千載集・離別
忘るなよ帰る山路は跡たえて日数は雪の降りつもるとも
ゆくすゑに生きの松原なかりせば何に命をかけて待たまし
恋しさに都へなびく植木あらば手折りて来ませ形見ともみむ
あだにゆく水の心に誘はれて名をうきくさと人にかたらむ
何しかも猶たのみけむ逢坂の関にてしもぞ人は別るる
都をば心にかけて東路の小夜の中山けふや越ゆらむ
人はいさ我は忘れじ秋の野に蟲のなくなく契りしことを
今日よりは誰も夢路に人みえば飽かず別るる我としらなむ
ゆくすゑにあふくま川のなかりせばけふの別れを生きてせましや
今年よりかざしはじむる女郎花ちよの秋をば君がまにまに
をみなへし嬉しき涙おちそひて露けかるべき旅のみちかな
詞花集・別
よろこびをくはへにいそぐ旅なれば思へどえこそとどめざりけれ
よろこひをくはへにいそぐ旅なれど心は君にとどめてぞゆく
夜をこめて朝たつ小野の草しげみしをるる袖は露のたまみづ
明けぬなりしばしまぎれよ狩衣たづねむ程に猶なづさはむ
まひのくま放つ日暮れは別るとも賤のみなわにあはざらめやは
なぞもかく別れそめけむ常陸なる鹿島のおひのうらめしのよや
別るとも思ひ忘るなちはやふる鹿島のおひの仲は絶えせじ
雲のゐるみこしいはかみ越えむ日は添ふる心にかかれとぞおもふ
あすよりも恋しくならばなるをなる松のねごとに思ひおこさむ