飯田蛇笏
雪峡
秋きざすまひるの溪をわたりけり
墓の樹の夜雨にぬるるは盆燈籠
鳴神の去る噴煙に三日の月
石山の驟雨にあへる九月かな
はつ雁に暮煙を上ぐる瀬田の茶屋
雪凍てぬ月光の片めのまへに
アルプスのつらなる雪や追儺の夜
雪の香に爐邊の嬰兒を抱きて出ぬ
獄の扉のゆくてをはばむ寒日和
魂沈む冬日の墓地を通るかな
鴉ゐて官衙の楡のしぐれけり
樹がくりに浅草世帯霜日和
父祖の地に闇のしづまる大晦日
郷の寂凍てにたかきは白根のみ
天昏れず風雲光る山襖
峠路の句碑をうづむる霜柱
髪が枯れ俳句三昧壁爐愛づ
うたよみて老いざる悲願霜の天