感じる感性でしょうか。改めて他者や他者の集合からなる社会の今日的意味を再考または再確認しなけらばならないと思います。 そもそも世界を変革する必要があるのかどうかも含めて、大衆消費社会の動向を(大衆や政治家や資本家)注視していきたいと思います。

ささやかに地方でごく普通の人に焦点を当て建築を考えた方が今日的意味が照射出来るのだ、とは負け惜しみのように思い続けてることではあります。

昨日朝日ファイン(地方版ミニコミ・紙面4面)の最終稿の打ち合わせがありました。編集長はたぶん住宅で悩んでいる人なのでしょう。千万家の続編も春する事になりました。下準備として読者からの反応や見学会参加を呼びかけて、継続的にライブ情報のようなことを発信出来たらいいと思い、アイデアを提案しましたら大変乗り気で見学会や「建築遊び」をする予定です。その時は参加願います。住宅作家で終わるのは寂しいですが、とりあえずそれしかないのでまじめに取り組んでみます。

今年は温泉男とメール男で終わりですが、大島さんのご指摘の様に、あきらめないで建築にかかわり続けます。地方には専門的な人はほとんどいない(生活出来ない)のですから、都会のようにフォーラムを開くわけにもいきませんし、呼び屋にならず発信し交流をすすめる方法をあれこれ考え実行したいとおもいます。来年もよろしくお願いします。佐藤敏宏


99年 12月21日 8時24分

佐藤敏宏様
早朝FAXありがとうございました。リンゴも今夜初めてい頂き、とても美味でした。シンポの午前中に行った
ミヤモト君の新作のプランを送ります。参考にして下さい。

予算は2600万ぐらいだそうです。西宮の北口の区画整理地区によって作られた被災地住宅で廻りの住宅会社の「何事もなかったかのような」三階建て中心の住宅とは際だって対照的です。2階のルーフデッキはビニールカーテンで目隠しされるようになっています。
(バン君のパロディか)庭は残土が盛ってあるだけです。1Fのタッパはかなり低いです。(だいぶん意識的)普通のライトコンストラクション風ですが少々変わっているところも多いです。メディア受けすることでしょうが、余り成功しているとは思いませんでした。またゆっくりFAXを書きます。では。 ○哲

●1999年12月25日8:08 初Eメール

大島哲蔵様
SQUAttER NESでアドレスを見つけました。初メールを打ちます。ミヤモトさんの住宅のプランをFAXいただきありがとうございました。台所と食堂それにエントランスがどまですから農家に適してるように思います。以前訪ねた菅平のドラム缶の家で話した時のことを思い出しました。大地と連続した行為が家の中まで続く。

木造とコンクリート造をおしゃれに組み合わせているんじゃないでしょうか。家族構成は老人夫婦が住む。又は老夫婦と孫一人かない ずれにしても、挑発的な家でないことは理解できます。土間やデッキがたっぷりしているのは、一種の敗北感でしょうかね。

農家の田の字型プランに今風の家が乗っかる感じがしますが、上下の断絶した感じが震災を受けた人が持つ断層でしょうか。 端々は上手に施主の要求を処理してるいじましさも見えて、ほほえましいと同時にもう少し大胆でアッケラカンとしたところがある方が、時を乗り越えるプランになるんじゃないと思います。いろいろ感想です。

こちらは青森の提出のレイアウトをしたり、文化の校正をしたりしてる年末です。BOX13は写真の選定の仕方に私とは違う感覚を感じます。これは編集者の目と言うやつでしょうか。いずれ他者の選択的視線を受けることはいい体験になります。末席を汚す事になるでしょうが、2月号が出たら感想等をかせてくださいませ。

リンゴを喜んでいただきありがたく思います。友人の自慢の作物です。年一度確実に収穫出来る安定感とあきらめが農家の人にはあります。

NES28のモーフォシスの解説は大変興味がわきました。元気が出る文章で良いですね。今度訪ねたときでも見せていただきます。

とりあえず初メールがどのように連絡出来るかです。FAXのようにベルはなりませんので眠りをじゃまする事が無いだけ安心です。とりあえず初Eメールでした。

佐藤敏宏(Tosihiro Sato)TAF設計 


99年12月26日 18時41分 

佐藤敏宏様

ミヤモト君の住宅の感想は的確で感心しました。さすがプロですね。プランと簡単な図面だけでそこまで判るとは・・・。少しビックリしました。今度展示会+シンポジュウムで言及する機会がありそうなので参考にさせてもらいます。(情けない批評家ですが、ある意味で図星の指摘だと思います。)施主は私も同様に思ったので聞いてみたら若い人だそうです。少し可愛そうな気もします。分裂症てきな家を与えられて精神に異常をきたさなければ良いのですが・・・・。

朝日ファインやKBは楽しみにしています。雑誌そのもに対する興味は正直なところ余りなくなってしまいましたが、いつものようにレイアウトされて発表されても、どことなく伝わってくる佐藤さん固有の体質、他とは違う感性のようなものにはとても興味があります。

メールについてはまだ正常化していなくて、ご迷惑です。来年にmacに精通した人に頼んで使えるようにしてもらいます。 

フォーラムは
マルヤマさんの体質に引きずられた形で(後半はコリン・ロウの追悼会)は大いに盛り上がりとても気分のよい集まりになりました。(なってしまいました)

いわゆる言いたい放題というやつで、会場から「
オジサンのロウお宅がガタガタ言っているだけで、聞いている人のことを考えてない」との声がありましたが、マルヤマさんが「わからない人はわからなくても良い」と言っているのでしょうが・・との発言に圧倒されて、不勉強な人は散々なクリスマスになってしまいました。(当然でしょう)

こないだの春秋塾のように我慢して遠慮しているとダメみだいで、開放的で攻撃的にやらないとダメみたいです。批評というのも一種のパフォーマンスで、よっぽど内容があれば大人しくても持つのでしょうが、とにかく大阪で若い人相手にやるときは騒々しくオーバーにやらなければ伝わらないみたいです。と言うより恐らくその時の状態に合わせて色んな態度とってやろうと思っています。 盛り上がる時と盛り下がる時があってもよいわけです。多分春愁塾という名が良くないようです。アナクロニズムを感じますし、塾という感覚も私にはありません。

二次会で
ニッタ君も硬骨漢ぶりを遺憾なく発揮して、すこし嫌がられたり、私とやり合ったりして皆が開放的になっていました。マルヤマさんが林家三平のようなキャラクターの人なので、ナカタニレイニンも陽気にはしゃいでいました。全体として皆「空元気」なのですが、そでも良いと思います。そちらは静かでしょうから悪いような気もしますが、ちっとも羨ましがる必要などありません。こちらも皆仕事がありませんし、にぎやかな後はきまって淋しさがやって来るからです。 ○大島


 99年12月29日22時51分

佐藤敏宏様
「朝日ファイン」送られて来ました。以前スライドを見て大笑いしたことを思い出しました。今の日本でこれが出来るのは貴君ぐらいのものでしょう。
ミヤモト君はへんてこりんな「作戦」であの家を作ってメディア空間で成功するのですが、地方のミニコミで編集者が共鳴している様子がずっと面白いよに思います。(メールアドレスが間違っているところが叉良いですね〜冗談じゃない!)

イシヤマ
の缶ハウスがでているのもビックリしました。(全部佐藤さんの作品でない方がよいとは思うが・・・)

ノジリ
さんのオフィスは建て主さんの謹厳実直な感じとオフィスのぶっ飛んだ感じの取り合わせが絶妙で改めて成功作と思いました。東北新幹線の線路に路面電車が走っているのを目撃した時のおかしみとショックという感じです。1000万家で育つ子供さんにも期待したいと思います。

名古屋の店を閉じたので今年の正月は少し気が楽です。ただ友達の設計士で一人正月がこせそうにない人が居て気がかりです。
ミヤジマに支払うべき金をあげようと思います。私も今年の後半、幾つかの請求書が重なり、弁護士からの最後通告のようなものを受け取ったとき失神しそうになりました。来年は少し楽ができそうです。

○大島


 2000年の 私信交換へ