TopNovelしりとりくえすと>羽曜日に逢おう ・6


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23.出たとこ勝負


 背中に当たる日差しがじりじりと焼け付いていきそう。見上げると、眩しすぎてクラクラしてしまう夏空。Tシャツにジーンズというラフな格好の人が、視線の先で手を振る。

「テスト前の部活休止は週明けの明日からなんだって、間に合って良かったじゃない」

 

 私、自分ではあれこれ話したつもりもなかったんだけど。

 気が付いたら、真墨さんは狩野のことをかなり綿密に調査していた。学年やクラスは言うに及ばず。所属の部活やそのポジション、秋の新人戦へレギュラー入りする可能性があるかどうかまで。

  生徒手帳にびっしり書き込まれた箇条書きを見せられたときには、正直ぞっとした。だって、あのとき狩野の隣にいた女子のフルネームや出身中学まで上がってるってすごすぎ。

 

「表向きはまだクラスメイトって感じだけど、俺の仕入れた裏情報に寄ればかなりのツーショット目撃証言があるらしいよ。彼女に告って玉砕した男も、この数ヶ月ですでに両手に余るほどになっているようだし。まーあれだけの美人でしかも成績もトップクラスだそうだから、競争率はかなり激しそうだよね」

 最初に会ったときは、本当に優しそうな「お兄ちゃん」だったのに。もうすっかりその印象は過去のものになっている真墨さんだ。
  正直言ってね、狩野と例の彼女の親密度なんて知りたくもないんだけど。強くそう言えないのが辛いところ。真墨さんは私に同情して、こんなにも頑張ってくれているんだもんね。

「一説によると、彼女はサッカー部のマネージャーになりたいと志願したって話だよ。部員たちは両手放しで大喜びだったらしいけど、あれって学年毎に定員があるんだって。すでに人数が足りていたために却下されちゃったらしい。有志で嘆願書まで提出されたとかされないとか……全く持って情けない話だね」

 

 ―― この頃、狩野って何か変。

 部活で絞られているせいかもしれないけど、教室でもぼんやりしてさ。中学の頃の奴を知ってる身としては、あんまりにも大人しすぎて気持ち悪い気がするよ。

 この前、今彼との進行状況を話してくれた電話口で。園子は最後に付け足すみたいにそう言った。そのときは「ふーん」なんて軽く流しちゃったけど、そっかー原因は分かったわ。

 その電話の時も、その前の時も。聞いてみようとは思ったんだよ、黒髪ロングヘアの素敵な彼女の話。
  でもどこから話したらいいのか分からないし、何となくやめちゃった。園子も園子だよ。狩野がらぶらぶな彼女をゲットしたなら、さっさと伝えてくれればいいのにさ。

 どーしたのかなあ。最近は、色んなことに腹を立ててる気がする。

 もちろん、その筆頭に挙げられるのは、狩野だよ。私まだ、この前のことを許した訳じゃないんだから。暴言を吐いてそのままとんずらなんて、本当に失礼しちゃう。こっちが聞きたくないことまであれこれ教えてくれる真墨さんもちょっと嫌、中途半端に情報を流してくれる園子もむかつく。

 全て全てに苛つくばかりで、とうとうこんな行動に出ちゃったと言ってもいいかも。かなりヤケ入ってる。

 

「……モテるって、すごいんですね」

 そう言った自分の声があまりにも憎々しくて、我ながらぞっとした。けど、真墨さんは相変わらずの上機嫌。私の無愛想を気にすることもない。

「何言ってるの、陽菜ちゃんだって可愛いよ。いつもの制服姿もいいけど、こんな風に私服になるともっと魅力的だ。かなり気合い入れて来てくれたんでしょ? 俺の言いつけをちゃんと守ってくれるんだから、たまらないよなあ……」

 さりげなくフォローまでしてくれる辺り、ほんっとに大人よね。

 そう。今日の私たちは「休日デート」なの。いつもの制服姿だと、どうしても人目が気になってびくびくしちゃうんだけど、そう言う心配がないのは嬉しい。真墨さんと来たら、人通りが多そうな場所とかでも全然平気なんだもの。こっちはいつ「前科者」になるかと、ドキドキハラハラなのに。

「茜から聞いたよ、その服は今日のために新しく揃えたんだって?」

「え、まあ……」

 にこにこ顔の真墨さんに、私は曖昧に言葉を濁す。

 

 うーん、正確には「強引に揃えられた」んだけど。

  何しろねー、真墨さんの妹がクラスメイトの茜ちゃんと言うことで、情報が何もかも筒抜けになってるの。今日のデートの話も私が報告するまでもなく茜ちゃんの方から切り出されて、放課後に彼女お気に入りのブティックに連れて行かれた。

「兄貴、かなり楽しみにしてるよ。色々と計画を練ったりしてるみたい。私もキューピット役として、少しは貢献しないとね。……あ、こっちのシャツも良くない? さっき試着したスカートととても良く似合いそう」

 他の地区はどうか知らないけど。私たちの住んでる界隈は、中学生と言えば制服と学校指定のジャージが定番。部活の時にジャージに着替えるのは運動部も文化部も一緒。私だって、放送部なのに着替えていたよ。隣の吹奏楽だって、美術部だってそうだった。
  そんな感じで、ほとんど私服が不要な生活をしていたのね。ワンシーズンにまともなのが一揃えあれば十分って感じ?  土日だって部活三昧だったし。だから、進学してもう大変。ワードローブはすっからかん、コーディネートも何もあったもんじゃないの。

 茜ちゃんも出身中学は違えどほとんど私と同じ身の上だったらしい。私学に通っているとそれだけで物いりなのは分かっているし。新しい服が欲しくても、なかなか親に言い出せないのね。だから私の買い物に付き合ってくれる彼女には「魂胆」がある。

「良かった〜、陽菜とはサイズが一緒で。今度、そのスカート貸してね。夏休みは色々と出歩く機会も増えそうだし、ふたりで助け合おうねー!」

 明るくそう提案されてしまえば、こっちとしては断る理由もない。それより何より、真墨さんのお友達とかなり楽しそうに過ごしている彼女のことを素直に応援したい気持ちなの。園子の場合もそうだったけどね、心を真っ直ぐに伸ばして恋愛している姿って見ていて気持ちがいいもの。自分がごちゃごちゃ悩んだ挙げ句に結局何も出来ないままだから、尚更そう思うのかも。

  そんなこんなしているうちに、気が付いたら親戚からいただいてあった入学祝いを使い切るほどに買いまくる結果になってた。

 

「校内に入るには色々面倒そうだけど、フェンス越しに眺めるならこっちの自由だしね。ほらほらこっちだよ、よく見える」

 ―― 奴の前で思いっきり見せつけてやろうよ。

 ちょっとした思いつきのようだった話が、あっという間に現実になっちゃうなんてびっくり。私にとってはこの前の屈辱以来の一高。そびえ立つフェンスが「お前はお帰り」と言っている気がする。

 今日が他校を招いての交流戦なんだと言うことも、すでに真墨さんは調査済みだった。だからなんだろう、いくつかの異なる制服姿がサッカーグランドの周りに溢れている。その人垣の切れたところ、一番見晴らしのいい場所を真墨さんは素早くキープした。
  こっちからはっきり見えると言うことは、向こうからもはっきり見えると言うこと。やっぱりここに来て気持ちが定まらないのか、思わず身構えてしまう私を真墨さんは強引に促した。

「何してるの、そんなに離れていたら駄目だよ。せっかくここまで来たんだしさ、今更恥ずかしがらなくていいのに。みんなが指さすくらい、見せつけてやろうよ」

 強く断ることも出来ないまま隣りに寄り添うと、待ってましたとばかりに肩を抱かれる。いつもそうなんだよな、真墨さんって特に人通りの多いところでベタベタしたがるんだ。何しろそういうのって慣れてないから、周囲の目が気になって気になって仕方ない。
  そのたびにどうにかならないかなあと思ってたけど、茜ちゃんに相談するわけにも行かないし。何しろ彼女、「兄貴は奥手だから」とか頑なに信じているんだもの。

「ちょっ……、こんなにくっついたら暑くないですか」

 ほんと、ただじっとしているだけで汗が滲んでくるような日和だもの。いくら演技とはいえ、これじゃ我慢比べになっちゃうと思う。
  だけど真墨さんは、そんな私の言葉にくすっと笑っただけ。その視線は、グランド全体を見渡している。

「あ、いた。ほらほら、左のテントのところ。飲み物の補充をしているのが、そうでしょう?」

 

 そうやって言われたら、やっぱり見ちゃうじゃない。言われた方を振り向くと、懐かしい長身が忙しく立ち働いているのが見えた。
  特設のテントまで立てちゃって、その中に偉そうなスーツ姿のおじさんたちがたくさん座っている。彼はその人たちに紙コップに注いだお茶を配っているみたい。お揃いの白いジャージ姿の女の子たちがマネージャーなのかな? その人たちと一緒に。

 ―― わー、動いてる。

 こんな時にこのリアクションは変かも知れないけど、だって久しぶりなんだもの。向こうがこっちに全然気が付いてなくて心ゆくまでその姿を追い続けられるって、実は至福の時間だと思う。周りの人たちとの何気ないやりとり、真剣な表情の合間にふっと見える笑顔。少し前までは、私にとってそれはすぐに手に届く場所にあった。

 ……どうしよう。鼻の先がつんとして、そのすぐ後にこみ上げてきそうになるものがある。

 

「すみません、……もう」

 

 自分がここまで馬鹿だとは思わなかった。

 今更何を確認するというのだろう、新しい「今」を生きている狩野にとって私はすでに「過去」の存在。それくらい、最初から分かっていたつもり。でもここに来て、それが揺るぎないものであることを生々しく突きつけられる。

 あのときの綺麗な彼女にじゃない、他の奴の周りにいる女子たちじゃない。私は自分自身に負けていたのだ。最初から白旗を揚げていて、それで諦めきれないなんてどうかしてる。黙っていたって、いつかはこの気持ちに気付いてくれるんだとか信じていた。そんな思い上がりが、今のこの距離に繋がっていく。

 

 意地が悪いのは、真墨さんだけじゃない。私だって、同類だ。

 

 そもそも、今日のことだって断ろうと思えば断れたはず。何も、彼の虚栄心を満たすために私までが頑張る必要はなかったんだ。

 けど、……そうだな。

 最初に真墨さんの提案を聞いたとき。ちょっとだけ、期待しちゃった自分がいる。会えば素っ気なくて冷たいばかりで、狩野が私に全然気のないのは明らかだった。だけど、それだからこそ「自慢」したかったんだな。「私にだって、ちゃんと彼が出来たんだよ」って。この前は一瞬過ぎて、何が何だか分からなかったかもだしね。

 わざわざとびきりのお洒落して、少しでも悔しがってくれたら嬉しいなとか。奴にそんな気持ちがないことも分かってたのに、それでも一ミリグラムでも私への未練を感じてくれたならどんなにすがすがしい気持ちになれるだろうって思ってた。

 そんなことしたって、自分がさらに惨めになるだけなのに。わざわざ、さらに墓穴を掘るようなことどうして考えちゃったんだろう。

 ―― だってまだ、奴への想いがこんなに残ってる。こんな状態でどこに行けるはずもないよ。その笑顔が私に向けられたものじゃないって分かってるのに、胸が痛いくらい締め付けられる。

 

 そもそも「付き合う」ってことだって、未だによく分からない。

「彼氏」とか「彼女」とか言葉にすると簡単だけど、どこをどうしたらお互いにそれを確定するの? もしも、お互いが気まずくならずにこの想いを伝える手段を知ってたら、迷わず実行してた。

 それに気付かなかった、私が悪いというの……?

 

「ど、どうしたの? 嫌だな、そんなにマジにならなくていいじゃないか。陽菜ちゃん、……陽菜ちゃんってば……!」

 背中に届く真墨さんの声、でも私は振り向かなかった。

 

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お題提供◇雪経様
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「出たとこ勝負」と言うよりは「なるようになれ!」って、感じかな。
大体においてヤケを起こしての行動はその後に深く落ち込むことになるんですよね。

話の筋道は決まってるので、それにそったお題に辿り着くまでに苦労しました。次回もこれから探します(汗