和歌と俳句

藤原定家

一字百首

うつろはぬ色をかぎりにみむろ山時雨も知らぬよを頼むかな

ちりつもる枕もしらず袖朽ちぬはらひなれたる夜床ならねば

もろともに見し夜の月をかごとにて空に心のゆくへ待つとも

音にたてぬ思ひに燃えし秋の夜もまだかばかりの露はしぼらず

明けにけりかざして出づる山かづら人も見るべき光ばかりに

かきすさぶ藻鹽のけぶりとだえしてあはれを残す浦の夕風

蔦かへでしげる山路の村しぐれ旅行く袖に色うつりけり

君にのみおもひをかこつ袖なれど拂ひもあへぬ山の露かな

はまゆふや重なる山の幾重ともいさしら雲の底のおもかげ

釣り船や月にさをさす海士人を頼みても来ぬ旅のねざめに

ゆきかへり浪の上にや年へぬる浮きたる身をばかつ恨みつつ

深き夜を急ぐたもとの露けさは草のまくらの別れなりけり

狩ごろも雪うちはらふ夜を重ね萎れにけりなうつるいろいろ

知らざりし尾上の松にめをかけて過ぎつる浦の程をしるかな

思ひやる君が八千代を三笠山こころのすゑのしるべたがふな

ももしきや照る日の前に取るほこの立つる心は神も見るらむ

古き跡を見ゆづる方のあまたあればいづれの山に庵占めまし

心とてわがものがほに頼めても終のすみかのゆくへやは知る

年を経て心の空にかくれどもあはれはたつる嶺の雲かな