TopNovelしりとりくえすと>羽曜日に逢おう ・4


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13.上を向いて


『バカとは何よっ、そういう自分の方がバカなんだからね!!』

 記念すべき初メールの返事は、あっさりと無視された。もしかしたら返信が来るかと思って、何度も何度も確認してしまう自分が恨めしい。

 最後はそんな自分が嫌になって、電源も落としてふて寝してしまった。お陰で後日に園子から、ガンガン怒られることになる。

 

◆◆◆


「……ダブル・デート……?」

 思わず聞き返してしまったら、目の前の友人に思いっきり「しーっ!」とやられた。まずいまずい、ここは学校内だったっけ。そこら中がレモン色で埋め尽くされて、何となくお花畑を連想してしまう。夏服に切り替わって早くも半月。一年のうちで一番雨の多い季節の到来だ。

「もー、勘弁してよね? 有能な放送部員なのは分かるんだけどさ、その通る声をどうにかしてよ。もうちょっと声のトーンを下げてくれないと、こっちはドキドキだわ」

 入学して二月半。つい先日、同級生で最初の「捕獲者」が現れた。

 ええと、何というか。ロッテンマイヤー先生曰く「不純異性交遊」って奴みたい。でも、ドキドキしながらその内容を聞いてみると全然たいしたことないの。夕方に繁華街近くを彼氏と手を繋いで歩いていただけみたいよ。そう言うのだけでチェックされちゃうなんて、びっくり。良かったー、いつかの二人乗りがばれなくて。

「ああ、ごめんごめん。気をつけるわ、うん」

 だから、何? と今度は無言のままに目配せする。そりゃ、驚くって。いつも通りに楽しくお弁当を広げていたら、いきなり物騒な話を切り出されるんだもの。いや、別に物騒でも何でもないんだけどっ、びっくりすることに違いはないでしょ?

 いつもは3人とか4人でランチタイムしてるのに、今日は何故か茜ちゃんとふたりきり。彼女は放送部仲間、この前校門でばったり狩野に出くわしたときに風のように私を見捨てていったうちのひとりだ。そのときもうひとり一緒にいた芹香ちゃんは今日お昼の放送当番。マイクの前に座りながら、合間にお弁当を食べているはず。

「うん、だからね。何度かすれ違ったでしょ、ウチの兄貴。どうもさ、あんたに気があるみたいなんだよね。まあ芹香の方は彼氏いるし、フリーな方に目を付けてくれて良かったと思ってるけど」

 生き生きと話し続ける友人が、何だか仲人おばちゃんのように見えてきた。だって、すごく楽しそうなんだもの。思わずその勢いに飲み込まれそうになる。

 うん、確かに。茜ちゃんたちと何度か出掛けたときに、彼女のお兄さんだという人に会ったことがある。お兄さんと言っても茜ちゃんとは年子だから、ひとつ先輩なだけ。一高の隣にある二高ってところに通ってる。芸術方面に充実している高校で、色んな専科があるって聞いてるわ。私はそっち方面には疎かったから、全く考えてなかったんだけど。

「……そうなんだ」

 何というか、間の抜けたリアクションになってしまって申し訳ない。でも、実感湧かないんだもの。ただ「こんにちは」ってすれ違いざまに挨拶しただけの相手だよ、そんな私にどうして興味持つっていうの?

 うーん、それで。茜ちゃんのお兄さんってどんな顔してたっけ。一瞬の出来事だったし、さらに向こうにも連れがいたし。全然思い浮かばないのが申し訳ないというか……でも仕方ないよね。

「でさ、陽菜(ひな)って今はフリーなんだよね?」

 小首をかしげる私を不安そうに見守っていた彼女だったけど、すぐに体勢を立て直す。ここは身内のために一肌脱ごうという気満々なのかな? 話の行き先はすでに決まってるって感じだ。

「うん、まあ……」

 

 正確には「今は」っていうか、今まで一度も一対一のお付き合いなんてしたことがない。中学までは周りのほとんどの友達も同じ感じだったし、誰もがそうなんだと信じてた。

  なのに、どういうこと? 今のクラス、半分は彼氏持ちって言うじゃない。別に統計とか取った訳じゃないんだけど、ざっと見渡したらそんなものかな。いきなり場違いなところに来てしまったって思った。

 もちろんこの前の一件の後、ふたりからは狩野のことをしつこく聞かれたわ。あのあと、もう話が盛り上がって盛り上がって大変だったんだって。失礼しちゃうわ、まったくもう。
  まー「火のない所に煙は立たない」ってわけで、あっという間に誤解は解けて。「やっぱり陽菜には不思議な友達がいるんだね」ってことで落ち着いてしまった。そのさ、「やっぱり」って何よ、「やっぱり」って。確かに狩野は変な奴だけど、一緒にされたくないわ。

 

「じゃ、オッケーってことで。私、早速兄貴に連絡を入れるわ。今日の放課後、何もないよね? さー、楽しみ楽しみっ!」

 そう言い終わる前に、ぱかっと携帯開けて。ものすごいスピードでメールを打ち込んでる。

 そういうのを見るたびに、すごいなあと感動しちゃうのね。何しろ、つい最近ようやく携帯族になった私だから。ひとつの文章を打ち終えるのにも想像を絶するくらいの時間がかかるし、もう少しで終わると言うときにクリアボタンを長押しして全消去しちゃったときのショックって言ったらない。

「……さ、これで良し」

 マナーモードを確認して、元通りにポケットに突っ込む。そこまでわずかに一分弱。私が卵焼きを一切れ食べ終わるまでの出来事だった。

「放課後って、このままの格好で? それって、危なくないのかな」

 だって、この制服目立つし。夏服になってさらに周囲の注目を浴びている様な気がする。全体的にはレモン色なんだけど、胸元のリボンとかブラウスのパイピングとかがオレンジ色なのね。可愛らしくちょっとスパイスを利かせてある感じで。

 そしたら、茜ちゃん。フフンと鼻で笑ってから、待ってましたとばかりに生徒証を取り出す。見せてくれたのは裏側の特記事項、家族欄のところだ。

「妹が兄貴に会うのに、何の制約がいると思うの? もしも何かあったら、これを見せちゃうから大丈夫。それにさ、がんじがらめに校則に縛られてたら逆にその網目をくぐり抜けたいとか思わない?」

 不敵に笑う友人に、きっと私は一生勝てないだろうなと思った。

 

◆◆◆


「こんにちは」

 ただ挨拶を交わすだけなのに、とても緊張した。

 私たちの目の前にいるのは、おそろいの制服を着たふたり連れ。電車の乗り継ぎが上手くいかなくて少し遅れてしまって焦っていただけに、優しそうな笑顔に救われる。

「ええと、陽菜。こっちがウチの兄貴、真墨(ますみ)って言うんだよ」

 うーん、やっぱりあんまり似てない兄妹かも? 骨格も顔のパーツもみんな違ってる。中肉中背って感じかな、とにかくどこにでもいそうな高校生。ぼんやりとそんなことを考えていたら、真墨さんは右手を差し出してきた。

「よろしく、陽菜ちゃん」

 こちらこそ、と軽く握手。どきどきするとか、そういうのは全くなかった。まあ仕方ないかな、最初はこんなものなのかも。こういう言い方したら失礼だけど、今日は言われるがままにくっついてきただけなんだもの。……ふうん、簡単なものなんだな。

 じゃあ、とりあえずどこかに入ろうかと言うことになって、ぞろぞろと連れだって歩き出す。自然に茜ちゃんが真墨さんの友達と並ぶ感じになって、こっちもそれにならう。
  だけどいきなりじゃ会話もないから、何となく気まずい感じ。お互いが無言のまま、早くも食べ物の話題で盛り上がってる前のふたりのあとに続いた。

 

 断ることだって出来たはずだ。いくら今フリーだといっても他でもない茜ちゃんのお兄さんだとしても、そんなことで自分の意志を曲げることはないと思うもの。

 けど、……何て言うかな、もういいかなって思ったの。

 狩野から一度きりのメールが来てから、またも半月が過ぎてる。アドレス交換はしてるわけだし(と言うか、いつの間にかデーターが入っていた)こっちから連絡したって別に構わないはずだけど、やっぱり重い腰が上がらない。それにさ、またあんな風に突っぱねられたら嫌だなとかそういうのもある。

 当然部活だろうから直接会えるはずはないと諦めていた狩野が、目の前に現れたあのときは嬉しかった。ううん、あのときは自分の中にそう言う感情があるかどうかは疑問だったけど、あとからじわじわと思い起こすと、そうだったんだと思う。
  記憶の中で勝手に美化しすぎていたのだろうか、久しぶりだというのに狩野はすごく意地悪だった。あんな風に人のことをコケにしたメールだけを送ってそのままいなくなるし、慌ててホームに駆け上がったときにはもう電車が出たあと。一瞬でも「待っていてくれるのかな」と期待してしまった自分が情けなくなった。

 ――やっぱ、脈なしってことなんだろうなあ。

 自分からプッシュして、決定的な亀裂が入るのは嫌。この先だって、奴とは同窓会とかで顔を合わせることになるんだ。そのときに気まずくて声を掛け合えないようなしょぼいふたりにはなりたくない。
「自分から動かなくちゃ、何も始まらないんだよっ!」って言うのが、園子の口癖。その言葉通りに、彼女は自分の気持ちにどこまでも忠実に突き進んでいた。もちろん、玉砕したことだって数知れず。でも、絶対にめげなかったよね。
  だからこそ言えなかった、ただの幼なじみでしかないよと言い切っていた狩野に特別な気持ちがあったことなんて。他の男子よりも話しやすかったし、何かと共通の話題もあったし。いつの間にか、ずっと仲良くしていきたいなって気持ちが膨らんでいた。

 でもね難しいんだな、実際のところ。

 だって、あの馬鹿は憎たらしいほどにモテる。バレンタインなんて、毎年デパートの紙袋にふたつぶんくらいのチョコをもらっちゃってさ。しかも鼻の下を伸ばしてヘラヘラしてるの。「ひとつ、やろうか? 食いきれないから」なんて、冗談でも言っちゃいけない言葉だと思う。
  あんな奴をいつまでも未練がましく思い続けているなんて、どうしようもないよ。もういい加減にしないと、せっかくの高校ライフも散々なものになってしまう。だから、少しここは前向きに変わってみようかなとか思ったのね。

 もしも、私のことを気に入ってくれる人がいるんなら、そっちに流れてみるのもアリかも。
  茜ちゃんのお兄さんなら、そんなにヤバイことはなさそうだし。ここはひとつ上昇気流に乗ってみるのもいいよね。今までと違った自分に出会えるかも知れない。足下ばっかり見てたら、大事なことを見過ごしてしまうわ。

 

「……なかなか、いい感じだと思わない?」

 不意にそんな言葉を隣から囁かれて、ハッと我に返る。慌てて顔を上げると、さっきと同じ笑顔に辿り着いた。その表情のままで、彼は私を顎で促す。視線の先、いつの間にか10メートルも離れた向こうを茜ちゃんと真墨さんの連れてきた友達が歩いてる。

 もうすっかり本物のカップルみたい、とか考えてたときだった。

「実はね、今日のことは奴の方から頼まれてね。どうも前から茜に目を付けてたらしいんだ。だけど、面と向かって告って気まずくなるのも嫌だとか言いやがって。仕方ないから、俺が一芝居打ってやったってわけ」

 

 ――何、それ。

 

 いきなり途切れた緊張。そしてその後に来る、深い脱力感。「ごめんね」と頭をかく真墨さんの言葉の真意をくみ取るまでにはしばらくの時間が掛かった。

「は、……はぁ」

 ええと、その。もしかして、私はただの小道具に使われたってこと? ここにいる真墨さんは、ただただ可愛い妹と自分の友達のために動いてたって訳だったのか。

「わざわざ時間を取らせてしまって申し訳なかったね、でももうこれで大丈夫だと思う。あとで君から茜には適当に言っておいてくれればいいよ、趣味が合わなかったとか。ただ、今日だけはよろしく頼むよ。あのふたりは絶対にお似合いだと思うんだ、ここは念には念を入れ、だな」

一体どんなリアクションをしたらいいのか、咄嗟には分からなかった。突発的なアクシデントにも落ち着いて行動するのが、有能な放送部員たるもの。でもでも、これってひどすぎない……っ!?

 

「……あ、すみませんっ!」

 あんまりのことに気が動転したのか、足下が大きく後ろに泳いだ。どうにか踏みとどまったところで、前から来た人に軽くぶつかってしまう。慌てて飛び退いてから顔を上げてまたびっくり。だって、その相手が私のよく知っている人物で――。

「……」

 お互いに、息を呑んでた。

 どうしてこんなところにコイツがいるんだろう……きっとふたりともぴったり同じことを考えていたはず。
  この前見たのと同じ夏服姿の狩野が、私と真墨さんを不思議そうに見つめてる。そんな奴の隣にも、特徴ある黒制服を着込んだ見知らぬ女子がぴったりと張り付いてた。

 

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お題提供◇ヨウ様(サイト・wordless
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どっちかというと「前を向いて」かなあ、って仕上がりになりました。
何となく波乱の予感です、少女漫画でありがちで結構わくわくしてたりします(おぃ)。
ええと、ちなみに「真墨」さんという名前は某カラーな戦隊モノの最新作から。茜ちゃんと色つながりで。
結構シスコンっぽいところがナイスです??