「はい、片岡は今席を外しておりまして……。ええ大変申し訳ございません、ちょっとそれは分かりかねます。何かお言付けが……はい、そうですか。それではそのように……失礼致します」 あちらが受話器を置くのを確認したのだろう、一息置いて傍らの女子社員が受話器を戻す。小さな溜息をひとつ落としたあと、彼女はこちらを振り向いた。 「いいんですか、片岡先輩。今日だけで、もう三度目ですよ? こうして何度も応対する私たちの身にもなってください。個人的なお話でしたら、お二人の間で解決して頂きたいものです」 きつい口調のその言葉に、宵子はただ曖昧に微笑んだ。言われることはもっともで、言い訳すら浮かばない。彼女が席を立って自分の持ち場に戻るのを待ってから、しばし足止めを食っていた作業を再開した。
先日送られてきたパンフレットの中から社長がピックアップしたものだけを抜き出して、和訳した後に一覧表を完成させる。小さなスペースにびっしりと書き込まれた細かい文字を注意深く解読するのはとても骨が折れた。しかし、こんな風に没頭する作業をしていた方が気が紛れて幸いだと思わなくてはならない。少しでも暇な時間が出来れば、頭の中はまたごちゃごちゃと思考が入り乱れてしまうのだ。 ――ああ、本当に嫌だわ。早くこんな状況がなくなればいいのに。 書類の整理をする振りをして棚の前に集まった後輩たちが、幾度となくこちらを振り返っている。かなり音量を抑えたひそひそ話の内容までは宵子の耳に届かなかったが、だいたい何を言っているかは察しが付いた。仕方ないのだ、今のように直接会社まで電話をよこされては隠し立てをすることも出来ない。かといって先ほどの後輩に言われたように、直接顔を合わせて話をするなどまっぴらだ。 言い訳など、聞きたくもなかった。もういいじゃないか、自分は彼の望んだ役割をきちんとこなしたと思う。その上で、あの社長令嬢が納得しようがしまいが、こちらの知ったことではない。それくらいは自分でどうにかしろと言う感じだ。 いくら考えても分からない、三鷹沢は何故自分などをターゲットに選んだのだろう。どこの馬の骨かも分からないような生まれ育ちの女なら、ぞんざいに扱おうとも許されると思ったのだろうか。いや、責め立てたところで仕方ない。彼の中にそこまで残酷な心が潜んでいることに気付くことの出来なかった自分の方が愚かなのだ。
雪のように降りしきる花吹雪。出逢いのあの瞬間から計られたものだったのだと気付いてしまった今、宵子に残された道は「忘れる」ということだけだ。全ての記憶を消去することで、心に付いた傷までもなかったことにしたい。だが、それはかなり難しい。あの男は、ほんのわずかの時間に、心の奥底までその存在を浸み渡らせている。余すことなく消し去るには、果たしてどれだけの痛みを伴うのだろうか。
――馬鹿みたい、今になって慌てて取り繕ったところでどうなるの。
最悪の別れから3日。居留守を続けるのも次第に辛い状況になってきた。 だが、声を聞いたところで顔を合わせたところで、まともな対応が出来る自信はまだない。それくらい察してくれても良さそうなものなのに。やはり恵まれた境遇にいる人間は、その辺の心理を理解できないのだろうか。 冷たい視線で拒絶され蔑まされることには慣れていた。そんなことは子供の頃から、当たり前のように我が身に降りかかっていた日常的な出来事である。優しい言葉などいらなかったのだ、親愛に満ちた笑顔も望んではいなかった。ただ切り捨ててくれればそれでいい。どんなにひどい扱いをされようと、騙されたこちらが悪いのだ。
相手を責めたところで、余計自分が惨めになるだけ。諦めることで、救われる傷もある。あんな男など……初めから出会わなかったことにすればいいのだ。
◇◇◇
赤ペンを片手に指定されたページのチェックが終わって、ホッと一息つく。根を詰めて作業をしていれば、時間の経つのもあっという間だ。品目別の見出しも書き出してあるから、あとは品番と価格を入れていくだけである。ここまで来れば、あとわずかだ。 凝り固まった肩を回しながら、宵子はふと隣の机にある電話を見た。 時計を見ると、正午を少し回ったくらい。知らぬ間に後輩の女子社員たちの姿がフロアから消えていた。仕事に没頭していると周囲の音も耳に入らなくなる。ひとりきりで残されることにもすでに慣れていた。彼女たちは所詮自分とは相容れない全く別の人種なのである。下手に馴れ馴れしくして気まずくなるよりも最初から距離を置いておいた方がどんなにか気が楽か。 一方、同じデスクに座る男性社員たちはどうかと言えば、持参した弁当を広げる者が数名。そのほかは外回りに出ているか、外食組だ。しかし、彼らも最初から宵子のことを避けている。 ――こんな風に、この先もひとりでやっていくんだわ。 何も嘆くことはない。それどころか、この環境は自分が望んで手に入れたものだと言ってもいい。母とふたりで静かにこの先も暮らしていくために、無駄なものは全てそぎ落としていかなくてはならないのだ。 宵子の昼食は、いつも母親が用意してくれた弁当である。ありふれた食材を使いながらも、いつも愛情のこもった品揃えになっていた。だが、今日は包みを開き蓋を開けてもまったく食欲が湧いてこない。とりあえず気分転換にお茶でもいれようかと立ち上がったそのときに、勢いよくドアが開いた。
入ってきた人物を確かめると、宵子は雑念を心の中に押し込めて姿勢を正した。 「お疲れ様でした、社長。いかがでしたか、手応えは?」 ちょうど良かったと、湯飲みをもうひとつ増やす。今日は新しい取引先との商談を進めるために社長自らが出向いていたのだ。ここで上手く話がまとまれば、また宵子の仕事も忙しくなる。今まで作成していた資料もそのために必要なものであった。 「おいおい、そんなに急かさないでくれ。こういうのは駆け引きが必要だからね、ただ押しまくればいいというものでもないんだよ」 そう言いつつも、その表情は晴れやかでかなり順調に話がまとまりつつあることを物語っている。
「――そう言えば、片岡君は聞いてるかな?」 他の湯飲みも配ろうと歩き出したその背中に、そんな声が飛んでくる。何気なく振り向いた先にあったのは、確かに何かを含んだ表情であった。 「ほら、藤トラベルの三鷹沢君、彼の次の配属が本決まりしたそうだ。先ほど戻りがけにばったり須藤と出くわしてね、せっかくの人材をこんなに早く手放さなくてはならないのは不本意だと言っていたよ」 咄嗟には言葉が浮かばなかった。 何故、社長がこんな風に話を切り出したのか、それも分からない。三鷹沢に対し宵子がここ数日居留守を使い続けたことをこの人は知らないはずだ。もともと不在なことが多い上に、社長のデスクはフロアの中でも一番奥まった場所にある。 「そう……ですか」 いちいち確認するまでもなく、彼が近々他の部署に回されることは初めから決まっていたことだ。それを仰々しく騒ぎ立てる方がどうかしているというものである。そして宵子も、自分でも驚くほど静かにその事実を受け止めていた。手にしたお盆の上に並んだ湯飲みの中、その水面は静けさを保っている。 「どうも新しい上司の都合で、しばらくは地方を転々とすることになるようだね。今日の三時の電車で本社に出向いて辞令を受け、そのまま最初の赴任地に向かうとのことだよ」 誰に聞かせるわけでもないように、社長の言葉が続く。 宵子は唇を一文字に結んだまま、その言葉を右から左へと聞き流そうと努めた。何も難しいことはない、そもそも自分には何の関係もないことなのだから。あの男がどこへ飛ばされようと、こちらの知ったことではない。 「――ああ、そうだ。頼んでおいた資料は来週に使うことになったから。少し余裕が出来たからゆっくりと仕上げてくれればいいよ。先方もかなり乗り気だしね、次で本決まりと言うこともありそうだ」 自分の席に戻った宵子に、社長はさらに話しかけてくる。今度は仕事のことだから、反応を示さないわけにはいかない。箸を持ったまま顔を上げると、社長はそれを待っていたかのように手招きをした。 怪訝そうな面持ちのままデスクの前まで進めば、彼は引き出しを開けて三枚綴りの書類を取り出す。 「この資料の写しを一部作って、須藤の営業所まで届けて欲しいんだ。今回のことでは彼にはだいぶ世話になってしまったからな、頼まれたら嫌だと言えない立場にあるのが辛いね。急ぎの仕事で申し訳ないが、夕方までには手元に欲しいそうだから、よろしく頼むよ」 真意のくみ取れない笑顔を見つめながら、宵子は仕方なくそれを受け取っていた。
◇◇◇
目的の駅をひとつ先にしての突然の緊急停車。信号故障とレールのトラブルとの車掌の説明があり、乗客はいったん電車を降ろされた。バスの代行もあるとのことであったが、そうたいした距離があるわけではない。長く伸びた行列を横目に、宵子は線路沿いの細道を歩き出した。
資料を書き写す作業自体は、一時間足らずで終わる。ほとんどが数値を記入するだけであったから、間違いのないように注意するだけでそう難しいことはなかった。 ――夕方って、四時や五時でも構わないのではないかしら。それならば、そう急ぐこともないわ。 自分の中に、やはりあの男の存在が根深く残っていることにその瞬間たとえようのない嫌悪感を覚えた。全く何と言うことだろう、自分でも馬鹿馬鹿しくて仕方がない。どうにかして気持ちを切り替えようと何度も首を回し何気なく引き出しを開けた時、ずっと入れっぱなしになっていた小さな包みを見つけた。
「こちらは、どなたからの借り物なのかしら? 早くお返しした方が宜しいわ、先方様も困っていらっしゃるでしょう」 少し前、冬物のコートを手入れしていた母親から言われて、やっとその存在を思い出した。柔らかな素材の手袋、あれからすぐに気候が暖かくなってしまったからつい忘れてしまっていたのである。陰干しをしたあとに一通りの手入れをしておいたと渡され、受け取ったあとにまたここにしまい忘れてしまった。
――こんなもの。ひとつくらいなくしても困ることはないわ。彼ならば、またいくらでも手に入れることが出来るでしょうから。私に貸したことすら、もう忘れてるかも知れない。だって、あのあと一度も訊ねられたことがなかったわ。 一度はそう考えたが、すぐに思い直す。 こんな風にあの男の名残をいつまでも手にしているのは嫌だ。さっさと突き返して、全てをすっきりさせたい。それに……もしかすると、今まで掛かってきた電話の用件はこの手袋にあったのかも知れないではないか。それならばなおさら、はっきりさせてしまいたい。 乱暴な手つきでバッグにそれを突っ込むと、宵子は外出の許可をもらった。
芽吹き始めた街路樹が続く歩道を進んでいく。 腕時計を確認すると、このまま早足で駅に向かっても三鷹沢の乗るという電車の時間には間に合うかどうか分からない。もう少し足を速めようか、それともこのままのんびりと行こうか。宵子の頭の中でふたつの思考が絶えずぶつかり合い、ついには軽い頭痛すら覚えた。
――こうして、一緒にいるのに。それでも、明日また会いたいと思うんだ。いや、明日だけじゃない。明後日もその次の日も……君に会えない日がなければいいと思うよ。
はっきりと自分の中で断ち切ったと思っているのに。 それでもふと心が緩んだ瞬間に思い出すのはあの男の存在ばかりだ。そうか、もともと「男」とはこのようにずる賢く人を欺くことに対して何の躊躇いも持っていないに違いない。だからこそ、あんなにも簡単に嘘がつけるのだ。 もう全て承知している。自分の目に映っていた彼は全て偽りで固められた偶像でしかなかった。真っ直ぐな瞳、親愛に満ちた笑顔。その全てが、彼の思惑通りに自分が動いていくための策であったのだ。
―― ずっと、一緒にいたい。もう離れたくない。
諦めなければ断ち切らなければと思うたびに、さらに湧いてきた思慕の想い。 恐る恐る開いた心の扉、頼れるものも何もないままに必死で差し出した腕。あのときの自分を愚かだと笑うことはまだ出来ない。そしてもう、彼とは二度と逢うことはない。もしもどこかでまた偶然すれ違うことがあったとしても、そのときは全くの他人に戻っている。 遙か向こうに見え始めた駅舎。ロータリーに設置された時計が、その瞬間に定時を告げた。
◇◇◇
遠く仰ぎ見れば、視界の果てに消えていく電車の最後部がかろうじて確認できる。たった、三分足らず。やはり、間に合わなかった。
「……あ……」 かすかに漏れる吐息、暖かな春の日差しに輝いている風景が次第にぼやけてくる。心の端が先ほど消えた電車に引っ張られていくようだ。ぴったり胸にくっついた感情が、無理な力で剥がされようとしている。 真実を知って憎しみを覚えたことで、少しは傷を浅く済ませることが出来た。それを幸いと思わなくてはならないだろう。 あとからあとから、溢れ出てくるもの。あんな男のために嘆くのは口惜しいが、ここはもう全てをすっきりと吐き出してしまおう。もうこの先は、二度と甘い言葉に引っかかることはない。痛い授業料だったと思ってしまえばいいだろう。
最初は「どこかが似てる」と錯覚した。 そしていつの間にか、居心地のいい他に代えようのない存在に変わっていった。共に過ごしたわずかばかりの日々、宵子の中にしっかりと根付いていた劣等感の固まりを彼はいつか溶かしてしまう。思いのままに生きていく心地よさを、心のままに羽ばたいていく喜びを味わわせてくれたのも他ならぬ彼なのだ。
――それでもいつか、きっと忘れることが出来る。大丈夫だ、自分の中に確かな希望がある限り負けることはない。
まだ痛む心を引きずるようにゆっくりと向き直る。そして、……その刹那。宵子の頬は再び硬直していた。 「……宵子、さん」 彼の方も同様に、信じられないといった面持ち。互いにまるで鏡に映したように同じ表情、しばらくは言葉もないままに向き合っていた。 「あ、……あの。もしかして、見送りに来てくれたの? ――いや、違うよね。まさか、そんなはずはないし……」 記憶に留めていたその姿よりも少しやつれた輪郭、震える口元が懐かしい音色を奏でる。柔らかくて穏やかで、ずっと耳元を揺らしていて欲しいと願った声。彼の手にしている大きめの旅行鞄が、新しい旅立ちを印象づけていた。 「……」 無言のままに手袋の入った包みを差し出す。彼はそれを受け取ると、すぐに中身を確認した。ゆっくりとした動作を全て目で追ったあと、宵子はようやく口を開く。 「これから、北の地に赴任すると社長から聞きました。まだ、……そちらも必要かと思いまして、それで」 再び熱いものが胸にこみ上げてきて、必死でそれを堪える。 こんな場面で情けない姿を晒すわけにはいかない、自分にだってプライドがあるのだ。一度俯いて呼吸を整えたあと、もう一度顔を上げる。しかし、再び向き合って男の顔を見たときに宵子は思わず息を飲んだ。 「……ごめん、こんな。でも、まさか会えるとは思っていなかったから……」 ぼろぼろと溢れ出るものを、彼は上着の袖口で拭った。しかし硬い素材では雫の全てを吸い取ることは出来ず、珠になって表面を転がっていく。宝石のような輝きが滑り落ちていく様を、宵子はただ呆然と見守っていた。 「……会いたかったんだ、宵子さんに。もう一度、きちんとしたかたちで会いたいと思った。だけど……やっぱりそれは今となっては無理なんだと諦めていたのに」
――ああ、また同じだ。お互いが全く同じ心に染まってしまった。そう、改めて実感する。
騙されているならそれでいい、どこまでも愚かに堕ちていけば本望だ。触れ合う心だけがいつも真実を伝えてくれる。
差し出したハンカチを受け取った彼は自分のものより先に、まず宵子の頬を綺麗に拭ってくれた。
◇◇◇
滞在していたホテルの片づけに手間取ってしまって、予定の電車に乗り遅れてしまったのだという。次の急行が来るまでの待ち時間をホームのベンチで過ごすことにした。 「アメリカ研修から戻って『藤トラベル』への出向が決まったときにね、差出人のない一枚のカードを受け取ったんだ。そこに君の名前と勤務先が英文で書かれていた、最初は一体何のことか分からなかったよ。ただ、もしかするとこれは何かの『試験』のようなものなのかって。だから、君に会うことにしたんだ」 「……そんなの、信じられないわ」 しっかりと包まれた片手。温かいぬくもりを確かに感じながら、彼の肩に身体を預けていた。聞かされるのは作り話としか思えない内容。それなのに、笑い飛ばすことは出来ない。こうして一緒にいるだけで心地よくて気が遠くなりそうになる。 「いいよ、信じなくても。僕も未だによく分かっていないんだから。だから初めはね、君も僕を担いでいる一員かと思ってた。それならひどく意地悪くしてやろうとか思ったりしてね、……でも気が付いたらそんなことすっかり忘れてた。 一度会えばそれでいいのかと初めは考えていたのだと言う。それが、いつの間にか回数を重ね、最初の目的もいつの間にか忘れていた。 「あんな素敵な方に慕われていて、何の不足があるというの? ……もう周知の事実なんでしょう、あの方はそう仰ってたわ」 宵子の言葉を受けて、三鷹沢の指が宵子の指にさらに強く絡みつく。思わず見上げたその表情は、しかしどこまでも甘いものであった。 「そうだね、千鶴子様とは気が付いたらそう言うことになっていた。自分でも驚いたよ、いつの間にか婚約者扱いなんだからね。職場でもだいぶやっかまれたり嫌みを言われたり、もう仕事すらやりにくくなっていたところにアメリカ研修の話が来て、半ば逃げる感じで渡米したんだ。一度もそんな話はしたことがないのに周りばかりが騒ぎ立てて、本当に困ったよ」 そっと肩に回される腕、いくら人影がまばらだとはいっても白昼堂々とこんな風に寄り添うのはかなり恥ずかしい。しかし振りほどく勇気もないことを、すでに宵子自身が悟っていた。 「女性なんて煩わしいばかりだと思っていた、君が男という存在に対してそう思っていたようにね。それなのに……自分の気持ちの変化に自分で戸惑っているんだ。このまま、君を連れ去っては駄目かな? もう離れたくないよ、少しでも距離が空くだけで不安で仕方ないんだ」
――実際問題、そんなことは無理に決まっているのに。
あまりの心地よい響きにうっとりと酔いしれてしまう自分がいる。本当にこのまま、ずっと寄り添っていられたら。しっかりと抱きしめられて、この人の肩越しに見る美しい風景を心に焼き付けたい。ふたりで寄り添うそのときにだけ、自分は何もかもを忘れてひとりの女性に戻れるのだから。 広い胸も大きな手のひらも、独り占めしてしまいたい。自分にちょうどいい靴はなかなか手に入らないけれど、それよりももっと貴重なのが彼の存在だ。一体どこの誰が、この組み合わせを考えてくれたのだろう。その人は今も、どこからか自分たちを見守ってくれているのだろうか。 「これからは幹彦様の下で働くことになったんだ。今回は二月ほどでこっちに戻ってこられるって話だから、そのときまでゆっくりと、これから訊ねる質問の答えを考えていて欲しいんだ。……いいかな?」
あちら側のホームの賑やかなさざめきもいつか遠ざかっていく。耳元に掛かる吐息がくすぐったくて、宵子はそっと瞼を閉じた。
了 (060506)
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