明日香清御原宮御宇天皇代
天渟中原瀛真人天皇謚曰天武天皇
明日香の清御原宮に天の下知らしめす天皇の代
天渟中原瀛真人天皇、謚して天武天皇といふ
十市皇女薨時高市皇子尊御作歌三首
十市皇女の薨ぜし時に、高市皇子尊の作らす歌三首
三諸之神之神須疑已具耳矣自得見監乍共不寝夜叙多
みもろの三輪の神杉已具耳矣自得見監乍共寝ねぬ夜ぞ多き
神山之山邊真蘇木綿短木綿如此耳故尓長等思伎
三輪山の山辺まそ木綿短木綿かくのみゆゑに長くと思ひき
山振之立儀足山清水酌尓雖行道之白鳴
山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく
紀曰 七年戊寅夏四月丁亥朔癸巳 十市皇女卒然病發薨於宮中
紀に曰く、七年戊寅の夏四月丁亥の朔癸巳に、十市皇女、卒然と病發りて宮中に薨ず
天皇崩之時大后御作歌一首
八隅知之 我大王之 暮去者 召賜良之
明来者 問賜良志 神岳乃 山之黄葉乎
今日毛鴨 問給麻思 明日毛鴨 召賜萬旨
其山乎 振放見乍 暮去者 綾哀
明来者 裏佐備晩 荒妙乃 衣之袖者 乾時文無
やすみしし 我が大君の 夕されば 見したまふらし 明け来れば 問ひたまふらし 神丘の 山の黄葉を 今日もかも 問ひたまはまし 明日もかも 見したまはまし その山を 振り放け見つつ 夕されば あやに哀しみ 明け来れば うらさび暮らし あらたへの 衣の袖は 乾る時もなし
一書曰 天皇崩之時太上天皇御作歌二首
一書に曰く、天皇の崩りましし時の太上天皇の御製歌二首
燃火物取而■而福路庭入澄不言八面智男雲
燃ゆる火も取りて包みて袋には入るといはずやも智男雲
向南山陳雲之青雲之星離去月矣離而
北山にたなびく雲の青雲の星離れ行き月を離れて
天皇崩之後八年九月九日奉為御齋會之夜夢裏習賜御歌一首 古歌集中出
明日香能 清御原乃宮尓 天下 所知食之
八隅知之 吾大王 高照 日之皇子
何方尓 所念食可 神風乃 伊勢能國者
奥津藻毛 靡足波尓 塩氣能味 香乎礼流國尓
味凝 文尓乏寸 高照 日之御子
天皇の崩りなしし後の八年九月九日の奉為の御齋會の夜に、夢の裏に習ひ賜ふ御歌一首 古歌集中出
明日香の 清御原の宮に 天の下 知らしめしし
やすみしし 我が大君 高照らす 日の御子
いかさまに 思ほしめせか 神風の 伊勢の国は
沖つ藻も なみたる波に 塩気のみ かをれる国に
うまこり あやにともしき 高照らす 日の御子