scene 9 …


 

 その場で取り決めた「次回の日程」は一週間後。
  別れる間際に問いただしたのは、やはり零士の意中の相手の話だった。だってどんなかなと思うじゃない、気になるわよ。あんまりにも高嶺の花に手を出してたりしたら、「同士」としては心を鬼にして方向転換をさせなくてはならないかなとも思ったし。
「へええ、今年入社してきたばかりの受付嬢なんだ。そういうのって、かなり競争率が高かったりするんじゃないの?」
  ここはもう興味津々で、早速「現物」を確認しに行くことにした。零士の会社は、私のオフィスから地下鉄で二駅ほどの場所。数日後に外回りの途中に丁度その前を通りかかることが出来て、ガラス張りのフロアをのぞき込んだ。
「今時珍しいほど、清楚なイメージの子なんだ。話してみるととても気さくなんだけどな、最初はさすがに構えたよ」
  建物に入ってすぐの受付カウンター、いわば「会社の顔」とも言えるそこに座るのだから普通に綺麗な子なんだろうと想像してた。果たして、私は零士から仕入れていたあれこれを元に素早く「彼女」を特定する。そんなに難しい作業じゃなかった、だって本当に零士の言葉通りそのまんまの子がそこにいたんだもの。
  ―― サラサラの黒髪、色白の肌、人懐っこい笑顔。
  もしかして、とは思っていたけど……ああ、これほどまでだったんだな。何とも複雑な気持ちになって、思わず道ばたなのも忘れて吹きだしてしまった。一緒に歩いていた同僚が不思議そうな顔で振り向く。何でもないよと取り繕いながら、私はすぐ現実に戻っていた。
「良く言うよ、お前の方こそ。あれだけの面構えだったら、引く手あまたじゃないか? かなり苦戦しそうだぞ」
  グラスを手にした零士は、ニコニコと余裕の微笑み。真っ向勝負の返答に面食らうのは私の方だった。
「何? その意外そうな顔は。だってこの間、相手の名前を教えてもらったじゃないか。先日駅前のクリニックで偶然見かけたんだよな。お互いインフルエンザの予防接種の順番待ちでさ。聞き覚えのある名前に顔を上げたら、そいつ志穂の会社の封筒なんか持ってて。『イトダ』なんてそんなにある響きじゃないしね、きっとそうだろうと分かったよ」
「ええと……それって、今週の水曜日?」
  指を折りつつ頷く姿に確信する。そうだわ、それはきっと彼に間違いない。だって直接聞かれたんだもの、この辺りで一番近いお医者さんはどこかなって。今年は忙しくてインフルエンザの注射がまだなんだって困ってた。あのクリニックなら電話予約出来るし、それほど待たなくても接種できる。社内でも利用している人多いんだ。
「志穂の好みも分かりやすいんだよな、集合写真の中からでも一発で当てられたと思うな」
  それはこっちの台詞だよ、と言う言葉が喉のところまで出かかる。でもそのままごくんと飲み込んだ。本当に、何だかなーって感じよね。嫌になっちゃう。どうして零士と私、こんなにも似てるんだろう。
「ひどいなあ、馬鹿にしないでよね。……それより、そっちはどうなのよ? 何か進展あった??」
  遠慮なく突っ込めるのも古なじみの特権。わくわくと身を乗り出した私に、零士は小さく首を横に振る。ま、そんなことだろうとは思ったけどね。何よ、人のことからかってる暇ないじゃない。
  ふふ、じゃあこっちのが一歩リードかな?
「ありきたりだとは思ったけどね、映画の話とかで盛り上がってたわよ。ほら、もうすぐ公開のシリーズ最新作。あれ、是非観に行きたいって言ってた。私、前の二作観てなかったから、速攻でレンタルしてきたわ」
  一呼吸置いてから、心持ち胸を張って話し出す。あー、何てちっぽけな優越感。分かっちゃいるんだけど、こういう「ちょっと」がいいんだな。
  好みの作家や役者、よく観るTV番組。何気ない情報から、実は多くのことを知ることが出来る。彼と共通の話題が増えれば、それだけ会話も弾むわ。
「外回りとかも一緒に行くことが多いし、そういう時に少しずつネタ集めをしてるって感じかな? 彼はこっちに来て間もないし、お店とか人気スポットとかも全然分からないみたいなの。目的地を聞かれても、すぐには最寄りの路線が浮かばないって嘆いてた」
  まあ、それも当然かなと思う。やっぱりこういうのも慣れだしね、ちょっとした「ナビ」に使ってくれるのも構わない。お役に立てるなら光栄ですって感じ? 恥ずかしそうにお礼を言われるのも悪い気がしないわ。
「近くに何人かいてもね、必ず私に声を掛けてくれるの。そういうが今はすごく嬉しいんだ」
  そんなの、ただの自意識過剰じゃん。声には出さなくても、彼のちょっと上がった口端がそう告げてる。でも、全然平気。見栄っ張りだって思われたって、零士が相手なら大丈夫だもの。いつになく饒舌な自分にドキドキして、でもそれがとっても気持ちよかった。
「ほらほら〜っ、湿っぽくならないの! 零士の方も負けじと頑張ってくれなくちゃ、私だってやる気が出ないでしょ? いっぱい注文しちゃったし、まずはどんどん食べて飲もう! それから、色々作戦を考えればいいよ」
  こんなに美味しく食事が出来るのって、本当に久しぶり。
  この頃ではアフターに街に繰り出すときも職場の仲間と一緒だったし、そうなると話はどうしても仕事や職場の人間関係のことになっちゃう。何となく勤務時間の延長って感じで、くつろげなかった。そうは言っても、別の友人とわざわざ待ち合わせするのも時間が合わなかったりドタキャンがあったりで上手くいかないこと多いし。
  お酒に強くないメンバーが揃っていることもあって、行き先はお洒落なレストランが多い。私がビールをジョッキで飲み干す姿なんて、今の仲間はひとりも見たことないと思うわ。『郷に入っては郷に従え』っていうじゃない? 知らないうちに自分が別人のように変わっていたことに今気付く。
  気取りもなく付き合える男友達って、本当に貴重なんだな。
「……志穂は良く食うよな。まっ、それは昔からだけど」
  柔らかく立ち上っていく白い煙。目の前でタバコを吸われるわりに臭わないのは、零士がこちらに向かって煙を吐き出さないからだ。零士の優しさっていつもこんな風に注意深く観察しないと分からないことばっかだな。
  何というかな、あの頃はとにかく余裕がなくてこんな風にゆったりした気分で向き合うこともなかった。
  なかなか近づけない沖田くんとの関係、あまりに思い詰めて暗くなっていたときに零士に誘われたのが裏通りの焼鳥屋さん。何でレディをこんなところに連れてくるのかと心底呆れたけど、あの「隠れ家」での日々はいつの間にか心のよりどころになってた気がする。
  沖田くんのこと忘れたくて、色んな人と付き合った。ううん、他の人と比べたらそれほどの人数じゃないかもだけど。だけどいつもどこかに「違和感」があって、最後までそれを忘れることが出来なかった。
「あのさ、……ちょっと言っていいか?」
  右手でタバコをもみ消して、急に真顔になる。仕事帰りのストライプのシャツ、ネクタイを緩めて一番上のボタンを外して。指先が辿る下顎に、あの頃のような剃り残しはない。それだけ、毎朝気をつけてるってことなんだよね。まー社会人なんだもの、それくらい当然か。
「な、何?」
  いきなりなんだもの、こっちまで緊張しちゃうじゃない。もう、嫌だなあ。思わずおしぼりで手を拭いちゃったわ。
「髪、いつもそんな風にまとめてるのか? 前みたいにそのままたらしてたほうが、らしいのに」
  ―― は……?
  一体何を言われるのかと思ってたのに、拍子抜け。一気に脱力しちゃった。
「そ、そう? この方が、大人っぽいと思うんだけどなあ……」
  まさか零士にこんな風に言われるなんて、心外も心外。そう思いつつ、たった今「剃り残しチェック」をしていた自分を思い出したりしてね。ああ、そうだよね。久しぶりにこんな風に会ってるんだもの「前と違う」部分を零士も私の中にたくさん見つけてるのか。
「別に、本人が似合ってると思うんだったらいいけどね。服装もシンプルになったよな、前はもっとお嬢様っぽくなかった?」
  居酒屋のざわざわした喧噪がBGM。こういうせわしない場所が、本当に私たちには似合ってるなと思う。誰かの高笑い、拍手の音。グラスがボトルが触れ合う硝子音、お皿の積み重ねられる音。
「うーん、そうかなあ……」
  まあね、仕方ないか。在学中は同じ構内にいたんだからすれ違う機会も多かった。四人組が自然消滅したあとも、お互いにお互いの存在を確かめることは出来たはず。そのあと三年近く音信不通のままだったから、色々と「変化」があるのは当然ね。それはお互い様だよ。
「いや、ちょっと思いついただけだから。そんな気にするなって」
  私の視線を軽くかわすと、零士はすぐに話題を移した。
  取引先で偶然の再会をしたかつてのクラスメイトの話、お互い共通の知り合いだから聞いていて面白い。みんな学生時代とは畑違いの場所でも頑張ってるんだなって、感動しちゃう。ふうん、学生時代は自転車で全国縦断した彼が、今では研究職のプログラマーか。真面目くさった白衣姿なんて、絶対に想像つかないわ。
  まだ三年、もう三年。
  一週間ぶりの約束の日、零士と会って驚く。一体、私は七日間もの間に何をしていたんだろうって。平日は仕事をして、休日は家のことを片付けて買い物に出掛けたりして。だけど、目の前のことを必死でこなしていると本当にあっという間なのね。
  そろそろ年末慌ただしい頃、巷で「今年一年の〜」というフレーズを耳にするたびに足踏みしたまま通り過ぎてしまった時間を口惜しく思ってしまう。駄目だよ、こんなじゃ。また一年、あっという間に過ぎちゃう。それが嫌だからって、思い切ったのに。また半月も無駄に過ごしてしまったわ。 
「―― 結果、出さなくちゃね」
  盛り上がる話を遮るように、ぽろっと言葉がこぼれ落ちた。懐かしさにしがみつく日々はもう卒業。この先は前進あるのみ、目標に向かって一直線に走り出さなくちゃ。
「そうだな……」
  怖いよね、やっぱり。自分から働きかける恋は、失敗したときのダメージが無限大。でもそれを恐れていたら、いつまでも始まらないよ。そうだよね、せっかく思い切ったんだもの。
「頑張ろうね、零士」
  ひとりじゃ乗り越えられない壁も、ふたりでだったら平気。もしも私が転んだら、零士になぐさめてもらおう。そのための「同志」だよ、私たちはいつだってふたり分喜んでふたり分泣くんだ。

「今日はいい知らせが出来るよ?」
  そんなこと、言われる前から分かってた。だって、普段通りのはずのメールの文面がどこか浮かれてる。長い付き合いなんだよ、些細な変化だってすぐにチェックしちゃう。
「ふうん、そうか」
  軽く返答しながら、私の口元も緩んでくる。ごめん、このふわふわの足取りでこっちの心内も全てばれてるかもね。
「じゃ、ジャンケンしよ。どっちが最初に報告するか」
  私の勤務する会社は、オフィス街のまっただ中にある。
  周囲を見渡しても、同じような背高のっぽのビルがどこまでもどこまでも続いているだけ。「娯楽」からは程遠い、ある意味理想的な勤務地だと思う。その分、ランチをとるお店を発掘するのとかかなり大変なんだけどね。出張販売のお弁当屋さんとか、この界隈に来たらすごい儲けになるはずよ。
「この辺って、映画館どこが近いの?」
  得意先回りを無事終えての戻り道。訪問先でかなりの手応えを感じて、ふたりとも上機嫌だった。刷り上がったばかりの新しいパンフレット、来期に売り出す新商品をリストアップして説明する。今回は大幅リニューアルの品物が多かったから相手の出方が心配だったけど、何だかいい感じに進みそう。前向きな質問をいくつも頂戴して、これからさらに忙しくなりそうだ。
  ―― 来た!
  思わず心の中でガッツ・ポーズ。そうだよね、新作の公開はそろそろだもの。気になるのも当然だわ。
「うーん、そうね……」
  この時のために情報収集はすべて終えていた。映画館って言ったって、ピンキリだもの。それなりの料金を払うんだから、手軽さに加えて快適さも手に入れたい。ふたつみっつと候補を上げていくと、彼はひとつひとつ頷きながら確認する。どうしよう、切り出すなら今かなとタイミングをうかがっていたときだった。
「望田さんだったら、どこが一番行きやすいかな。……良かったら、週末にでも一緒に行かない?」
  ひときわ大きく胸が高鳴る。待ちに待ったそのひとことを、思いがけない表情で受け取るのが難しかった。
  そりゃあね、それなりに餌も撒いたし。「私も観たいな」って気持ちは絶対に伝わってるとは思ってた。でもでも、こういうのってすごく嬉しい。単なる同僚としての誘いだとしてもね。
「わあ、良かった。友達とも予定が合わなくて、ひとりで行くしかないかなとか思ってたの」
  何気なくそう伝えながら、心臓はばくばく。ああ、どうしよう。こんな風にとんとん拍子に話が進んだら、気持ちが先走りしてどうにかなっちゃいそうだ。ストップストップ、そんなに浮かれちゃ駄目。ここは慎重に行かなくちゃ、だって「一世一代」の大勝負になるんだもの。
「そう、じゃあ席も予約しておいた方がいいね。今からでもモーニングショーなら空きがあるかな?」
  彼は携帯を取り出すと、手慣れた仕草で検索を始める。嬉しいな、口から出任せとかじゃなくて本当に誘ってくれてるんだ。画面を見つめる真剣な顔がいつもよりもさらに凛々しく思える。
  ―― そうか、始まるんだ。
  心を満たしていく、瑞々しいトキメキ。やっぱそうだよね、こんな風にドキドキわくわくしてスタートしなくちゃ本物じゃない。まだまだ、チャンスの先っぽに指が引っかかっただけ。でも大丈夫、絶対にこの恋を掴み取ってみせる。
「こっちが一歩先に出たかと思ったのに、志穂はさすがに手強いな」
  そう言う零士だって、意中の彼女との約束をしっかり取り付けていた。
「彼女のご両親が結婚二十五周年を迎えるんだって、銀婚式っていうんだっけ? それで記念に庭に何か植えようと言うことになったとか。ほら、俺は学生の頃にホームセンターでバイトしてて造園とかやってたし。その話をしたら、是非一緒に選んで欲しいって」
  頭をかきながら報告する笑顔がとろけそう、こっちまであてられちゃいそうだ。
「相変わらず面倒見がいいんだ、でも『気働きの男』で終わらないように気をつけてね」
  私のジャブを軽くかわして、零士は小さく笑う。約束した日付までが同じなんて、私たちってどうなってるんだろうね。こんな風に何もかもを並んでクリアしていくのかな、何だかとってもこそばゆい。
「んじゃ、お互いの報告が済んだなら食事にする? ええと……何にしようか。志穂からリクエストはない?」
  そう言いつつのぞき込む表情に、ちょっとだけ「ひっかかり」を感じていた。
  普段だったら見過ごしてしまうような些細な揺らぎ、喉奥に突き刺さった小さな小さな魚の骨のような違和感。せっかく喜びに浸ってるところでこんなこと言ったら迷惑かな……、一度はそんな風に思ったけどここは勇気を出して。おなかにぐっと力を込めながら、口を開く。
「たまには零士が決めてよ、そう毎回毎回こっちに訊ねてこないで。主導権の取れない男は情けないよ」
  うーん、そうなんだよ。だいたいね、零士って優しすぎるんだと思う。相手の気持ちを思いやるあまりに、自分の主張をなかなか口に出来ない。
  だから上手くいかないんだよ、優柔不断な態度は女の子を不安にさせるもの。こちらの言い分を聞いてくれるのは有り難い、でもそれも度が過ぎれば問題よ。肝心なときに守ってくれないんじゃないかなとか、心配になってくるのよね。
  それでも昔よりは、美春や沖田くんと四人でつるんでいた頃よりは頼りがいが出てきたと思うよ? でももっと頑張ろうよ、いくつも年下の彼女だったら特に「守られてる」って立場に憧れるはず。
「え、そうか? でも……」
  それまでの和やかな空気が一掃。急にマジなこと言い出したから、驚いたのかな? 零士は私の挑発に目をぱちくりさせてる。しどろもどろに返答しかけたものの、その後がなかなか続かない。
「そりゃあね。食べ物には好みがあるもの、自分が全然口に合わないものだったら困るわ。でもそう言うときはちゃんと断れると思うよ、だからとりあえずは無難なセンで提案してみればいいんじゃない? そのためには、ある程度の情報収集も必要だけどね。いちいち『どうする?』ってお伺いばかり立てられたら、嫌になっちゃうよ」
  やっぱり何事も「つかみ」が肝心、最初のデートできちんと自分を売り込めればその先が一気に楽になるような気がする。だから私たち、今回は相当に頑張らなくちゃならないよ。うだうだ言ってる暇なんてないの。
  零士はそりゃ気の置けない友達だけど、だからといって今まで包み隠さず何でも話していた訳じゃない。
  私が彼に対して感じた「イマイチ」な部分、でもそれも全部ひっくるめて「個性」だと思ってたし急いで修正するようなこともないと思ってた。気弱な零士なら、気弱なままでどうにか世の中を渡っていけばいいんじゃないかなとか? それで損をすることもあるだろうけど、致命傷になるほどのものでもない気がしたしね。
  だけど、今度ばかりはそんな「馴れ合い」のままじゃ駄目。今一歩で出せる勇気なら、自分で意識してでも引っ張り出した方がいいと思う。
  私たち、ずっと「上手くいかない恋」ばかりを繰り返してきた。やっぱり、どこかに自分自身でも気付かない欠点があるような気がする。ほんのちょっとのきっかけで変わることが出来るなら、頑張らなくちゃ。
「最初から強引に引っ張るのが不安なら、ふたつの候補を出してどちらかを選んでもらうのもいいかもね。三つ以上になると相手の彼女が混乱しちゃうから、二者択一がいいと思う」
  ―― 私、もしかして変なことを言ってるのかな?
  こちらを見つめる零士の眼差しに柔らかさが消えて、ヤバイかなと思った。男って生き物は自尊心の塊で出来てるとか言うものね、あんまりストレートに突っ込んだらさすがの優男もカチンと来るかな。
「……それだけのことで上手くいくかよ、他人事だと思って簡単に言ってくれちゃって」
  そう呟いた言葉には少しばかり棘があったけど、零士の頬は元通りに緩んでいた。
「他人だからこそ、冷静な分析が出来るんじゃないの。舞い上がるのも分かるけど、あまりテンション上げすぎてひっくり返ったら大変よ。お互い年齢と経験を積み重ねた分、ココを使わなきゃ」
  いつもは自分に対して言い聞かせてる言葉たち、こんな風に誰かに声に出して伝えることになるとは思わなかった。
  相手にこうして欲しいとか、こうなったらもっといいのになとか。いつもだった頭では考えてもすぐに飲み込んでしまう気持ち。改めて口にするのはとても勇気がいるものなんだな。
「そっ、そりゃあさ……私だってどうすれば上手くいくかなんて分からないし。正直、不安でいっぱいなんだけどね」
  約束の日まで、三日しかない。
  だけどまだ、着ていく服すら決まってない私がいる。シックに決めるか、可愛い系に走るか。それによってメイクも髪型も変わってくるし。新しく新調しようとは思ってるけど、お店に行ってもひとつに決められなくてあちこち目移りするばかりなの。彼の好みから大きく外れたら、そこでアウトになりそう。どんな服が好みなんだろうなあ、全然見当つかないし。
「ふうん、それじゃあお互い様だな。俺もどうにか約束を取り付けたところまでは良かったけど、そのあとが思いつかなくてさ。当日はどんな風にしようかなとか、実はかなり煮詰まってた」
  どちらからともなくこぼれた、力ない笑い。
  あーあ、もう。情けないったらないね。いくら「同盟」結んだところで、ここまで思考回路がそっくりじゃ駄目じゃない。鏡に向かって話してるのと同じだよ。このままじゃ、最悪共倒れってこと?
  困ったねー、どうしようねーって言い合ってるばかりじゃ埒があかない。かといって、どうしたら零士が上手くいくかなんて私に思いつくはずもない。今回はどうしても外せない―― そんな気負いが自分自身を追いつめていく。ひとりでいても零士といても、ぐるぐると出口のない物思いが続くだけよ。
「そうだよねー、この段階で職場の友達とかに相談できるはずもないし。学生時代の友達だったりすると、さらに興味本位に盛り立てられそうで面倒だわ」
  だから、結局は零士しかいないんだよ。情けないけど、それが現状。
「最終的には自分でやりたいようにやるしかないんだよな、だけどそれが一番難しいんだよなあ。自分本位で突っ走ると、すっ転びそうだし。彼女からどんな風に見られるかが心配なんだよな……」
  駅から真っ直ぐに伸びた大通り。
  行き交う人々の頭上には一足早いクリスマスのイルミネーションが輝いてる。幾重にも流れていく光の帯。今年はどんな風にイヴを過ごすことになるんだろう、私の心の中で期待と不安が交互に点滅する。
「―― そうか」
  しばらくはふたりして光の流れをぼんやりと目で追っていた。TVのニュースとかで話題になる豪華な飾り付けには程遠く、ただ街路樹に適当に巻き付けただけのもの。すぐ脇で車道を流れる車のライトの方がよっぽど眩しいよな……そう思えてしまうのが悲しい。
  私と少し離れたところに立つ零士。薄暗くなったその頬の右から左へ、光が通り過ぎていく。それを何度か見送ったあと、彼は白い息を吐き出しながら言った。
「前日、土曜日だろ? 予行練習してみないか」
  ……は?
  すぐには言葉の意味がくみ取れない。訝しげに見上げる私に、零士は得意の照れ笑いで応えた。
「当日自分がやりたいように、その通りに振る舞ってみるんだよ。おかしいところがあれば、その都度お互いに指摘し合えばいい。ひとりであれこれ考えているよりも、よほど効率がいいと思うけど?」
  耳をかすめていくクリスマス・ソングは多分誰かの携帯の着メロ。気早にイベントを待つ雑踏の中で、置いてきぼりの私たち。
「……まあ、やらないよりはマシかな?」
  気付けば、独り言のように呟いてた。 一呼吸置いて、零士は「行こうか」と歩き出す。
  ありきたりのベージュのコートは、気にしてないとすぐに見失ってしまう。はぐれないように、慌てて後に続いた。

 

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