紺絣春月重く出でしかな
雪山に春の夕焼滝をなす
春暁のはるけく眠る嶺のかず
春蝉に縞目もわかぬ麦畑
入学児脱ぎちらしたる汗稚く
抱く吾子も梅雨の重みといふべしや
青栗の天歓喜して夜に入る
花合歓の下を睡りの覚めず過ぐ
父の眸や熟れ麦に陽が赫とさす
甘藍をだく夕焼の背を愛す
思春期の汗あふれ出づ麦畑
百日紅園児ねむりの刻来る
秋潮の強き面のはるかなり
かまつかに露のいらかの雀どち
露の村恋ふても友のすくなしや
ひとり居の胸に置く掌も露の冷え
満月のなまなまのぼる天の壁
肌荒くして秋風を鳴らす木よ
秋の石あらぬおもひとあたたかく
わが息のわが身に通ひ渡り鳥
露の村墓域とおもふばかりなり
黄金虫うす雲竹のかなたにて
鳴る川と紅葉真紅に明るき恋
満月に嬰児を泣かせ通りたる
炭売女朝かがやきて里に出づ
抱へたる蕎麦にも雪のみだれつつ
麦蒔の一族ひかり異なれり
凍蝶や燭のどこかに子守唄
ゆく年の火いきいきと子を照らす
空若く燃え春月を迎へけり
夕空の春のみどりも食事前
春いまは野にたつ風も身に添へり
春暁の幹もふるさと川鴉
満月のゆたかに近し花いちご
春蝉の鳴く音に逐はれ日をすごす
春めくと雲に舞ふ陽に旅つげり
嬰が泣いて春の星ふる寺屋敷
勤めては三月夢のきゆるごとし
春雷の闇より椎のたちさわぐ
遠蛙跳ねる灯は友の住むごとく
病草城を訪ひ梅を訪ひ春めく陽
熱の子に早鐘打つて遠蛙
夏川の声ともならず夕迫る
大夕焼夜は地に貽るもの多し
夏山に照る瀬ひびくは夕べのため
梅雨の川こころ置くべき場とてなし
親しき家もにくきも茂りゆたかなり
花栗のちからかぎりに夜もにほふ
夏負けて胸乳微に入る西日の中
麦扱機鳴るまた栗の花わめく
麦刈の餉としらるるも遙かかな
梅雨月やじようじようとして蜂の巣に
甘藍を抱き暑をゆけば憎まれず
夏木この家に照りこぞりては去り難く
闇暑しことに隣家をおもふとき
花栗の香に嬉嬉として村を去る
梅雨の花圃またしも父にめぐり遭ふ
蜂の巣をみるとき力なかりけり