TopNovelしりとりくえすと>羽曜日に逢おう ・2


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06.うなじ


「何だ、思ったよりも普通。つまんねーっ」

 いきなり背後から投げつけられた言葉。前方左右を確認して多分自分のことだろうとは察しが付いたわけだけど、すぐには反応できなかった。
  こんな風に不躾に言われたら、ちょっと怒鳴ってやっても良かったのかも。けど、自分の予想を確認するために恐る恐る振り向いた私が発した言葉はこうだった。

「どうして、あんたがここにいるのよ?」

 だって、そう思わない? 週末の金曜日。6時限までの授業を全て終えて、開放感溢れた気分で校門を出たところ。今日は部活もないし、思いっきり羽を伸ばすんだ〜とか思ってたのよね。

「あ……。じゃ、じゃあ、陽菜(ひな)? 私たち、急ぐから……じゃあね〜っ!」 

 ほんの少し遅れて出てきた友人ふたり。私と背後のもうひとりにちらちらと視線を送りつつ、貼り付いた笑顔で風のように後ずさる。今日の空の色がそのまま映っているかのような、ライトブルーのブレザー。ダブルボタンで、衿の折り返しの下半分が共布チェックの布になってる。それと同じ柄のプリーツスカート。襟元からちらりと見えるベスト。ブラウスの襟首には、細いリボンが蝶々に結ばれてた。
  そう、これが「可愛い」って有名なウチの高校の制服。ちなみに夏服になると淡いレモン色に変わるんだ。こっちももう採寸済みだけど、早く仕上がって袖を通したいなと思うほどよ。

 いや、違う。今は自分と同じ制服を着ている友人たちをぼんやり眺めている場合ではなかった。ちょっと待って、何で先に行っちゃうのよっ。だって、今日は一緒に買い物に行こうって――。

「ひょ〜っ、やっぱ噂通りにレベル高いな。しかも出てくるのはみんな女ばっか、よりどりみどりってこのことか」

 何、伸び上がって眺めているのよ、馬鹿っ。だいたい、その身長だったらそのまんまだって十分でしょっ。それに「女ばっか」って、それ当然だよ。ウチ、女子校なんだしさ。

「……でさ、何で私服なのよ。今日学校休み……とかじゃないよね?」

 まさか、入学したてて速攻退学!? いや、それはいくら何でも有り得ないだろう。だって、まだ二週間目だよ。じゃあ、不登校だったり? いやいや、この男の性格でそんなことは万にひとつもないわ。クラス替えをしてもすぐに新しい環境に馴染んじゃうんだよね、コイツって。

「歓送迎会だかなんだかで、今日は午前中3時間で下校だった。で、そんな感じだから部活も休み。あんまり暇だから床屋に行ってさ、それでも時間が余ったからうろうろしてたらこんなとこまで来てた」

 ……普通、それないでしょ? 電車で20分の距離だよ、ここまで。いくら自転車だからって「うろうろ」で来られる距離じゃないから……!

 そうか、床屋か。この前逢ったときよりも、少しすっきりしてるもんな。うん、本当に久しぶり。制服を取りに行った以来、ひと月ぶりくらいにこの顔を見たわ。近所に住んでるって言ったって、そう頻繁にすれ違うはずもないしね。誘い合って出掛けるほどにも仲良くないし、古なじみなんてそんなものだと思う。

  一高はひとつ前の駅で降りるから、毎朝「もしかしたら、会えるかな?」とかきょろきょろしてしまう私がいる。だけど漫画やドラマの世界ではありがちな展開も、全く訪れてはくれなかったのね。

「ふうん、そうなの」

 思いっきり気のない返事をして、そのまますたすたと歩き出す。

 こんな風に偶然でも会えたことは嬉しいよ、正直そういう気持ちはある。でもさ、心の準備もなしに顔をつきあわせると次の言葉が浮かばない。ああ、肩から掛けた鞄が重いわ。置き勉出来ないんだもんなー、ウチの学校。週末はロッカーまで検査されて、辞書類までお持ち帰りさせられる。イマドキ、そんなのないよねえ。

「……何で、付いてくるのよ」

 電信柱3本分を歩いて、ようやく立ち止まる。さっきから長い影が、ゆらゆらと私に覆い被さるみたいにくっついてくるの。黙ったまま、ただじーっと。

「え? ……だって、俺んちだってこっちだし」

 そりゃ、分かってるけどさ。何も、わざわざ自転車を引きずって付いてくることないじゃない。いつもみたいにシャーって追い抜いて行きなさいよ。いや、こういうのって自転車って言わないんだっけ、確かマウンテンバイクとか言うのよね。中学校の頃は禁止されてた奴だ。

 その後また、互いに無言のまま電信柱を3本分通り過ぎて。住宅地の狭い路地を抜けたら、広い歩道がくっついた幹線道路に辿り着いた。

 そうか、ここをずーっと下ってきたのかな? 電車で大回りをするよりも近いって聞いたことがある。もしも路線バスがあれば、それを使った方がいいって。でもちょうどいい時間のがないし、バスだと割高だしね。結局は電車通学よ。

「……サッカー部、入ったんだって? かなり絞られているみたいだけど、やっぱ高校になると違うの?」

 こっちが黙ってると、向こうも何も言わないんだもの。仕方ないから、また声をかけてしまったわ。そんな義理もないんだけど、まあ成り行きって奴?

「まあな……って。良く知ってんなあ、……あ、そうか。守(もり)に聞いたんだな」

 参ったなあって、頭をかいてる。まあ、そんなところだわ。守園子(もり・そのこ)は中学の頃の友達。一緒に受験勉強した仲だけど、彼女はめでたく「サクラサク」。今はこの男と同じクラスにいるんだって。だから、特に聞きもしないけど色んな情報が入ってくるの。

 学校説明会に行ったら、そのまま狩野はサッカー部員に拉致されて練習に参加させられてるとか。そのために春休みも何もなかったとか。――入学式からこっち、もう3人に告られて、そのうちのひとりはサッカー部の女子マネで何と3年生だって。

 園子、何にも知らないから。私と狩野はただの幼なじみだと信じているから、おもしろ半分に話を流してくれる。まあ、……実際もそんな感じだけどね。別にそんなことまで聞きたくなかったなと思っちゃう。

「仕方ないだろ、好きで入ったんだし。お前は? ……部活、どうしたんだよ」

 そんな風にして、どうでもいい話を途切れ途切れに続けてきたら、いつの間にか駅前の信号まで来ていた。そろそろ定期を出そうかなとかポケットをごそごそしたら、不意に肩の辺りが軽くなる。

「――送ってくけど?」

 こっちが何も言わないうちに、前カゴに私の鞄を入れて。当たり前みたいにサドルにまたがる。

「……え?」

 ちょっと待て。送る……って、コレで? だって、荷台が付いてないじゃないの。

「立ち乗りすりゃあ、いいじゃん。何、バランス感覚に自信ないとか? ……あり得るなー、お前って去年、体育の授業で平均台から落っこちてただろ? しかも2回」

 何でさ、こっちの気持ちを逆なでするみたいに挑発するのかな? 嫌になっちゃう、いつもそうだし。

 だいたい、受験の時だってそうだった。私、最初から楽に私立単願を決めるつもりだったのに、コイツが脇からぐちゃぐちゃ言い出してくるから、一高に挑戦する気になったのよね。ま、結果は惨敗だったけど。

「知ってるだろ、スタンドの付け根の辺りに引っかけるとこあるから。まず、俺の肩に掴まって、そこに体重掛ける感じで」

 こんな風に言われたら、何となく癪じゃない? やらないわけにはいかないって感じなのよ。よっこらしょって本当に奴の肩に置いてた手にぎゅーって力を込めたら、一瞬だけ「おっ」ってよろめくの。失礼しちゃうでしょ、全くもう。

 

◆◆◆


「ま、多少は肩凝ったけどな。いいトレーニングってとこか」

 中学の学区の辺りまで、40分くらい走ったかな。さすがに人目が気になってきたから、自転車を降りた。もしも知り合いに会ったりしたら、やっぱり恥ずかしいし。別にそんなこと気にすることもないけどね。次の日学校でからかわれるような境遇でもないしな、でも何となく。

 狩野はさすがに10分間走した後みたいに赤い顔をしてた。こういうときに「ありがとう」って素直に言えたらいいのにね。それが出来るくらいなら、苦労しない。

「はい」

 ポケットをもう一度ごそごそしたら、今度はキャンディーやキャラメルの個包装のがいくつも出てきた。こういうのを交換しあうのが、毎日の娯楽のひとつなのね。先生に見つかったら「お弁当のデザートです」とか言っちゃうの。コンビニで新製品をチェックするのも楽しんだよ。

 狩野は私が手渡したいくつかを手のひらにのっけたまま、しばらくぼーっとしてて。その後、思い出したみたいに吹き出した。

「……なんか、お前。前よりか、さらにガキっぽくなったよな。そんな風に髪を下ろしてると、小学生に戻ったみたいだ」

 その言葉を最後まで聞いて、奴の笑った理由がやっと分かった。

 何か、ニヤニヤしてると思ってたんだ、ずっと。今日始めに校門で逢ったときから。何が可笑しいんだろうって、不思議だった。
  そうか、中学はずっとふたつにしばってたしね、それが当たり前になってたのか。でもさ、ひどいよ。普通、大人っぽくなったと思わない? 何で、小学生なのよ。確かに昔もこんな髪型してたけど。

「ひどーい、そんないい方ってある? ……でもさ、確かに暑いんだよね、こんな風にしてると」

 毛先をひとつにしてくるんとねじる。そして、そのまま上の方に持ち上げて。

「こういう風にした方が、大人っぽく見えるかな? さすがに小学生にはならないでしょ」

 くるんとその場で一回転したのは、少しやりすぎだったかな。奴はハンドルを握りしめたまま、ぼんやりしてる。ああ、やっぱ久しぶりで感覚がつかめない。もうクラスメイトでも何でもなくなっちゃったコイツと、どんな風に付き合っていけばいいのよ。

  うなじに直に当たる春風が、妙にくすぐったい。少し考えていい方法が見つかってからなら心の準備が出来たのに、なんでいきなり前触れもなく現れるかな。

「……携帯、買ったんだろ? 見せろよ」

 何よ、人の質問には答えないで。そう思いつつも、まあいいやって取り出す。中学の頃まではどんなにお願いしても持たせてもらえなかったけど、やっぱ電車通学になったしね。親もとうとう折れてくれた。合格祝い……というか、進学祝いというか。私の場合は……後者かな?

「ふうん、やっぱガキっぽ……」

 ピンク色のころんとしたかたちのそれが、奴の手のひらの上ではすごくちっちゃく見える。へー、そんなもんかと思っていたら、狩野は自分のも取り出して「ピッ」って。それで、何事もなかったように戻してくる。

「お前さ、全然連絡して来ないから。言ったろ、イイ女紹介しろって。守とダベる暇あったら、こっちにもひとこと寄こせ」

 じゃあ、そろそろ行くからって。自転車にまたがったかと思うと、風のようなスピードで私を追い越していく。

 どんどん遠ざかる背中をぼーっと眺めてたら、剃りたての襟足が妙に眩しく思えた。

 

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お題提供◇kiwa様
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ええと……もしかして、この話は狩野視点で書かなければお題にそぐわなかったのでしょうか?
最後まで来て「やば、間違えた」と思ったのですが……すみません、今回はこれでお許し頂きましょう。いつか機会があったら、是非是非彼の視点を!(←たぶん、かけ声だけで終わりそう)