諸人の立ちゐる庭のさか月に光もしるし千代の初春
春風に下ゆく浪の数見えて残るともなき薄氷かな
花をのみ待らん人に山里の雪間の草の春を見せばや
思ふどちそこともいはず行暮ぬ花の宿かせ野辺の鶯
焼捨てし枯野の跡やかすむらん煙にかへるきゞす鳴也
野辺見ればあがる雲雀も今はとて浅茅に落つる夕暮の空
のどかなる夕日の空をながむれば薄紅に染むるいとゆふ
春の日は灘の塩屋のあま人もいとまありてやくらしわぶらん
嵐吹く花の梢に跡見えて春も過ぎゆく志賀の山越え
植へをきし賤が心は桃の花弥生のけふぞ見るべかりける
谷水の岩もる音はうづもれてすだく河づの声のみぞする
いかなれば咲きそむるより藤の花暮れ行春の色を見すらむ
紅葉ゆへ植へし梢のあさみどり色には秋を思ふのみかは
茂き野と夏もなりゆく深草の里はうづらの鳴かぬばかりぞ
あふひ草秋の宮人かけそへてのどかに渡る賀茂の河水
大井川幾瀬のぼれば鵜飼舟嵐の山の明わたるらん
蚊遣火のけぶりにしづむ山里を人のとはぬもおもひしるらん
澄む月の光は霜とさゆれどもまだ宵ながら在明の空
夏衣へだつともなき袂にも猶よそにこそ風は吹きけれ
うちはらふ扇の風のほどなきに思ひこめたる荻の音かな
煙立つ賤が庵が薄霧のまがきに咲ける夕顔の花
夏の日を誰が住む里にいとふらん涼しくくもる夕立の空
秋近き木ゞの梢に風越えて下葉にうつる蝉の声々