和歌と俳句

藤原定家

一句百首

ともしするはやましげやま露ふかし乱れやしぬるしのぶもぢずり

山里は蝉のもろごゑあきかけてそともの桐のしたば落つなり

ながめやる麓のいほの蚊やり火のけぶりも涼しおろす山かぜ

うつり香の身にしむばかり契るとて扇の風のゆくへ尋ねば

あだに置く露さへ玉とみがかれて植ゑしかひある常夏のはな

あぢさゑの萎れてのちに咲く花のただ一えだにあきの風まで

月冴ゆる池のはちすにたまこえてこの世ながらの光をぞさす

夏ながら秋風立ちぬ氷室山そこには冬を残すとおもへば

待たれずよ秋のはつかぜいくかともむすぶ泉にみなれそなれて

まだきより麻のすゑばに秋かけてたもと涼しき夏はらへかな

秋来ぬと露やこずゑにもらすらむ風よりさきに袖のしをるる

さもあらばあれ七夕つめになり見ばや年に一夜も秋の初かぜ

色にいでむこころも知らず秋萩の露に露おく宮城野の原

くちなしのいはでものおもふ秋の夜は女郎花にや色をかこたむ

皆人のこころにしのぶ秋の野を穂に出でてなびくはな薄かな

かるかやのしげみ分け来し故郷はあはでもいなむ心みえなば

吹きまよふ荻の上風むすぼほれ秋にとぢつる暮れの空かな

ぬぎおきし形見も知らず藤ばかまあらしの風の色にまかせて

秋風に堪へぬ草葉はうらがれてうづら鳴くなり小野の篠原

木の葉吹く風の心になびき来て枕にかはるのこゑ