林檎描く絵具惨憺盛り上り
犬の舌枯野に垂れて真赤なり
二階より枯野におろす柩かな
痰壺の蓋震へつゝ鳴る寒さ
火事の舌呂律みだれてきたりけり
夏痩の臍どん底を見せにけり
青簾に灯走る縦に一文字
風涼し花瓶の口のホーと鳴る
炎天に花なき瓶の水を捨つ
窓際の暑さに耐へて病にけり
警報鳴る薔薇の落花を書に挟み
大吃ひとり涼しく唱ひけり
媾曳に天の雷火の下急ぐ
手にふれし汗の乳房は冷たかり
炎天に恋ひ焦れゆくいのちかな
逢ふひとのかくれ待ちゐし冬木かな
昭和二十年
蝌蚪に打つ小石天変地異となる
巡礼の如くに蝌蚪の列進む
われがちに頭を押して蝌蚪逃ぐる
尾を曳いて血塊蝌斗のごと眠る
舌荒のほろほろ食べる目刺かな
春月に山羊の白妙産まれけり
大部屋の智慧をしぼりて日除かな
花合歓のいつわが胸に君眠る
老和尚眉を飛ばして昼寝かな
起きるとき足をあげてる昼寝かな
昼寝猫のびきつてゐる長さかな
昼寝猫起きひと震ひふた震ひ
蟷螂の骸の翅にみどりかな
日に弾く小豆の莢のうす煙
運慶の仁王の舌の如く咳く
洗面に咳くや後ろの井戸響く
父のゐる大きな影や灯の障子
昭和二十一年
個展の画障子に竝べ選びけり
後手を羽織しぼりに組みもして
行き迷ふ毛虫は髭の顔を上げ
毛虫いま駱駝の瘤のごと急ぐ
火を投げし如くに雲や朴の花
なほ続く病床流転天の川
支那服の縞の如くに縞蜥蜴
炎天の蜥蜴小心翼々たり
幻の如く尾を曳き青蜥蜴
小太りの蛆纒足のごと歩く
蟻襲ひ蛆は転げて闘へり
天高く地に菊咲けり結婚す
白妙の初夜の襖を閉めにけり
蒲団開け貝の如くに妻を入れ
桶水を断つ秋天と廂影
細枝にいのちひつかけ秋を病む
秋風にいのちが逃げてゆかんとす
いちまいの皮の包める熟柿かな
曼殊沙華散るや赤きに耐へかねて
花散りしあとに虚空や曼殊沙華
干蒲団着て酔ひにける病躯かな
蒲団着て疵山火事の如く燃ゆ
寒紅や鏡の中に火の如し
妻を待つ寒月つむじまげにけり
磔の釘打つ如咳きはじむ
咳のあと墓地の如くに静かなり