和歌と俳句

万葉集

巻第二

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   日並皇子尊殯之時柿本人麻呂作歌一首并短歌

日並皇子尊の殯宮の時に、柿本人麻呂が作つ歌一首并せて短歌

天地之 初時之 久堅之 天河原尓  八百萬 千萬神之 神集 集座而  神分 分之時尓 天照 日女之命一云指上日女之命  天乎婆 所知食登 葦原乃 水穂之國乎  天地之 依相之極 所知行 神之命等  天雲之 八重掻別而 神下 座奉之  高照 日之皇子波 飛鳥之 浄之宮尓  神随 太布座而 天皇之 敷座國等  天原 石門乎開 神上 上座奴一云神登座尓之可婆  吾王 皇子之命乃 天下 所知食世者  春花之 貴在等 望月乃 満波之計武跡  天下一云食國 四方之人乃 大船之 思憑而  天水 仰而待尓 何方尓 御念食可  由縁母無 真弓乃岡尓 宮柱 太布座  御在香乎 高知座而 明言尓 御言不御問  日月之 數多成塗 其故 皇子之宮人  行方不知毛一云刺竹之皇子宮人歸邊不知尓為

天地の 初めの時の ひさかたの 天の河原に  八百万 千万神の 神集ひ 集ひいまして  神はかり はかりし時に 天照らす 日女の命  天をば 知らしめすと 葦原の 瑞穂の国を  天地の 寄り合ひの極み 知らしめす 神の命と  天雲の 八重かき分けて 神下し いませまつりし  高照らす 日の皇子は 飛ぶ鳥の 清御原の宮に  神ながら 太敷きまして 天皇の 敷きます国と  天の原 石門を開き 神上り 上りいましぬ  我が大君 皇子の尊の 天の下 知らしめしせば  春花の 貴からむと 望月の たたはしけむと  天の下 四方の人の 大舟の 思ひ頼みて  天つ水 仰ぎて待つに いかさまに 思ほしめせか  つれもなき 真弓の岡に 宮柱 太敷きいまし  みあらかを 高知りまして 朝言に 御言問はさず  日月の まねくなりぬれ そこ故に 皇子の宮人 行くへ知らずも

   反歌二首

久堅乃天見如久仰見之皇子乃御門之荒巻惜毛

ひさかたの天見るごとく仰ぎ見し皇子の御門の荒れまく惜しも

茜刺日者雖照有烏玉之夜渡月之隠良久惜毛 
或本以件歌為後皇子尊殯宮之時反也

茜さす日は照らせれどぬばたまの夜渡る月の隠らく惜しも 
或本には、件の歌を以ちて、後皇子尊の殯宮の時の反とす

   或本歌一首 
嶋宮勾乃池之放鳥人目尓戀而池尓不潜

島の宮勾の池の放ち鳥人目に恋ひて池に潜かず