TopNovelしりとりくえすと>羽曜日に逢おう ・7


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24.不器用


 きっかけなら、いくらでもあったはず。「ここで踏み込めばいい!」っていう絶妙なタイミングにも気付いてた。それなのに、何も出来ないまま通り過ぎていたのは私自身。誰を責めることも出来ないんだ。

 

 あーあ、もう。何か、散々な一日になっちゃったな。

 しばらくの間はただ闇雲に走っていた。 そのうちに現在地の確認が出来なくなっちゃったみたい。
  よく電信柱に住所表示とかしてあるよなとか思ってそれを探してたら、さらにずんずんと訳の分からない場所まで来ていた。おろしたてのサンダルが足に馴染まない。かかとが靴擦れになっちゃったのかな、歩くたびにうしろのベルトに当たる部分がじんじん痛んだ。

 どこまでもどこまでも同じような住宅地が続く。かなり奥まった場所まで来てしまったみたい。脳天に焦げを作るほどの暑さのせいかな、休日の通りに人影ひとつないの。これじゃあ、道を尋ねることも出来ないわ。

「……はぁ」

 溜息と共に落とした視線。白っぽく汚れたアスファルトの上にくっきり浮かんだ私の影。

 身体にぴったりとしたTシャツには地の色が見えなくなるくらいのワッペンがくっついていて、スカートはしわ加工の段々になった奴。あと染めって言うのかな、裾の方に行くほど色が濃くなるグラデーション。その上から「ウエストを締める」と言う従来の役目を完全に放棄した太いベルトを巻いてる。別にそんなのあってもなくても同じじゃんと思ったけど、見た目が全然違うんだって。

 お店で見たときには「夏っぽくていいな」と気に入った。でも、実際に身につけてみるとちょっと派手だったかな。ひまわり色は街中でかなり目立って、ちらちらと感じる視線が恥ずかしかった。何度か洗濯したら色がさめて普通になるならいいけど。

 

 ―― ええと。今って、何時頃なんだろ……?

 

 流行のナチュラルっぽい編みバッグの中を探る。これもついこの間衝動買いしたもの。雑貨屋さんの店先のワゴンに積まれてて「どれでも千円」の札が付いてた。取り外しが出来るひまわりの造花がくっついてる。

「あ、そうか」

 誰もいないのに、ついついひとりごとを言ってしまう。

 携帯、今朝は机の上に置き忘れて来ちゃったんだっけ。駅に向かう途中で気付いたんだけど、まあいいかって引き返さなかった。まだまだ慣れてないんだよな、携帯生活。持ち始めてから腕時計を着ける習慣もなくなっちゃったから、今日は時計なし人間だ。

 じりじりと照りつける日差しの下、のろのろと歩き続ける。せめて帽子を被ってくれば良かった。そういう小物の品揃えも悪くて、本当に困っちゃう。つばの小さいシンプルな麦わら帽子が欲しいなと思うけど、いざ探すとなかなか見つからないのね。

 

 ―― と、ようやく車が行き交う大通りに出た。

 どうやら国道みたい、でも聞いたこともない三桁の番号だわ。目の前を通り過ぎていくバス、その行き先は私の通う高校よりもずっと南にある駅だった。

 

◆◆◆


 地元の駅を降りると、ようやく日が沈んだところだった。

 こんなに夕暮れが待ち遠しかったのは久しぶり。もちろん、あのあとすぐにバスに乗ってどうにか名前だけは知ってる駅にたどり着いた。上り電車に乗れば、時間は掛かるけど自宅のある街まで運んでくれる。でも、真っ直ぐに家に戻るのも嫌だったんだな。

  だって携帯をチェックすれば、きっと真墨さんからの連絡が入ってる。あんな風に途中で逃げ出しちゃって、謝らなくちゃならないのは分かってるよ。でも……、少しでもいいからそれを先延ばししたい気分だった。ぼんやりと、ひとりで物思いにふけりたい気分。そういうのって、許してもらえないかな。

 考えた末。

 家とは反対方向の電車に乗って、どこまでもどこまでも揺られていった。見たこともない風景、田んぼばかりになったり、また駅に近くなると開けてきたり。そうしているうちに終点まで辿り着いて、そこからまた引き返してきた。

  自分でも馬鹿だなあと思ったよ。今日何度目の自戒か分からないくらい。何やってるんだろうな本当にどうしようもないよなと、お客さんのひとりもいない空っぽの車両で考えてた。口惜しかったし腹も立ったけど、涙のひとしずくも出てこない。こういうところが可愛くないんだな、我慢することに慣れすぎたら自分を上手く出せなくなってた。

 

 このままきっと、私は流されていくんだろうな。

 

 諦めるには近すぎる、でも頑張るには遠すぎる距離。どうせなら、狩野が地球の裏側の高校とかに行ってしまえば良かったのに。もう二度と会うことも叶わないと思えば踏ん切りも付いて、新しい出逢いに向き合えたはずだ。

  だけどさ、結局こういうのって理屈じゃないんだよね。

 真墨さんと数回デートみたいなことをして、つくづく分かった。たとえ違う学校の人だって頻繁に連絡を取ることも可能だし、「これから会える?」なんていきなり予定を入れることだって出来ちゃう。メールなら相手が手を離せないときだって気軽に送れるし、難しいことなんて何もないんだよね。

  すごい「目から鱗」だなーって思った。でも、少し考えてみれば私だって園子とならそんな風に連絡取り合ったり出来てたよ。毎日のようにだって、電話してた。
  それが、狩野が相手だとどうして上手く行かなかったんだろう。狩野だって去年のクラスメイトなんだし、そう言う意味では園子と同レベル。だから同じように思えたら良かったのに。

 真墨さんと会ってるとき、何度も何度も考えてた、「これが狩野だったら、もっと楽しいだろうな」って。わざわざ時間を割いて会ってくれる相手に対してすごく失礼だとは思ったけど、でも正直なところはそうなんだもの。
  待ち合わせ場所に立っているのが狩野だったら、私は絶対に携帯を忘れたりはしなかった。一分でも一秒でも早く会いたくて、そうするための方法だってたくさん考えたと思う。

  何を期待していたんだろう、狩野の方から動いてくれないかなとか。奴の方から連絡をくれれば、すぐに返事をしたよ? 私、ずっと待ってた。何でもいい、ひとことだけでいい。私に、私だけに声をかけて欲しかった。自分からは絶対に嫌、だって返事が戻ってこなかったら辛すぎる。

 けどさ、そんな風にしてちょっとずつの痛みを回避した結果がこれだよ。
  すべてすべてが手遅れ、もう取り返しが付かない。そりゃあさ、いくら狩野に対して私が何かリアクションを起こしたとしてもだよ。もっと近くに素敵な人がいたら、たちどころにゲーム・オーバーだったかもね。そういう最悪の結果だって、十分に起こりうる。ううん、そうならずに済んだから良かったって思うべきなのかな。

 あー、またぐるぐると頭が同じところを回り始めた感じ。

 薄暗く沈んでいく風景、生暖かい風が頬をくすぐっていく。
  賑やかな駅前商店街を急ぎ足で通り抜けて、そのあとに再び足が重くなる。あー、嫌だな。もしかしたら、茜ちゃんからも連絡来るかも知れない。色々と説明するのも面倒。今日の私はきっといつもみたいに明るくなんてなれない。

 かかとの靴擦れが思い出したようにじんじんと痛み出す。中途半端に駅から遠い我が家、その灯りが遠くにちらちらと見え始めた。

 

「―― よぉ」

 そのとき。突然、声が天から降ってきた。

 慌てて辺りを見渡したけど誰もいないし。でも確かに聞こえた、空耳のはずもない。まさか、天のお告げとかそういうのじゃないでしょうね。いや、そんなわけないよ。だって、すごく聞いたことある声だもの、この声の主が「神」であるはずはない。

「何やってんだよ、こっちこっち。相変わらず抜けてる奴だな、どこ探してんだよ?」

 車止めの向こう、錆び付いた児童公園。ジャングルジムの上で奴は手を挙げた。白いシャツに、黒のズボンは制服姿。向こうも帰宅途中なんだろうか。

「な……、何やってるって聞きたいのはこっちだわ。どうしたのよ、いい歳して。とうとうサルになったの?」

 私の顔はあの位置からなら逆光になってよく見えないはず。そう思ったから、躊躇いもなく見上げることが出来た。一番てっぺんに猿山の大将の如く座っている狩野は夕日の名残をその頬に受けて、何だかとっても眩しい。

「たまにはこういうのもいいもんだぞ。どうだ、お前も上がってこないか?」

 

 こんな風にいきなり登場されたら、心の準備が出来てない。

 いつもそうだ、コイツは私の予想に反してフライングで姿を現す。だから、混乱しちゃうんだ。すっかり大きく育ってしまった身体に、ジャングルジムが縮んだように見える。

「さ、サルに付き合ってられますかって言うのっ。こっちはそんなに暇じゃないわよ、あんたはひとりで黄昏れていればいいじゃない」

 あー、可愛くないな。駄目だこりゃって、思った。正直なところ、心臓はかなりばくばく。こうしてぶっきらぼうに突き放すのも辛い感じだ。

「……ふうん」

 不敵な微笑み、実のところ奴のそういう表情はかなり好きだったりする。何というか、心を鷲づかみにされて持って行かれそうな悔しさ。かろうじて振りほどこうとするのに、敵はさらに攻撃を掛けてくる。

「な〜んだ怖いのか、相変わらずだな。……だよなあ、お前って昔から高いところ苦手だもんな。馬鹿のくせに高いところが駄目なんて、笑えるよなあ」

 つんと上がる口の端、そこでまた20ポイントくらい私的に好感度アップだ。ああ、嫌になっちゃう。苛められてときめくなんて、私ってかなりの変態かな。

「そっ……そんなわけ、ないわよ! 何を馬鹿言ってるのっ、こんな子供だましが怖いはずないでしょっ!」

 

 ここでよく遊んでいたのは、小学生も低学年の頃だ。あまり遠くまで子供だけで出掛けることが出来なくて、近場で仕方なく間に合わせていた感じ。猫の額ほどの狭い場所に、放課後になると近所の顔なじみたちが湧いてきた。
  そんな中で遊具と言えば、このジャングルジムかブランコか。あとは滑って終わりの滑り台くらい。いつも男子と女子で取り合いになって、最後は「早く頂上にたどり着いた方が勝者」とか理不尽な競争に追い立てられた。

 情けないことに、私は奴の言葉通りに高い場所が苦手だったりする。よじ登るだけならどうにか出来るものの、下を見るともう駄目。いつも必ず途中で足がすくんでそれ以上は進めなくなった。得意げに頂上に立ち上がる男子たち、その中に狩野の姿がいつもあった。

 

「ま、待ってなさいっ! その言葉、絶対に撤回させてみせるから……!」

 錆び付いた鉄パイプは、記憶の中にあるよりもかなり細くて頼りなかった。あの頃は間隔が開き過ぎていて怖いくらいだったのに、中途半端な感じで何ともやりにくい。その上にスカートは長くて足にまとわりつくし、挙げ句の果てにかかとの高いサンダル履き。一段目はどうにか登ったが、二段目になるともう足が滑った。

「……そうやって、ムキになるのも変わってないんだからな」

 かろうじて二段目をクリアして次は三段目と意気込んだところで、そんな台詞が耳元をかすめていく。え? って思ったときには、奴はもう下から私を見上げていた。まるで瞬間移動みたいだけど、これって飛び降りたのかな?

「やる気あるなら、そのまま登ってもいいけど。何時間かかるか分からないから、これ以上は付き合えないな」

 そう言い終える前に、もう背中を向けて歩き出す。その手には、何故か遊具の根元に置いてあったはずの私のバッグを持っているじゃないのっ!

「な、何よっ! 泥棒っ、信じられないっ!」

 慌てて地上に戻ろうと思ったそのとき、もうちょっとで顎をパイプにぶつけそうになった。あたふたしている間にも、奴はどんどん遠ざかる。本当に何を考えているんだろ、登ってこいと言ってみたりもういいと言ったり。全く、いい加減にしろって言いたいわ。

「……ほらよ」

 ようやくその背中に追いつくと、後ろ向きのままバッグを投げてくる。ちょっと待ってよ、危ないじゃないの。中に入ってるものが飛び出したらどうするのよっ。女の子の持ち物はデリケートなんだから、粗雑に扱わないでよ。

 

 そのまま、振り返りもしないで。また、どんどんと前に進んでいく。

 向こうが無言だから、こっちも無言。行進の練習のときのように縦並びで沈黙のまま歩いていく。一体、何がどうなっているんだか。そのさっぱり分からないところが困る。私たちって、お互いを教室の机にくくりつけておかないとろくな会話も出来ないんじゃないかしら。そう言うのって、情けないな。

「あのー……」

 そんな風にしているうちに、もう私の家の前なんですけど。無言のままでもいいかなと思いかけて、それでも一応声をかけてみる。くるりと右にそれたところで、背中から声が追いかけてきた。

「あのさ、この前の。俺、歯医者の予約が入ってたんだ」

 ……え? 何、どういうこと?

 話が全く見えなくて、仕方なく振り返る。でも、狩野はもう我が家の庭先の向こうまで歩いて行ってた。

「そうじゃなかったら、ホームで待ってても良かったんだけどな。……悪かったな」

 

 風に乗った言葉が私の耳に届く頃。奴の姿はとっぷり暮れた街並みの中に溶けて見えなくなっていた。

 

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お題提供◇Peko様
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これでは、まだ話が見えない感じですね。
陽菜と同じ気持ちで、次回をお待ちくださいませ。
私的には狩野をちょっとでも動かせたので満足です(……それかい)。