





2011.12.20 (火)![]() 芸術の冬? 「竹下夢二」展を観に 京都国立近代美術館へ! 今回も友人から「竹下夢二」展の招待券を頂いたので早速見に行ってきた。 夢二というと椅子に腰掛け三味線を弾いているどこか物憂げな絵画しか知らないが、ものすごく多方面にわたる多くの作品を残しているのに驚いた。 今回は夢二の大ファンだった10歳も若い芸術家の川西 英が生涯賭けて蒐集した作品を一挙公開したものだ。 川西 英コレクション収蔵記念展として、京都国立近代美術館で開催されていたものだが、夢二ファンならずともその独特の筆致にはみな感心して興味深そうに鑑賞していた。 今回いただいた券が一枚だけだったので、一人で行ってきた。 阪急電車で四条河原町で下車。 バスで行くと便利ということだったが地図を見ると、近代美術館は平安神宮の隣接場所に建っているみたいだったのでウォーキングを兼ねて歩いていくことにした。 ![]() まず四条河原町駅駅から八坂神社前まで歩き、隣の知恩院前を通り神宮道をまっすぐ進むと、正面に真っ赤な平安神宮の巨大な鳥居が見えてくる。 その鳥居をくぐってすぐ左側に建つ大きな建物が国立近代美術館だ。駅から歩いて60分足らずのウォーキングだったがたいした疲れはなかった。 早速入口で音声ガイドを500円で借りて、説明を聞きながら約2時間半ほど賭けてゆっくりと見て回った。 夢二は物憂げな女性を描いた作品だけでなく、自然の風景、油絵などかなりの多方面の作品が展示されていた。 夢二の作品は当時の人気雑誌、殊に婦人画報や女学世界の口絵や挿画などによく出品していたみたいで、関連した多くの作品がかなり数展示されていた。 また当時のレコード音楽の表紙にもなったりしていて、多方面にわたって活躍していたことが理解できた。 また個展もよく開いていたみたいで、その記録も展示されていた。 川西 英という一個人がいくら夢二ファンだといっても良くもこれだけ多くの作品を所蔵しているものだと感心した。 出口で展示作品を全て収録した作品集が販売されていたので早速購入してしまった。(2,200円) 帰りも地図を見ながら四条河原町駅までウォーキングを兼ねて歩いてきた。 |
2011.12.10 (土)![]() 今日は見事な皆既月食が見られた! 今日は満月!我が家の庭から眺める空も雲一つなく晴れ渡って多くの星も光っていた。珍しい快晴の夜だった。 しかも月が地球の影に完全に隠れてしまう「皆既月食」の日だった。 気象予報では太平洋側の多くの地域は晴れの予報だったから、多くの人たちが今日の皆既月食を眺めたことだろう。 午後9時45分から月がかけ始め、11時5分頃には完全に地球の影に隠れてしまった状態が約50分程続くといわれていた。 我が家の庭から空を眺めていると月がじわじわと欠けていく様子が見られたが、黄色い月が地球の影に隠れていくに従って、橙色に変化していった。これは地球の大気を通過した太陽の光の一部が地球の影に入り込んでいるからといわれています しばらく天体ショウの演出を楽しんだが、風も強く寒さには参った。 国立天文台によると、皆既月食は今年6月16日にもあったが、月の欠け始めから終わりまで見ることが出来たのは2000年7月以来ということだ。 次に国内で皆既月食の全課程が日本全国で観測できるのは7年後の2018年1月31日ということらしいが、それまで元気でおられるかな? |
2011.12.06 (火)![]() 友はまだまだ元気に頑張っています! 定年前まで勤めていた会社の同期だった友人から、昨年に引き続き今年も新たに書籍を出版したといって540頁もあり、自ら世界に出向き撮影した世界のインテリアに関する450枚ほどの写真も随所に盛り込んだ素晴らしい一冊の本を送ってきてくれた。(インテリアの歴史) 2006年に発刊した「インテリアの話」に始まり、その後も全てインテリアに関する書籍本を発行してきて今回の出版で5冊目ということになる。 彼の素晴らしいところは、毎年取材旅行に海外にも出掛けて全て自分の足で確認して記事にしているところだ。そのため強烈な説得力があり大冊にもかかわらずつい引き込まれて最後までつきあわされてしまうところだ。 彼とは同期といっても、知り合ったきっかけは当時未曾有の不況のまっただ中でまともな就職先もなかなか見つからなかった中で、たまたま朝日新聞に社員募集をしていたインテリア会社の就職試験を受け、350人程の応募者の中から5人が採用された中途入社者だったので年齢もまちまちだったが、なぜか気の合う友として長く親しくしてきた友人だ。 在職中は床材、カーペット、壁紙などの商品開発に一途に取り組んで来たが、2004年に調布市のマンションの一室を借りて自ら「インテリア文化研究所」を立ち上げて、インテリア全般にわたる研究に没頭してきた。 今日までインテリア関係一筋に自分の人生を突き進んでいる生き様を見ていると、尊敬すると同時にかって同じ職場で頑張った同僚の一人として誇りにさえ思えてくる。 今ではトータルなインテリアの知識においては我が国の第一人者として右に出るものがないほどの活躍をしている。 ![]() 今回で僕の知る限り5冊目の出版だが、毎年海外へ資料集めのための出張を繰り返し、自分の足で確かめて世界のインテリアに関する情報・資料収集を行っている。 67才もすでに越えたのに毎月何本ものインテリア専門誌への執筆をはじめ、これまでにすでに2,000回もの講演を行い全国を飛び回っているらしいが大した活力だ。 インテリア研究をライフワークとする明確な大きい目標を持っているからこそ年齢に関係なく現在の活力を維持し続けていることが出来ているのだろう。 今回の出版本は昨年と同じ秀和システムから発行されているが、昨年の「各業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本」シリーズのインテリア業界版から一歩進んで、これまでなかった壮大な世界のインテリア史にまで踏み込んだ、今までに類を見ない素晴らしい本に仕上がっている。 彼の豊富な知識が各所にちりばめられていてインテリアの歴史の理解には最適な本となっている。 内容・文章ともに関連する写真も多く、しかも分かり易い言葉で書かれ、読みやすくまとめられているので一気に読んでしまった。 今年も11月頃から先輩、同輩、後輩の喪中ハガキが多く配達されてきて気持ちもかなり落ち込み気味だったが、彼のまだまだ大活躍の様子を知って大きな元気をもらったみたいだ。 ますますこれからもインテリア業界のため、また自分自身の生きがいのためにも今後とも大いに元気に頑張ってもらいたいものだ。 |
2011.11.22 (火)![]() 今日は京都国立博物館へ「細川家の至宝」を観に! ![]() ウォーキング仲間の友人より、京都国立博物館で開催されているこの秋の特別展覧会「細川家の至宝」の招待券が2枚余裕があるので行かないかとの連絡を頂いたので早速家内と出掛けてきた。 11月2日には奈良での「正倉院展」に出掛けてきたばかりで、今年は芸術の秋を満喫というところだ。 その友人の話では、展示品が多くてゆっくりと鑑賞するには4時間ほどかかると聞いていたので、博物館に着いたのが昼前だったのでまず敷地内のカフェーで昼食を済ませてから、ゆっくりと鑑賞することにした。 ![]() かなり人気のある催しらしく入場まで30分程並んでやっと入ることが出来た。 早速受付で城内展示物の解説マイクを借りて、ゆっくりと展示物を見て廻った。 館内には旧熊本藩主であった細川家が所蔵するた約600点の内、今回は国宝、重要文化財なども多く含まれていて355点もの宝物が展示されていた。 展示内容は前半が細川家に伝来した作品、後半は細川護立(もりたつ)氏の蒐集した名品を中心に構成されていて見応え十分だった。 でも一地方の藩主に過ぎず如何に文武両道に優れていたとはいえこれだけの多くの名品を蒐集していたとは驚きだったったのに、 先日観に行った「正倉院展」とはまた違った意味で、なかなか見応えのある素晴らしい展示会だった。 紅葉進む清水寺へ ![]() ![]() 帰りには奈良の紅葉もかなり進んでいたので、近くの清水寺まで足を伸ばしてみることにした。 清水寺はもう何回も訪れたことがあるお寺だがいつ来ても下から見上げる足組の豪快さには圧倒される。 ただその木柱も近年シロアリにかなり浸食されているとかで修理が行われていた。 是非この建物は後世長く堅持していただきたいものだ。 相変わらず修学旅行生の定番のお寺でこの日も多くの学生が訪れていた。 寺内でも中国語の会話がよく聞かれたが、一時遠のいていた中国人の観光客が再び増えてきたのかも知れない。 ![]() ![]() |
2011.11.02 (水)![]() 芸術の秋到来! 今年も{正倉院展}を観に奈良国立博物館へ ![]() 正倉院展はこの時期毎年開催されていて、今年は63回目となる。 60才での完全リタイヤー後から毎年この正倉院展を特別協力の読売新聞社から招待券をいただいて家内と一緒に見にいくことが我が家の年間行事になっているのだが、今年から招待券配布が中止になったみたいだ。 その変わり「よみファクラブ」というこの新聞社のクラブに入っていたので今回はそこから2枚の招待状がもらえた。 この「正倉院展」は毎年人気があって昨年は幸運にも待ち時間なしで入れたのだが、今年はやはり30分程並ばなければならなかった。 夕方に来ると比較的スムーズに入場できるという事だが。 ![]() いつものように入り口で室内説明用のイヤホーンを500円で借りて、会場をゆっくりと見てまわることにした。団体で見に来ている方も大勢いるがどうしても時間の制約があってあわただしそうだが、こちらは制限なしなので落ち着いて見ることが出来るので助かる。 ![]() 正倉院展は9,000件とも伝えられている正倉院宝物の中から選んで公開している展覧会だ。 今年は聖武天皇が身につけたとされる仏教の衣装や豪華な太刀、時の権力者明治天皇、織田信長、足利義政などが切り取った香木といった貴重な宝物など初公開されている17件を含む62件の宝物が出陳されていた。 特に興味深かったのは、奈良時代の戸籍台帳の住所に家内の実家のある下総国香取という地名がすでに存在していたことだ。 ![]() さらに後で判ったことだが、同じ台帳の中に映画の「男はつらいよ」の主人公とその妹と同じ「とら=刀良」と「さくら=佐久良」の名前があって、しかも彼らが住んでいた「大島郷」は現在の葛飾区柴又周辺と一致していて偶然とはいえ、天国の寅さんもびっくりしているのではないか。 約2時間賭けて見学した後、近くの奈良公園へ! 紅葉にはまだ少し早かったが、大勢の修学旅行生徒で賑わっていた。 正倉院はこの東大寺の裏手にあるのだが現在屋根の修繕工事が行われていて見学することが出来ないので近くの大仏池のイチョウの紅葉を見に出掛けたがまだ少し落葉するのには早すぎたようだ。 芸術の秋をたっぷり楽しんで帰路に就いた。 |
2011.10.21 (金)![]() 西日本第2の高峰山 徳島の剣山へ登ってきました! 日本百名山の一つである四国徳島の剣山(つるぎさん)に家内と一緒にハイキングを楽しんできました。 登山口までの道路は極めて狭く対向車ともすれ違うことも出来ない道なので26名程度しか乗れない中型バスでの旅行です。 当日集合場所で、女性から声をかけられましたが、いつも服部緑地で共にウォーキングを楽しんでいる仲間のお一人でご主人と一緒でした。 この方とは剣山頂上まで一緒させていただきました。 バスは8時前に梅田を出発し、明石海峡大橋を走り抜け、大鳴門橋・徳島道を快調に走り抜け剣山入り口まで11時頃に到着です。 途中の道路際には外来種のセイタカアワダチソウの群生がびっしりと埋め尽くしており、今年は特に多いように感じられました。 一時はススキとの雑草戦争に敗れて勢いを無くしているように見えましたが、今年は勢力を盛り返しているような光景です。 雑草の世界でも激烈な場所取り戦争が毎年繰り返しているのだと思うとなにか考えてしまいそうな気持ちになってきます。 さらに徳島道に入るとこの道もれっきとした国道なのだが極端に道路幅が狭くなっています。 何故こんな山奥に人家がぽつぽつと点在しているのか不思議に思っていましたが、やはり東祖谷山村とよばれるこの辺の集落は平家の落ち武者達が隠れ住んだところだとわかり納得しました。 ![]() いろんなところに旅行しましたが、人里遠く離れたところに存在する集落の多くは平家の落ち武者達が源氏の追跡を逃れて住み着いたところが多く、平家、源氏の戦いの熾烈さが判る気がします。 途中の道の駅での休憩時に昼食弁当を渡されましたが、山頂でゆっくりと食べるには時間の配分が判らないので、とりあえずバスの中での昼食となりまた。 登山口からは途中まで登山リフトが出ているので、今回は日帰りで時間の関係もあってこのリフトを利用しました。 登山口の見の越駅(1,420m)から終点の西島駅(1,750m)まで標高差330mを約15分程の乗車時間で、一人乗りのリフトでしたがとくに怖くはなく、むしる周囲の景色をゆっくりと長めながらの乗車で快適でした。 ![]() 西島駅から山頂までのコースは3ルートほどが整備されていますが、登りは少しはきつくても元気のあるうちに早く山頂まで登りたいので急な登りもある約1キロの標高差の尾根道コースを登ることにしました。 偶然会った歩き仲間と談笑しながら登ったので、特に疲れたと云うほどのコースでは無かったみたいです。 ただこのコースは天気なら下界を眺めながら登れるのだが、この日はあいにく霧が立ちこめていて周囲の眺望は今一つでした。 ただ紅葉が見頃を迎えていて、特にナナカマドの真っ赤な実が周囲の景色を一層きわだたせていて素晴らしかった。 ![]() 約1時間弱で山頂に到着したが、特に疲れたという感じは起きなかった。 あいにく山頂付近は霧が一面に立ちこめていて、天気だったら恐らく素晴らしい眺望だったに違いないが自然に文句を言っても仕方ない。 ただ今度剣山に登ると言ったら、以前登ったことのある友人から山頂からの360度を望める眺望は素晴らしいと云われて期待していたのだが.... 来年の春か夏にもう一度登りたい気持ちが湧いてきた。 ![]() 帰りのコースは3つのコースの内の真ん中にある大剣道コース(約1,200m)を下ってリフト乗り場の西島駅に向かうことにした。 このコースの途中にある大剱神社の裏庭にあり日本百名水にも選ばれている御神水を訪ねて、ペットボトル持ち帰り可ということなので寄ってみることにした。 一口含んでみたが特別の味とかはあまり感じられなかったが、とにかく持参していたペットボトル1本分汲ましていただいた持ち帰ることにした。 ![]() この場所からリフト乗り場までそんなに距離が無く、しかも山道の一本道で迷うはずはないのだが、登山客は皆無で野鳥の声も聞こえ無い中を歩いていくのは何となく心細かった。 二人だったからよかったものの一人では恐らく前に進むのも怖かったのではないかと思うほど静寂感に包まれていた。 ![]() リフト乗り場の西島駅の看板が見えたときは本当にホットした次第だ。 集合場所にはまだ1時間近くの余裕が有ったがほとんどの参加者が集まっていた。 恐らくほとんどが御神水の場所には立ち寄らなかったみたいだ。 帰路は順調に走ることが出来たのだが大阪到着は21時を過ぎていて半日以上の日帰りハイクでお疲れでした。 |
2011.10.08 (土)![]() 芸術の秋! 国立国際美術館へ絵画鑑賞へ! 爽やかな秋空に、今日はいつもの緑地でのウォーキングを遠慮して、中之島にあるある「国立国際美術館」に絵画鑑賞に出掛けてきた。 普段はあまり一人では美術館など行かないのだがやはり芸術の秋という気持ちか、ゆっくりと美術鑑賞でもしてみたいという心境の変化かも知れない。 国際美術館という大げさな名前からして重厚なたてものを想像していたのだが、玄関はなんとも近代的な様相で初めは入り口も判らなかったほどだ。 今日は年に一度の無料開放日ということだったが、65才以上のシニアには年間を通じて無料で入場できるとのことだった。 なかなかしゃれた制度で感心した。 ![]() 今日この美術館に来たのは、所属しているウォーキング団体のひとりが、展示されているモディリアーニの絵画に興味があるのを知っていて、たまたま「髪をほどいた横たわる裸婦」という絵画が展示されているのが判ったので一度本物でも見てみょうと思い立ったからだった。 今日は無料開放日で土曜日だったにもかかわらずとくに混雑もなく、全ての展示室をゆっくりと見ることが出来てラッキーだった。 有名なピカソの絵も3点展示されていて、なかなか興味深かった。 絵画の知識はほとんどないので、油絵とアクリル絵との違いも判らず、展示場の監視人の女性に説明を求めたら丁寧に教えてくれた。 でも心静かに美術館に来て絵画などを眺めていると不思議にも自分もちょっとは芸術家気取りの心境になってきたみたいな気がした。 11月には奈良の国立博物館で毎年開催されている「正倉院展」に行く予定なので、今年も芸術の秋を大いに楽しもうと思っている。 |
2011.09.12 (月)![]() 今日は中秋の名月! 今日は旧暦の8月15日! 一年中で月が一番綺麗に見える人言われています。秋のお月見の「十五夜」の日ですね。 我が国では9世紀末頃に、この夜の月を愛でる風習が始まったと伝えられています。 といっても「十五夜」が必ずしも満月になるとは限らないのですが、気象庁の発表では今年は6年ぶりに十五夜がちょうど満月になるということでした。 恥ずかしながら そんなこと今まで知りませんでした。 それよりも今年の十五夜の大阪の天気はどうなるのか心配していましたが、月が出る頃にはあいにく雲が多く残念な感じがしていましたが、時々雲の合間から顔を出す満月はさすがに美しく輝いていました。 ところでお月見のお供えの定番は、ススキと月見団子のコンビですが、地方によっては芋を供えるところもあります。 スズ虫の声に耳を傾けながら、美しい月を眺めてみる余裕ぐらいは是非持ち合わせておきたいものです。 近くの服部緑地内には全国から集められた重要指定文化財に指定されている昔の民家が多くありますが、民家内で琴の演奏を聴きながら月見を楽しむ催しもありましたが残念ながら今年は行けませんでした。 是非来年は行ってみたいものです。 |
2011.08.10 (水)![]() 上高地にウォーキング仲間と行ってきました! 今年は何故か常識はずれの格安旅行が大流行しているみたいだ。 恐らく3月の大震災以降各観光地への旅行者が激減している影響かもしれません。 今年8月に富士山登山に行ってきましたが、確かに昨年に比べて登山客が激減して私たちが宿泊した山小屋も1/3程度は空き部屋だったみたいでした。 今回はJTBの旅物語で募集していた「いっ得!上高地2日間」というたった一万円の一泊旅行にウォーキング仲間と共に行ってきましたが、22名もの参加者がありました。 当初は6月27日の出発が決定していたのですが、長野県中心に直前に降った豪雨の結果、出発2日前になって上高地に入るまでの道路が通行不能になって行くことが出来なくなり、やむなくこの日まで延ばしてきたものです。 ![]() {コース} :梅田発8:00→レストハウスこまがね→白樺湖→(ビーナスライン)→霧ヶ峰→車山高原→リゾートホテル ラ・フォーレ白馬(泊) →安曇野アートヒルズミュージアム→上高地(約4時間滞在→アルプス街道平湯)→高山ラーメン工場。というかなりの長距離旅行でした。 白樺湖:定刻に梅田をを出発し、レストランこまがねで昼食を済ませて、白樺湖に直行。 諏訪湖の西側にある人造湖なのだがかなり有名な観光名所なのだが、肝心の白樺の木があまり見あたらず少しがっかりでした。 以前訪れたときは多くの白樺の木々に囲まれた美しい湖だったように記憶がありましたが、自然も日々変化を遂げていっているのかもしれませんね。 湖の周囲はスキー場が完備されていて、冬は大勢のスキー客で賑わうのだろうが、最近はスキーブームも去っているらしく、何処のスキー場も集客にいろんな努力をしているみたいです。 ![]() しばらく白樺湖の景色を楽しんだあと、車窓から景色抜群の霧ヶ峰高原を経由して車山高原で休憩をとりました。 シーズンであればなだらかな山の斜面に高原植物の群生が見られるのですが、残念ながら少し遅かった様で残念だった。 でも所々にはまだ可憐な植物も咲き残っていて高原のさわやかな風と共に十分楽しめました。 「ラ・フォーレ白馬」 さわやかな美味しい高原の空気を一杯吸って一路今夜の宿泊先のリゾート地白馬方面に向けてかなりの距離をバスは走りました。 夕刻、今日の宿泊先の「ラ・フォーレ白馬」に到着です。 ところで僕らがサラリーマン生活を送っていたころのラ・フォーレと名の付くホテルは、以前は会員制の宿泊所で一般客は泊まれなかったと記憶していますが、現在では会員だけでは経営維持が困難になったのかも知れませんね。特に最近は団体の宿泊客もかなり利用しているみたいです。 ホテル近辺はスキー場だらけで多くのリフトも見られましたが、従業員の方の話では冬のスキー客も激減していて、夏場にたとえ赤字であっても特に団体客を受け入れないと建物維持が困難だと言っておられた。 何処の観光地でも現在は似たり寄ったりの状況らしい。 ![]() だから、バス代、食事付き宿泊込みで1万円で豪華な旅行が実現しているのだから、利用者にとっては大助かりです.... ただどう計算しても計算が合わず旅行会社にとっても赤字になる筈なのだが? 今回の旅行のメイン観光地は上高地4時間滞在で、ゆっくりと素晴らしい景色を堪能することでもあるので、食事をしたのち温泉に入って早めに寝床に着いた。 8/10 バスは一路上高地を目指しますが、途中「安曇野アートヒルズミュージアム」というところに寄りました。 安曇野はいまNHKテレビの朝ドラ「おひさま」でやっているロケ先でもあってちょっとした観光地ブームを起こしているみたいです。 自然だけでもも素晴らしいところですが、このようなミュージアムに寄らなければならない観光会社の事情もあるのかも知れません。 もちろんトイレタイムも取れるのでうれしいことには変わりがないのだが。 その分上高地滞在時間を少しでも多く取っていただいた方がありがたいのだが、なかなかそうはいかないらしいです。 「上高地」到着! ![]() ちょうどこの時期は上高地観光シーズンを最盛期を迎えているので、マイカーは勿論、普段は直接河童橋の近くのバスターミナルまで入っていける観光バスも途中の沢渡駐車場で低公害バスに乗り換えしなければならなかった。 あいにく連絡バスの地兎着が送れて待ち時間が30分ほど余計にかかってしまってもったいないことになったが、観光シーズン最盛期だからあきらめざるを得ませんでした。 20分程走るといよいよ上高地入り口に近付に到着。 このあたりから6月の豪雨で崩落した道路の改修中の現場を見ながら、走行し、しばらく行くと大正池バス停に到着! ここで全員下車して、いよいよ念願の上高地散策となりました。 バス停から梓川が流れる河原に降りると目の前に未だ噴煙を吹き上げている北アルプス唯一の活火山である「焼岳」が目の前に飛び込んできました。 「大正池」 この大正池はかって焼岳が噴火したときに吹き上げられた岩石によって梓川がせき止められて出来た池だと伝えられています。 以前この池を訪れたときはもっと多くの立ち枯れた木が池のあちこちに見られたが、今回はその数がかなり少なくなっているのが判り、びっくりしてしまった。 将来そんな遠くない時期にほとんど立ち枯れた木は姿を無くしてしまうことは間違いなさそうです。 ![]() 梓川の河原に降りて上流に向かって進んでいくと河原に適当な昼食場所が見つかったので、旅行会社から支給された弁当を広げて昼食を取った後、次のコースの田代池を目指しました。 「田代池」 田代池は上高地の多くある池の中でももっとも僕の好きな池でもあります。 そのどこまでも透き通った池底を眺めていると周囲の神秘的な風景と良くマッチして、素晴らしい光景をつくりだしている。 足下に広がる湿原と森林など何処までも魅力ある池に違いない。 ただ心配なのはこの池も水量が年々少なくなり、近い将来この池は無くなってしまうのではないかと推測されていて、そうならないよういつまでも観光客を魅了する池として残っておいてほしいものだと思います。 田代池から一旦梓川に戻り、上流に向かってさらに川沿いに歩き河童橋を目指す。 ![]() 梓川の澄み切った流れは何ともいえない風情があって、参加者の皆さんも気持ちよさそうにハイキングを楽しまれているようでした。 河童橋に到着するが、あとでゆっくりと時間をとることとして、さらに上流にある岳沢湿原を散策することになった。 河童橋から上流に歩を進めるとめっきり観光客も少なくなり、お陰で十分に自然を楽しむことが出来ました。 本当はこの先の明神池まで行きたかったのだが時間的に少ししんどいことがわかり、奥穂高の登山口までで引き返すことにした。 岳沢湿原は想像以上に素晴らしい湿原で、穂高をバックに自然美たっぷりの湿原地帯となっていて大いに楽しませてくれました。 この湿原を自然美を十分堪能して河童橋まで戻り、しばし休憩を取り、買い物をしたりして楽しんだ。 河童橋は橋上から眺める梓川の美しさと、岳沢の広い谷の奥に左右に連なって見える穂高連峰の姿が美しく眺めることが出来る絶景地点としても知られています。 多くの観光客の皆さんも穂高をバックに橋の上から写真を撮っていました。 約4時間の上高地の魅力を十分に堪能して帰りのバスに乗り込んだ。 帰路の途中高山ラーメンという土産物屋さんに寄りより順調に高速道路を走り予定より少し早めに全員無事に大阪に到着しました。 今回の1万円の一泊旅行はみんなが満足するような企画で、今後も続いてくれるとありがたいのだが... |
2011.08.06 (土)![]() 今年も富士山に登ってきました! 昨年は家内と共に結婚40周年を記念?して富士山に初めて登りましたが、今年もまた富士山初挑戦の友人3人と一緒に登ってきました。 お一人は来年喜寿(77才)を迎える人生の大先輩ですが、しかも初めての登山にも関わらず元気いっぱいでした。 富士登山については各旅行会社からいろんなコースが企画されていますが、今回も昨年と同じコースにしました。 名前も「ゆったり富士登山とお鉢めぐり3日間」というクラブツーリズム社企画のコースで、七合目と八合目の山小屋に2泊もする本当にゆったりコースで特に我々のようなシニア年齢にはピッタリなコースです。 ![]() それでもちょっとでも油断すると高山病にかかってしまうところが富士登山の怖いところです。 毎年何人かはそのために命を落としている方もいるということです。 8月1日(月) 梅田を7:30に出発して一路名神→東名高速道路を経由して富士山を目指しました! 途中浜名湖SAで昼食を取り、一気にスバルラインを経由して17時前に富士吉田登山口の五合目(2,300m)に到着しました。 五合目には宿泊を兼ねた大きな土産物屋さんも何件か散在していて、その中の「雲上閣」というところの部屋を借りて登山用の服装に着替えました。 特に下山後に入浴するときの着替えなどはバスの中に置いておけるので少しでも身軽になれました。 ここで少し早いですが夕食も食べることになりました。 ![]() 17時半過ぎに一行は再集合していよいよ登山開始となりました。 ここでこれから3日間にわたってガイドを努めてくれる2名のガイドさんを紹介されました。 うち一人はまだ20才とかで、ガイドとして大丈夫かなと思ったが、なかなかしっかりとしたガイドであることが後になって判りました。 大阪からバスの添乗員として付き添ってくれることになった人は偶然にもなんと去年と同じ女性の方でした。 去年も良く頑張ってくれたので今回の登山も一安心という感じで登り始める事が出来ました。 ここから頂上まで約1,500mを登る高地登山の開始です。 富士登山道に入ると最初の約1キロほどはなにか変な感じですが緩やかな下り坂が続いています。 それでも左側には綺麗な雲海を眼下に見ることが出来、高地を歩いている実感は十分です。 ![]() このあたりはまだクルマユリやヤマホタルブクロなどの高山植物が所々に散在して可憐な花を咲かせています。 登山というよりも高原ハイキングでも楽しんでいる感じの方が強いみたいでした。 ![]() 約1キロほど下ったところに「泉ケ滝」と呼ばれている小さな滝がありました。 標識がなければ見逃してしまうほどの小さな滝です。 現在は富士山は休火山となっていますが、過去には噴火を繰り返していた山で、この滝の近くに当時の山頂部の安山岩が見られるところから、最初の噴火で出来た小御丘火山の山頂部分だったのではないかといわれているところです。 この滝あたりから徐々に上り坂に変わり、あたりもすっかり暗くなってきたので持参したヘッドランプを点灯し夜空に輝く満天の星空を見上げ、北斗七星などを探しながら約2時間ほど山道を登ります。すると七合目の山小屋の明かりが見えてきて、今日の宿泊先の山小屋「花小屋」に辿り着きました。 ![]() すぐに宿泊部屋に案内されましたが、一畳のスペースに2人が泊まるようになっていました。 昨年も同じ小屋に宿泊しましたので僕は特に驚くこともなかったが、初めての友人は噂には聞いていたが、やはり少し驚いた様子でした。 すでに敷かれている布団も少し湿っていてが一帯が湿度が高いところなのだからある程度仕方ないのかも知れません。 ![]() そんなことで悩んでいるよりも明日の朝の出発が早いので寝ることにしたが、ちょうど午前0時少し前に急に山小屋全体が音を立てて揺れだしました。ほとんどの人が飛び起きた様子でした。 なんと地震が発生し富士山が揺れたとのことだった。 あとで小屋の人に聞きに行ったら静岡沖で震度5弱の地震がありその影響で揺れたらしいが、富士山が揺れるなんていうことは滅多に経験したことがないと小屋の人も言っていた。 珍しい経験をしたものだ。 8月2日(火) ![]() 前日の夜は夜空には満天の星が輝いていたので、今朝はこの山小屋の前から御来光が拝めそうだということで、朝4時ごろに起床して日の出を待つことにしました。 4:30頃から東の空が徐々に赤くなり眼下の雲海が強いピンク色に輝きだしました。 その後もぐんぐんと明るさが増し、4:50ついに真っ赤な太陽が姿を現しました。 今日も素晴らしい御来光です! 眼下の雲海の中から姿を現したときは皆歓声を上げて、カメラのシャッターが続々と切られていった。 こちらも何枚かの素晴らしい御来光写真が撮れました。 一緒に行った友人にもそれぞれ御来光をバックに記念写真をとってあげたが、後に現像したらなかなか素敵に撮れていて喜んでいただきました。 御来光を拝んだあと、小屋に戻り、ご飯とみそ汁等の簡単な朝食をとり、6:00に山小屋を出発! いよいよ本格的な富士登山が始まりました。 最初の目的地は今日宿泊予定の八合目にある山小屋「太子舘」を目指します。 ここでレインスーツや水、食料など登山に必要最小限のものをバックに詰めなおし、それ以外の荷物はこの山小屋に置いていけるということなので大助かりでした。 このあたりは標高3,100mなのでそろそろ高山病に気を付けなければならないところです。 ![]() この山小屋ではやはりパック入りのかやくご飯とカロリーメイト一個を受け取っていよいよ山頂を目指す準備が出来たのだが、同じバスで来ていたグループの何名かはすでに軽い高山病の症状が出たこともあり大事をとってこの山小屋で待機することになりました。 山小屋を出発するとすぐに険しい岩登りの登山道が続いているが、来年喜寿を迎える友人は今日も元気いっぱいで先頭のグループに加わってどんどんと先に登って行かれるのでついていくのがやっとでした。 約2時間ほど厳しい登山道を登ると本八合目の山小屋「トモエ館」に到着してここで小休止。 小休止の後、さらに厳しい岩場や砂利道を登り切ると九合目の赤鳥居前に到着しました。 ここまで来ると山頂部まであとわずかなのですが、ここから別名胸突き八丁と呼ばれるほどの険しい登山道が前面に立ちふさがり、なかなか前にも進まないのですが、大勢の登山者が後ろに続いているので前進する以外に方法はありません。 12時ちょうどに富士山頂にやっと到着しました。 入り口には「富士山頂上浅間大社奥宮」と彫られた大きな石碑が迎えてくれていました。 ややこしいのですがここは頂上ではあってもこの地点は富士山最高峰の剣ケ峰の山頂ではないのです。 大先輩も勘違いしたのか頂上と思って思わず万歳してしまっています(笑) ![]() ![]() 実際の富士山頂はさらに60分以上歩かなければ到達しない遙か彼方にそびえ立っています。 かって「気象測候所」があったところです。建物は残っていますが現在業務はしていません。 さらに剣ケ峰の標高は3,776mですが、一段と低いこの地には国土地理院が測量した3,778mと書かれた標識が埋め込まれていてさらにややこしいことになっています。 ここを通過して奥に進むと浅間大社奥宮の赤い社殿が迎えてくれました。 この一帯は少し広い広場になっていて隣には「富士頂上郵便局」が並んで建っていて、早速自宅から持参した暑中見舞いハガキに記念スタンプを押して投函しました。 もちろん日本で一番高いところにある郵便局ということで登山客にも人気があり、大勢の人がたくさんのハガキを投函していました。 ![]() ただ実際に配達されるのはここから人力で下界まで降ろすので時間も必要で、配達日までは4日程度かかるみたいです。 ここからいよいよ富士山最高峰の剣ケ峰を目指して進むことにしました。 お鉢の周囲を巡りながら登山道を進むのですが、富士山頂から覗けるお鉢は想像以上に底が深く、厳しい形相を呈していて、まさに地獄を見る感じです。 遠景から見る素晴らしい曲線の優雅な形などからは想像も出来ない姿でした。 60分程歩いていくと目前に剣ケ峰が近付いてきて、ここまで来ると山頂登頂の成功は間違いないのですが、最後の坂道は何とも厳しく設置されている柵を手で捕まえながらでないと下に滑ってしまいそうな急な坂道でした。 この急坂を登りきるとぜい富士山最高峰剣ケ峰に到着です 早速僕らも順番待ちの列に並び最高峰登頂記念写真をパチリ! 昨年は撮影には約40分待ちだったのに今年は約10分程度で撮影場所に到達出来ましたがやはり外国人の登山者が減少したことも原因しているのかも知れないと添乗員の方は言っておられました。 ゆっくりと2時間ほどかけてお鉢巡りを堪能して、集合場所の九合目の山小屋「江戸屋」に到着。 ここから今日の宿泊先の八合目の「太子舘」まで登りルートとは別の下山専用の砂ばかりの下山道を歩いて下山開始です。 登りを張り切りすぎたため、少し膝を痛められた友人もガイドの肩を借りながら下山を開始。 途中急に霧から雨に変わり、ウェットスーツに着替えながらようやく無事に17時頃八合目「太子館」に無事到着しました。 すでに夕食の用意も手際よく用意されていて、山小屋名物のカレーライスもばっちり付いている食事を頂くことに。 食後は思いもかけず一緒に行った同行の友人から美味いホットコーヒをごちそうになりながら一日の疲れを取った。 しばらく休憩ののち、明日の朝出発が4時半と早いので早々に寝床に入る。 寝床と言っても、ここでも一畳に2人分の寝袋が備えられていて、それを利用して寝るのだから寝返りを打つのも容易ではなく、なかなか窮屈で熟睡などは出来ません。 スペースの限られた場所での山小屋だということを理解できてしまえば全然違和感など無くなってしまうから不思議です。 8月3日(水) ![]() 朝4:00に起床! 昨日に引き続き今日も天気は良く、2日続けてを御来光を拝める期待がありそうなので、4:20頃に山小屋から朝食用の弁当をもらって下り下山道に向かって出発です。 すでに東の方向が赤くなり始めている。今日も素晴らしい御来光が期待できそう! 近くの見晴らしの良い広場に移動し、待っていると4:40を過ぎるころに待望の太陽が真っ赤に燃えた姿を雲間から見せ始めた。 まさに雲海の御来光だ。 しばらく御来光を眺めながら5:00頃から五合目までの下山を開始しました。 登りと違って、下山道は砂利道ばかりの連続なので、すぐに膝が痛くなるのを昨年の経験で判っていたので今年は膝バンド持参していたので早速装着しました。 登りよりも下りの方が高山病にかかりやすいことは、昨年の下山時経験したので大きく息をはくこととひざに余り負担をかけないように、さらに意識的に水分も短時間に十分に取ることを心がけながら慎重に下山したので私達は何とか高山病患者にならなくて済んだみたいだ。 ![]() 気圧の急速な変動がこんなに急激に自身の体力に影響がでてくるとに驚いたが実際に目の前にして納得した次第です。 約4時間かけ、周囲の景色などを眺めながら無事五合目の出発点まで降りてくることが出来ました。 今回初めて挑戦された方も3,100mの八合目までは全員登ることが出来てよかったなーというのが実感です! ここで3日間にわたって登山の案内を勤めてくれた2名のガイドさんとお別れ。 今回はガイドさんが前後2名が付いてくれたが、一人は富士山を知りつくしている大ベテラン桜井ガイドさん!しかもお鉢周りを20分程度で走りながらまわってしまうとも言っておられたから驚きです! もう一人はまだ20才という若いガイドさんだったが途中具合の悪くなった人の荷物を軽々と持ってくれるまさに強力の安井さん! お二人とも「太子館」所属のガイドさんということだったが絶妙のコンビで我々を安全に導いてくれた素晴らしい方たちさんだった。大感謝です! もちろん添乗員の奥野さんも常に最後方で登山者の健康を見守りながらついてきたくれるなど万全の体制で取り組んでくれたのが全員無事に下山出来た原動力だったことは間違いないところだと思います。 富士五合目雲上閣で大阪から乗ってきた同じバスに乗り込み、河口湖の麓にある「富士緑の休暇村」に向かう。 山小屋では水がないので3日間は入浴は勿論歯磨きもできませんでした。 ここでゆっくりと温泉、入浴を楽しみ疲れを取って、美味い昼食をいただき友人とビー ルで乾杯!バスは一路大阪へ。日本一の富士山に昨年に引き続き、今年は友人と共に登山できた満足感は当分素晴らしい想い出として当分記憶から消え去ることはないだろう。 富士登山は老若男女関係なく、誰でも挑戦出来る素晴らしい山だが、十分な準備は絶対に欠かせことは言うまでもありません。 毎年30万人ほどが富士登山に訪れるが、今年はいろんな要素が影響してか登山客も少し減少気味といわれています。 でもとにかく日本一高い山に登るという醍醐味は挑戦したものしか味わうことが出来ないものだからこれからも富士登山ブームは続いていくことは間違いないと思う。 また山頂までたどり着けるのは毎年7割程度といわれているほどです。 特に富士山登山にとって大切な心構えは登山技術よりも特に体調管理が重要で絶対に過信とか油断は禁物というところです。 帰ってきたばかりだが、とうとう僕も来年は70才の古希を迎えます。 来年も富士山は体力が続けばまた挑戦してみたくなる僕にとっては不思議な魅力を持った山でした。 |
2011.07.11 (月)![]() ウォーキング仲間と京都保津川下りを楽しむ! 当日は梅雨が明けたばかりで朝から温度が高い上に、湿度も高くて蒸し暑く大変なハイキングになりそうな予感がした。 当日の集合場所の阪急十三駅には24名の会員が集まった。 やはり京を都が舞台だとそれだけで女子会員の参加が多くなり、参加者の2/3の占める15名と圧倒的に多かった。 先ず阪急電車で嵐山駅まで行き、30分程歩いてトロッコ嵯峨野駅に到着。 ![]() 11.07発のトロッコ列車に乗り込んで終点のトロッコ亀岡駅まで保津川を眼下に望みながらゆっくりと、途中の見所をさしかかると粋な車掌さんがわざわざトロッコ列車を徐行させて風景の説明をしてくれたりしてサービス精神も旺盛だった。 ただ終点のトロッコ亀岡駅近付くと調子に乗って「汽車の窓からハンカチ振って...」と唄まで歌ってくれたがお世辞にも上手くなく少し興ざめだった。 トロッコ亀岡駅に着くとシャトルバスに乗り換えて保津峡川下りの乗船場までバスで移動する。 ![]() 当初の予定では南郷公園というところで昼食する事になっていたが、公園らしいものは見つからず、結局乗船場の近くの堤防の橋の下に日陰を選んで昼食を取ることになった。 昼食後、予約していた保津川下りの船に乗り込むことになったが、ちょうど定員が24名ぎりぎり満員の貸し切り状態だった。 船頭さんは3人で持ち場を交代しながら船を巧みに操りながらゆっくりと保津川下りが始まった。 天気が良くて景色も良いのだが、暑すぎて船の屋根には日よけの青いナイロンが張られていた。 直射日光が防げて涼しいのだが、もう一つ保津川全体の風情が楽しめなかったが、約90分のゆっくりとした保津川下り散策を十分楽しむことは出来たみたいだ。 嵐山が終点で長い保津川下りの堪能して、河原で記念写真を一枚撮って解散となった。 |
| 2011.07.04 (月) 31年間連続の「人間ドック」受診! 吹田市にある「みどり健康管理センター」は定年まで勤めていた会社の健保組合との提携機関だったので格安の費用で受診することが出来たので、毎年家内と二人で毎年受診してきた。 定年後は当然全額自己負担なので4万5千円以上の費用がかかるのだが、うれしいことに現在すんでいる豊中市もこの「みどり健康管理センター」を提携機関として認定していて費用の7割を補助してくれるので、13,525円の支払いだけでOKなので現在までそのままずーと続けてきたものだ。 38才の時から毎年受診してきたので今年で31年間にわたってこのセンターを利用したことになる。 このセンターの素晴らしいところは治療機関ではくて「人間ドック」の専門機関なので、各項目の検診も大変効率的に実施されていて、全ての検査から、看護士さんの問診、そして最後に担当医師がその日の検診結果詳しく説明してくれるまで約3時間弱で全て終了し、過去5年間の結果表も添付されて全てその日の内に検診結果を持ち帰ることが出来るので素晴らしい検査機関だと思っている。 ![]() 最初受診したときの医師の助言で食事療法などの話しも聞いたのだが、「食事制限などを折角指導しても奥さんには性格に伝わる可能性が少ないので一番効果的なのは夫婦一緒に来て医師の話を聞くことが良い」と言われた。 それから常に二人一緒に受診してきて今年でちょうど30年間目を迎えた。 これってすごいことだと思うのだが...。センターの人も驚いていた。 お陰で70才を目前にして大きな病気する事もなく、二人とも現在まで元気で過ごして来られたのは毎年受診しているこの「人間ドック」のお陰かもしれないと思っている。 そういえば昨年の7月に受診のためセンターに行く途中にめまいがしてまともに前を歩けなかったのだが、人間ドックの検査の結果でも特に問題はなく、耳鼻咽喉科や眼科医院に行っても特に異常は見あたらずとうとう原因も分からずじまいで2日程で直ってしまった。 心配はしたがめまいの8割が原因不明と言われていると聞いてたいしたことがないと思い安心した。その後はめまいも発生することなく正常に生活できている。 もちろん年相応の体力の衰えや身体の異常もそれなりに起こってはいるが、「人間ドック」の検査結果により早期治療をしてきたお陰で手遅れになることもなく現在までなんの問題もなく健康に生活が送れている。 30年間も続けて「人間ドック」受診してきて本当に良かったと思っている。 来年はついに70才の節目の年を迎えるのだが、今年も肺機能検査では3,560mlを維持していて56才平均の機能だと検診結果表には記載されていた。 |
2011.06.28 (火)![]() 今度は「五つ葉のクローバー」発見! 先日毎日ウォーキングで利用している自宅近くの服部緑地内で偶然四つ葉のクローバーを見つけたが、今日はなんと五つ葉のクローバーを見つけた。 特に意識して探していたわけではないのだが、ふと足を止めて足下を見ると群生している三つ葉の中に四つ葉のクローバーが顔を見せていた。 早速採取しようとしところ、その横に変に葉が固まった三つ葉?を見つけて葉の枚数を数えてみたら、なんと一枚は少し小さめだったのだがどの角度から見ても確かに葉が五枚あもあるではないか! 大変珍しかったのですぐに採取して持っていた手帳に花びらを挟んで持ち帰った。 五つ葉のクローバーなど今までに見たことはなかった。 ![]() 家に帰ってからパソコン検索で確認したら、確かに珍しいもので四つ葉と同じような状況で突然変異して葉が5枚になる場合があるということだ。 確率的にも五つ葉のクローバーは100万枚に1枚の程度の確率で゜見つかるというからやはり珍しいのだろう。 ただ花言葉的には四つ葉と違って、あまりいい意味ではないらしい。 金運に恵まれるというのはまあ良いとして失恋を意味していることもあるらしい! 服部緑地は過去に大阪万博が開催された時に整備開園された広大な緑地公園なのだが、園内には自然がたっぷりと残されて格好の府民の休養地になっている。 もちろん入場無料のこともあって近くに住む人が気軽に利用できる公園だ。 園内には現在至る所に三つ葉群生地があるが、四つ葉のクローバーが見つかる場所は限られていて知る人ぞ知るの秘密の場所になっている。 それでも五つ葉などは滅多に見つけられないと思うので貴重なものだが、早速友達に友情の記念に差し上げようと思ってはいるが...。 失恋という言葉が妙に引っかかるのだが。 |
2011.06.13 (月)![]() 「四つ葉のクローバー」を見つけた!! 日常生活では特に用事のない場合は、昼前に家から自転車で10分程度のところにある広大な木々が生い茂る服部緑地に出かけて60分程ウォーキングをして体調の維持に努めている。 ウォーキングが終わると同じような目的でウォーキングに来ている人たちと緑地内の梅林あたりでビールなどを飲みながら語らいタイムを楽しんでいる。 当然皆さん70歳代の高齢者! 今日もウォーキングで汗を流したあと梅林内で仲間と語らいを楽しんでいたが、ふと足元を見ると三つ葉の群生に紛れて一輪だけ四つ葉のクローバーが混ざっているのを偶然見つけた。 ![]() 四つ葉のクローバーといっても、三つ葉の突然変異で葉が四枚あるクローバーが出現するらしいといわれている。 特に三つ葉のクローバーがまだ地表に姿を現す前にその上を人が歩いて踏みつけたりするところに良く発生すると言われているが、それにしても確率的には10万分の1程度だといわれているからかなり貴重なものということになる。 この服部緑地はかなり四つ葉のクローバーが見られると言われているらしいが今回初めての発見だ! 「四つ葉のクローバー」の花言葉はその貴重さから幸せを運ぶ花とも、私のものになってという意味もあるらしい。 早速携帯カメラに納めて、帰りに採取して家に持ち帰った。 折角なので花が痛まないようにビニールに入れアルバムに挟んだ。 さて誰にこの貴重な四つ葉のクローバーをあげようかな? |
2011.06.11 (土)![]() 頸椎MRI検査結果を聞きに! 最近右腕が電流が走っているような感じがするので、先日「豊中脳神経外科クリニック」で頭部のMRI検査をしてもらったが、結果は特に異常なしということで少なくとも頭部が原因ではないことが判って安心した。 ただそのとき同時に頸椎部分のX線撮影もしてもらったが、7番目の頸椎に1ミリほど陥没しているような形跡があるので、さらに検査必要ということで昨日同クリニックで頸椎部分のMRIの検査をしてもらった。 その今朝結果を聞きに行ってきた。 鮮明な画像を前に担当医師から説明があったが、首中を通っている神経は周囲を水疱に囲まれているのだが、特にこの部分には異常がなく、痺れの原因はこれらの部分が原因でないという判定だった。 その医師の話では、まだまだ脳内の状況はしっかりとしていて当分は大丈夫ということだった。 一般的にも痺れの原因は80%は原因不明といわれているらしいが、2回の検診料が18,000円ほどかかり年金生活者としては厳しい出費となってしまった。 現在も痺れは続いてるのだが、医師の話では軽い肩の腱鞘炎かも知れないということで、肩をよく廻しなさいといわれて今回はおしまいとなった。 原因不明というのは嫌な感じだが、ただまだ頭の中ははっきりしているので消費期限はあと10年間(笑)ぐらいはあるみたいなことを言われていたので安心保証料として考えたら今回の出費は仕方ないのかな? |
2011.06.01 (水)![]() 最近何故か右腕が痺れます! 最初は余り自覚していなかったのだが、最近毎日のように右腕の先から肩にの方に向かって電流が走るようなしびれを感じるようになった。 以前何かの本で読んだこともあったのだが、脳神経の異常も影響していることもあるかも知れないと書かれていたのを思い出して昨日思い切って神経系の病院に行ってきた。 昨年家内が健康診断の一環として脳ドックを受診した病院だ。 家の近くにあるのだが「豊中脳神経外科クリニック」という神経科の専門病院だ。 受付をして待合室で呼ばれるのを待っていた。 隣のガラス張りの部屋はリハビリテーション室になっていて、脳に異常をきたした人が治療の一環として懸命にリハビリに励んでいるところなのだが、その姿を見ているとなにか自分まで落ちこんでしまうような感覚に陥ってしまった。 20分程待っていると名前を呼ばれたので検査室に入ったときは申し訳ないが正直ほっとした気分になった。 ![]() 今回はとりあえず脳全体の検査をしてみるということで頭部MRI検査と呼ばれている検査を受けることになった。 この検査は頭蓋骨内の水素原子核からの信号をとらえて、頭蓋内の断面を画像化して、脳梗塞や脳出血、くも膜下出血などの頭部の病変の手がかりを調べるのに一番有効な検査とされているものらしい。 この検査方法の利点としてはCT検査と違って放射線被曝がないのと、骨の影響を受けないので鮮明な画像が得られるということらしい。 検査室に入ると金属類はすべてはずして、MRI装置のベッドに仰向けに寝かされた。診察台に載せられて体が動かないように固定されて20分程の検査を受けるものだ。 検査着に着替えて、MRI装置のあるベッドに仰向けに寝かされた。 手や顔が動かないようにとテープなどで検査台に固定された。 そしてベッドは電磁波を発生させるガントリーと呼ばれている円筒形の穴にスライドされていった。 検査が始まるとガタガタガタとまるで工事現場のような騒音が連続して耳元に聞こえてくるが、何をしているのか本人にはさっぱり判らないが、検査自体は20分程度で終了した。 続いて今度は首の頸椎についてX線写真も4方向から撮影された。 昨日の検査結果について、再び訪れて医師から鮮明な写真を前に所見を聞いたが、脳自体は特に異常なしてあと10年ぐらいの使用期限があるということだった。 ただ写真の中の白い小さな斑点をさしてこれは軽い脳梗塞の跡だと聞かされてドキッとしたが年齢からしたら年相応の数で特に心配することもない。これからも数は増えていくと言っていたが... ということで今回の腕のしびれは脳からでなく、恐らく首の頸椎の下部が少し崩れているのでそこが原因だろうと言われた。 そこでその部分もMRI検査をすることになった。 いろんなしびれがあるがその80%は原因不明ということになるみたいだが僕の場合はどうなるのだろうかな。 |

信州:車山高原

