和歌と俳句

藤原定家

内裏百首

音羽河雪げの浪も岩こえてせきのこなたに春はきにけり

梅が香やまづうつるらむかげきよき玉嶋河の花のかがみに

それながら春はくもゐに高砂の霞のうへの松のひとしほ

若菜つむ飛ぶ火の野守春日野にけふ降る雨のあすやまつらむ

いかさまにまつともたれか三輪の山人にしられぬ宿の霞は

青柳のかづら木山のながき日は空も緑にあそぶいとゆふ

たつ嵐いづれの神に手向山花の錦の方もさだめず

伊勢の海たまよる浪に桜貝かひあるうらの春の色かな

さざなみや志賀の花園かすむ日のあかぬ匂ひにうら風ぞふく

みしま江の波にさをさすたをやめの春の衣の色ぞうつろふ

しほがまやうらみて渡る雁がねをものほしがほにかへる浪かな

うつの山わがゆくさきもこととほき蔦の若葉に春雨ぞふる

芦の屋のわがすむ方の遅桜ほのかにかすむかへるさの空

けふぞ見るかざしのなみの花の上にいとはぬ風の吹上の濱

花鳥の匂ひもこゑもさもあらばあれ由良の岬の春のひぐらし

岩つつじいはでやそむるしのぶ山心のおくの色をたづねて

春の色をいくよろづ世か水無瀬河かすみの洞の苔の緑に

つらからぬ松もこふらく大淀の霞ばかりにかかるうらなみ

たごの浦の波も一つにたつ雲の色わかれゆく春のあけぼの

梓弓すゑの松山はるはただけふまでかすむ波のゆふぐれ