和歌と俳句

万葉集

巻第三

<< 戻る | 次へ >>

   高市連黒人覊旅歌八首

客為而物恋敷尓山下赤乃曽保船奥榜所見

旅にしてもの恋しきに山下の赤のそほ船沖に漕ぐ見ゆ

桜田部鶴鳴渡年魚市方塩干二家良之鶴鳴渡

桜田へ鶴鳴き渡る年魚市潟潮干にけらし鶴鳴き渡る

四極山打越見者笠縫之嶋榜隠棚無小船

四極山うち越え見れば笠縫の嶋漕ぎ隠る棚なし小舟

磯前榜手廻行者近江海八十之湊尓鵠佐波二鳴

磯の崎漕ぎ廻み行けば近江の海八十の湊に鶴さはに鳴く

吾船者枚乃湖尓榜将泊奥部莫避左夜深去来

我が船は比良の湊に漕ぎ泊てむ沖へな離りさ夜更けにけり

何処吾将宿高嶋乃勝野原尓此日暮去者

いづくにか我が宿りせむ高嶋の勝野の原にこの日暮れなば

妹母我母一有加母三河有二見自道別不勝鶴

妹も我れも一つなれかも三河なる二見の道ゆ別れかねつる

    一本云 
水河乃二見之自道別者我勢毛吾文独可文将去

三河の二見の道ゆ別れなば我が背も我れもひとりかも行かむ

速来而母見手益物乎山背高槻村散去奚留鴨

早来ても見てましものを山背の多賀の槻群散りにけるかも