和歌と俳句

飯田龍太

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春の鳶寄りわかれては高みつつ

翁草銀の絮かな祭笛

梅白しかくしやくとして読書癖

夕されば春の雲みつ母の里

夏火鉢つめたくふれてゐたりけり

秋果盛る灯にさだまりて遺影はや

餉につくや父知らぬ子と露の夜を

抱き起す子のあたたかな宵の秋

母と子と灯し睦みて霜の燭

燭寒し身も世も愛の濃かれども

兄逝くや空の感情日日に冬

短日の鴎のひかりに重き海

春蝉にわが身をしたふものを擁き

春の蝉餉をとる母子に遠きより

野に住めば流人のおもひ初燕

泳ぎ子の五月の膚近く過ぐ

咲きいでし花の単色夏に入る

花栗に男もすなる洗髪

農に倦み花栗にほふセルの夜

梅雨の夜の家族に同じ冷凍魚

いつまでも暮天のひかり冷し馬

百姓昼寝熊蜂梁を打つて去る

木菟の谿瞳に甘き灯は妻子の餉

汗の背にはるかな夕日わかちなし

ひぐらしに真近く浴み了る一日

秋めきて中年の美や喫煙室

黒揚羽九月の樹間透きとほり

水族館秋燕むれて雲幾重

秋燕の虚しきまでに日の温み

外風呂へ月下の肌ひるがへす

鷄毟るべく冬川に出でにけり

葱抜くをんな寒の夕焼炉のごとく

母が割るかすかながらも林檎の音

冬山のふかき襞かなこころの翳

炉火熾んかくして母も老いゆく夜

寒の水ごくごく飲んで畑に去る

凍光や帰省す尿を大胆に

霜解けや耕婦大路に哄笑す

襟立てつ深霜の路遠ければ

母子の寐の寒夜の衾ふみ過ぎつ

鶯の夏深く鳴く病舎かな

ひぐらしに病む暁は尊き刻

啼く鳩のところさだめて梅雨の日日

胡瓜のみの妻の餉をみつ火取虫

暑き夜の水ほとばしる病食器

アルミ器を抱へならすも夏暁かな

寺の朝ラッパのごとき夏鴉

萎えし身や照る桑かげの餉をみては

雁鳴くとぴしぴし飛ばす夜の爪

「渋民村」はかにかく遠し雁鳴けば

豆摘む嫗ことに露めく身のまはり

霧ふかく曲燃えいづる夜の窓

かりがねに夜霧をながす嶺幾重

近径の夜風と虫につつまれて

月暈のうす紅さして冬迫る

砂丘冬少女に父の髪ひかる

凍蝶のつかむ草葉ひつぱなす