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… 「片側の未来」☆樹編 …
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 目の前には今年も文化祭最終日に行われる人気コンテスト「ミス・西の杜」にエントリーされている美少女。ルックスは言うに及ばず、成績も運動神経もそれから芸術面もひととおり網羅してなくちゃならないんだって聞いている。

 あんまり完璧すぎる人間がそばにいると自分のふがいなさが際だって、ことに同性は嫌だなと思う。とびきり可愛い子のそばにいるのは同レベル以上の子か、彼女の友人であることで恩恵を得たいと思う子のどちらかだろう。引き立て役やぱしりになる覚悟のない人間には縁のないポジションだ。

 私にとっては、とても遠い存在だった彼女。こうして面と向かって言葉を交わしているだけでとても不思議な気分。

 

「へえ、……そうなの?」

 馬鹿だなあと思うんだけど。これが私の素直な反応だった。確かに意外な言葉ではあったけど、だからなんてことはない。ああそうかも知れないなとか、逆に納得したくらいだ。どうして今までそんな考えに至らなかったのか不思議な気もした。

 そんな私の反応が面白くなかったんだろう。明日美さんは眉間の辺りをぴくぴくっとはっきり分かるほど痙攣させた。

「何よそれ、人のこと馬鹿にするんじゃないわ。こっちが親切に教えてあげてるのに、簡単にあしらわないでよ。それとも、驚きすぎてすぐには反応できない? ……まあねえ、あなたくらいお気楽なら、自分が愛されてるとか錯覚しても不思議ないわね。ああ、だから恋愛初心者はやりにくいのよ」

 そう言う彼女は、自分がよほど恋愛に長けてると言いたいのだろうか。そりゃ、私よりは遙かに華やかな人生を歩んできたでしょうよ。これだけ可愛ければ、あっちこっちからお声が掛かるだろうし、多くの中からひとりを選ばなくちゃいけない苦労も何度となく味わったはず。そう言う意味では、明日美さんは槇原樹と同類だと思う。

「何度も言ってるでしょ? 樹くんはあなたのことが本当に好きで優しくしてくれているんじゃないの、あんなの彼にとってはただのボランティア。早く気付かないと、傷つくのは自分なんだからね」

 

 必死で説得してくれてるのは分かるんだけど。根本的にね、違うのよ。だから「はい、そうですか」とは言えない。

 ――どっちかというとおちょくっているというか。ただいたぶって楽しんでいるというか。

 カモフラージュにされてるのは最初から知ってるし、別に何とも……だと思うんだけど。ああ、でも。彼女らしく振る舞うのも彼との「契約」なんだから、ここは少しうろたえた方がいいのかな。でもなあ、どうやって思ってもない反応をすりゃいいのよ。残念ながら、奴のような演技力はないんだから。

 

 ごちゃごちゃ考えていたら、明日美さんはふうっとまた大袈裟な溜息をついてる。

 私、思ってることが顔に出にくいって言われるからな。また彼女にいいように解釈されてる気もする。このおっとりと構えているように見える性格のせいで、中学の頃の「いじめ」が長期化したんじゃないかなって思うもん。

「樹くんって、私と一緒にいるときも時々、心ここにあらずって感じになったよ。それで確信したの、ああそうなんだなって。まあ、ナルちゃんだから、自分に酔ってるのもあると思う。でも、それだけじゃなくて、なんて言うかな……練習台に使われてるみたいな気もしたのよね。すごい腹立つじゃない、よりによって私を踏み台にするなんて。いい加減にしろって感じよね」

 あああ、本気で怒ってるわこの人。すごいなあ、自分に自信がある人って、こんな思考回路が出来るのね。今まできっと、選ぶことはあっても選ばれる立場になることなんてなかったんだろう。

「あ、だからね。とにかく、小杉さんは早く樹くんから離れてよ。次のバレー部の子たちも馬鹿じゃないもん、すぐに気付くはずよ。そんな風にして、どんどんターゲットが絞られていけば、いつか現れるはずでしょ? ……樹くんのマドンナ。会いたいのよね、その人に。もしもたいしたことない相手だったら、こてんぱにしてやるの」

「は……、はあ」

 また明日美さんの気分を害してしまうかもとは思った。けど、仕方ないでしょ? なんかもう、すごいんだもん。槇原樹も馬鹿よね、同じカモフラージュなら、この人を使えば良かったのに。その方がずっと長持ちしたと思うよ。たとえゾウに踏まれてぺしゃんこになったとしても、立ち直れそうな思考回路。

「ね、悪いことは言わないわ。早く樹くんと別れてよ、思い上がるのもいい加減にしたほうがいいわ。あなたみたいな鈍くさい子がボロボロになるのは、やっぱり見てらんないもの」

 

 私は下唇を噛んだ。

 言われてることは分かる、何をすれば明日美さんが納得してくれるのかも。そして、そうしてしまった方が私にとってもよっぽど有益だということも。突っぱねない方がいいのよ、長いものには巻かれろって言うしね。全部、分かってるのに、この心に引っかかっているものって何だろう。

 

「――同情してくれるのは、大変有り難いのだけど。悪いけど、私降りるつもりはないから」

 大きく息を吸って吐いて。それから一気に言い切った。

「なっ……!?」
 明日美さんにとっては、信じられない言葉だったんだろうな。もうこれ以上見開くと大きな目玉が飛び出してくるんじゃないかと怖くなるくらいの表情で私を見つめてる。

「小杉さん、あなたって馬鹿? もしかして、もっとわかりやすい言葉で言わないと通じないのかしら。その変な自信がどこから出てるのかは知らないけど、あまり自分を過信しないことよ。粋がってたって、上手くいくわけないんだから」

 小さなピンクの唇が発する言葉を、私はぼんやりと受け止めていた。

 ――なんて言うかな、うん。自分でもそりゃ、分かってるわよ。けど、乗りかかった船だから、降りるのもしゃくなの。「彼女」の座が惜しいんじゃないわ、今の立場を利用しないと奴の近くにはいられないんだから仕方ないでしょ?

「もういいかな、私用事があるんだから。ご期待に添えないのは申し訳ないけど、いい加減、放っておいてくれない?」

 そうよ、私はクラスの男子に言付けを頼まれていたんだから。さっさと済ませて教室に戻りたい。さっきのアクセサリーを作り終えたら陳列するって言ってたもん、手伝わなくちゃ。

「ちょっとね〜っ! 逃げるんじゃないわよ、小杉さ……」

 

 まだ食い付いてくる明日美さんが、そう叫びかけて止まる。私を素通りしてさらに遠くを見てる視線につられて振り返った。――そこに立っていたのは。

「何だ、聞き覚えのある声がするなと思ったんだ。やっぱり、明日美ちゃんかぁ……」

 もう、何というかな。その台詞を聞いた途端に、彼女の顔がぱっと明るく輝いた。もう、目の前の私なんて、アウト・オブ・眼中で、突き進んでくる。とっさに身の危険を感じて避けたけど、そうしなかったら絶対に正面衝突してたわよね。

「樹くぅん、お久しぶりっ! なぁに? 楽しそうなお話をしているなら、私も混ぜて欲しいな。宏美ちゃんばっかり、ずる〜いっ!」

 こ、声のトーンも変わってるぞ。まーったく、何がどうなっているんだか。もちろん奴の隣をしっかりと陣取っていた中等部の彼女の方は面白くなさそうな顔をしたわよ。でも、すぐに思い直したようで、にっこりと微笑む。で……、槇原樹本人も、いつもの微笑みで応えてる。

「ふふ、宏美ちゃんは中等部の生徒会役員だし、いろいろと情報交換がね。別に明日美ちゃんをないがしろにしている訳じゃないんだ、こっちこそ久しぶりで嬉しいよ。今日は彼が一緒じゃないんだね、なんだかもうアツアツで声もかけられない感じでさ……」

 へえ、やっぱり絵になるなあ、美男美女。そんな風にぼーっと目の前のやりとりを眺めていたけど、しばらくしてとんでもなく矛盾を感じた。

 

 ――ちょっと、どういうこと? 何でここで、私がスルーされるのよ。

 もしかして、槇原樹は私の存在に気付いてないのかしら。ううん、そんなはずないわよ、ばっちり目があったもん。それなのに、何で明日美さんの方を呼ぶのよ。柱の影にいたから、私が彼女にやりこめられてたのを知らないのは仕方ないとしても……でも、ひどいじゃないの。

 完全無視を決め込まれて、私は何故かとても腹立たしい気分になっていた。別にいいのに、奴なんて放っておいても。こっちに矛先が向かないなら、その方が嬉しいわよ、正直言って。

 

 もう、馬鹿馬鹿しくなってきて、気が付いたらすたすたとその場を離れていた。

 楽しいおしゃべりが続いてるなら、それでいいわ。奴が見つからなかったことにしよう。ああ、私はどうしてむかついてるの? さっき、あんなに明日美さんに罵倒されたときには全然平気だったのに。ただ一瞬、奴に無視されただけでこんなに悔しいなんて。
 元カノなんて、私が気付かなかっただけで、この学園にはいっぱいいるんだもの。今までだって、あんな風に楽しげにしている場面はいくらでもあったはず。ただ、私がそれに気付かなかっただけで。

 だけどさあ、分からないわ。

 ――本当に、知らないの? 薄々は感づいているんじゃないのかしら……? 明日美さんほどじゃないにせよ、他の歴代彼女さんたちだって、裏に回れば奴のことをなんて言ってるか分からない。それなのに、あんな風に優しい笑顔なんて向けちゃって。馬鹿じゃないの、全く。
 ナルちゃんだって、言われてたんだよ。あんたが周囲の人たちに優しいのは、結局自分を良く見せたいだけなんだって。そりゃ、そうかも知れないよ。あんた、天才なんでしょ? 要領だっていいから、普通の人の何倍も仕事しちゃうし、周囲だって期待するし。それをどんどんこなしていい気になって、それで楽しい? みんなあんたの本当なんて、どうでもいいんだよ。

 一生そんな風に空回りを続けるつもりなの? 学校でも家でも、完璧な「槇原樹」を演じて。本当にピエロだよ。白塗りでアフロなかつらをかぶってない普通の姿の彼の方が、よっぽど滑稽に見える。

 どうして見せないのよ、本当の自分。私についてるみたいな悪態を、他の人にも吐きだしてみたら? あんただって、そんないい人じゃないはずよ。上っ面ばかりじゃ、今に駄目になっちゃうよ。――ああ、でも。私に見せてる彼が本物だって保証もどこにもないのよね。もしかしたら、奴は私に対しても完璧な「演技」をしているのかも知れないし……。

 

 もうひとつ、分からないこと。

 何故、私は奴のことに対して、こんなに腹を立ててるんだろう。

 


「おい、――シカト決め込んでるんじゃないだろ? なんか用でもあったんじゃないのか」

 廊下を突っ切って、ドアの向こうの非常用階段を降りかけたら、背中に声が追いついた。思ったよりも早い。あの彼女たちからどうやってこんなに早く逃れたのかしら……?

「別に。……歩いてたら、偶然にあそこに辿り着いてたんだもん。用事なんてないから、帰る」

 ああ、何で。何でこんな言い方するんだろう、私は。頭の中がごちゃごちゃ。いつもの奴の言葉なのに、必要以上に突っぱねてしまう。口惜しい、これも槇原樹の作戦なの? そんな手には乗らないから。

 

 鬱陶しいからどんどん階段を降りていくのに、奴は私と同じリズムでくっついてくる。試しに私が立ち止まって、そのまま階段の一段にどっかりと座ったら、奴もちゃんと5段くらい上の段に腰掛けた。

 何くつろいでるのという感じだけど、まあいいわ。こいつにはいい加減、言いたいこともあったし。

 

「……ふうん、そう。ならいいけど」
 そう言いつつ、にやにやと笑ってる。そして、さらにこんな風に続けるのだ。

「お前って、やっぱり間抜けだな。明日美ちゃん、だいぶ怒らせただろ。どうせ、早くお役御免になりたくて、正面切って彼女に突進したんじゃないのか? あのなあ、少し考えれば分かるだろ。元カノにお前が突っかかれば、絶対に諍いになるの。もしも彼女を味方に付けたければ、もうちょっとしおらしくしないと駄目だろ。
 ――そうだなあ、たとえば『このごろ、樹くんが冷たくて……私じゃ駄目なのかしら?』とか泣きを入れた方が、絶対に効果的だったぜ。要領の悪い奴は、これだから困るよ。もうちょっと、ここを使えよな、ここを」

 自分の額の辺りを指でつんつんしてる。ようするに「頭を使え」って言いたいんだろうな。それにしても、ひどい言い方。あの、宏美さんや明日美さんに対する態度とどうしてこんなに違うの? 私は最初からどうでもいい存在だから、こんな風にぞんざいに扱ってもいいと思ってるのね? ああ、腹立つ。なんだか分からないけど、すごく嫌な気分。

「――何よ、言いたいこと言って。そりゃあさ、あんたに比べれば、私を含めて大抵の人間は馬鹿に見えるでしょうよ。そんな風に人を見下して、楽しい? そんなことをしてるから、うち解けて付き合える友達もいないんじゃないの……?」

 

 私はその瞬間、自分の言葉に自分で驚いていた。

 何言ってるんだろう、一体。槇原樹の周りにはいつだってたくさんの人間がいるじゃないの。にぎやかな笑顔の中心にいつも奴はいる。誰もが楽しくなりたくて、奴の周りに集まってくるんだ。

 ……だけど、本当にそう?

 確かに男子と女子は違うから、私の考え方にすべてを当てはめては駄目だと思う。けど、よくよく考えてみれば、槇原樹が付き合うのは、いつもなんかしらのしがらみのある人間だった気がする。私の知っている限りではすごく親しい仲間とかいないみたい。確かにカリスマ的存在で、周囲からは一目置かれているから、それは仕方ないのかも知れないけど……やっぱ、普通じゃないよ。
 人徳があるからクラス委員で、生徒会役員で。バスケが上手いからレギュラーになって。周囲が期待すれば、それに応えようとしてしまうのが彼じゃないだろうか。そして、落とし穴は器用すぎる彼の本質にあった。普通は誰でもどこかに欠点があるものなんだけど、奴の場合はすべてを完璧にこなしてしまうから隙がない。何でも出来ちゃうから、逆に存在感が希薄になってる……?

 そうよ、だからこそ。「木曜日の秘密」だって、誰も知ろうとしなかった。もしも、「人間」としての彼に興味があれば、最初にそこんとこが気に掛かるはずなのに。こいつにエアポケットを与えてしまうことで、さらに遠い存在にさせていたのではないだろうか。逃げ場があるから、駄目なんだ。でも、……いつまでこんな風に逃げ回ってる訳にはいかないでしょ? 本当は寂しいんじゃないの……?

 

 ――甘いマスクの下。ちゃんと赤い血が流れてるってきちんと認識している人間が、彼の周りにはどれくらいいるだろう。

 

「……面白いこと言い出したな、薫子は。どうした、文化祭前のゴタゴタで気が立ってるのか?」

 槇原樹は全然動じない。私の言葉になんて、絶対に傷つくはずもないって感じ。でも、こいつが完璧であればあるほど、何故か突き崩してやりたくなる。必死で守っている「仮面」を引っぺがしてやりたい。「見てると気持ちいいから、幸せになれるから」なんて観客に都合のいいばかりの役者でいたら、いつか本当のピエロになっちゃう。

「――あんたさ、」

 私はよっこいしょと立ち上がった。そして、また階段を降り始める。するとやはり、後ろの奴も立ち上がって、付いてきた。

「もういい加減、やめたらどうなの? 自分では格好良くしてるつもりなのかも知れないけど、端から見たら滑稽だよ。元カノとあんな風に親しげにするのも信じられない。よくもまあ、振られた相手にあんなに優しくできるわよね。結局は都合良く扱われてるの、分からない?」

 あんたのこと、ボロクソに言ってた女子なんだよ? それなのに、情けなくないのかしら。ああ、私の方がこんなに腹立てて、嫌になっちゃう。

 頭の中を出来る限り整理しながら話しているつもりなんだけど、我ながら要領得ない感じ。大事な部分をわざとはぐらかしているから、上手くいかないんだ。

「何言い出すんだよ、いきなり」
 案の定、奴はいつもの人を小馬鹿にした口調で言い返してくる。

「お前、自分が何言ってるのかよく分かってないだろ? まずは考えてることを紙に書いて声に出して読んで、推敲を繰り返してからにしてくれよ。俺みたいな多忙な人間が、出来の悪い彼女のために時間を割いてやってるの、分からない? ……それとも、もしかして。これも嫌われるための作戦かな」

 ひどい、どうしてここまで言えるんだろ。使い捨てぞうきんだって、もうちょっとまともに扱われる気がする。何で、分かってくれないのよ。私はあんたのことを心配してやってるのに。何でそれに気付かないのよ。

「あのねえ。そこら中でいい顔ばかりして、無理難題を押しつけられてもどうにかするとか安請け合いして。ただの便利屋になってるの、分からない? そんな風に努力したって、全然いいことないわ。
 だいたいさ、みんなだってあれなんじゃないかな。あんたにくっついてる『槇原ブランド』、それに惹かれているだけなんでしょ? ああ、あんたもそうなのかもね。何よ、ウチの兄のこといろいろ言ってくれちゃって。人のふんどしで相撲を取ってるのは、そっちも同じじゃないの……!」

 

 なんだか、言い出したら止まらなくなった。

 口惜しさが爆発して、そのまま噴き出してるみたい。途中から、自分でも何を言ってるのか分からないほど。でも、頭の中がごちゃごちゃになりながら、それでも私は待っていた。そう……待っていたのだ。その瞬間を。

 

「……ふうん、よく分からないけど。別に俺、我慢も苦労もしてないし。だいたい、そんな言葉も嫌いだしさ。薫子も、もう少し落ち着きなよ。それ、人にものを言う態度じゃないよ」

 だけど、階段の踊り場から私を見下ろしている男は、あっさりとした口調でそう言い切った。面倒くさそうに、前髪をかき上げて。それからまた、くすりと笑う。

「やだなあ、もしかして本気で妬いてた? 嫌がっている振りして、結構本気になってるんじゃないの。さっきの振り向いたときの目なんてすごかったよ、さすがに可哀想にだったかな……?」

 首をすくめて、困りましたなーって感じにおどけてる。

 しかし、その姿を見たことで、私の中の怒り指数は急上昇。あまりの斜めカーブが自分の心じゃないみたい。手の甲が真っ白になるほどの握り拳を身体の脇で左右に作り、私は噴き出す感情のままに奴を見上げた。

 

 ――どうして、この期に及んでおちょくるのよ。こっちはすごくまじめに話してるのに、何でわかってくれないの?

 

 最初から、敵う相手じゃなかったんだ。なのに何故、私はこんな風に気を揉んだりしたんだろ。ちらっとかいま見られた気のしたこいつの「真実」が心に引っかかって。自分がお節介なのは分かってる、まったく、明日美さんが言うように、全くの馬鹿よ、大馬鹿者よ。

「なっ、何よっ! そんな風に格好ばっか付けちゃって……!」

 涼しげな視線を相手にひとりで熱くなってるほど間抜けなことはない。どこにぶつけたらいいのか分からない怒りがおなかの中でぐるぐる回って、とうとう頭のてっぺんを突き破った。

「あんたなんて、嫌いっ、もう嫌いよ。大嫌いなんだからっ……!」

 

 ふんわりと湿り気を含んだ風が吹き込んでくる。何事もなかったかのように、それは静かに二人の間を通り過ぎていった。




 

2004年10月22日更新

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