和歌と俳句

中村草田男

母郷行

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梅雨波や調度動かぬ螺鈿の色

梅雨波のくりかへし故人を忘れゆく

母を褒められうなづきし頃よ水すまし

ひとを訪はずば自己なき男月見草

海の端を汲むかにみどりの大気吸ふ

帰燕の数赤児の頭撫剃りに

花柘榴情熱の身を絶えず洗ふ

杉菜の下無為やはらかき真黒土

鉢巻禿頭笑ふは日のみ麦を刈る

寺建ちていまだ硯は黴びてをり

燈下豊か翅の濡れたる蠅到り

夜空から「ペトロの左手」へ甲虫

「我が毒」ひとが薄めて名薬梅雨永し

枯向日葵齢ゆゑに人を信ぜんや

炎天歩む吾は「残留の歌声」ぞ

星合や遊びの迹の砂の塔

七夕や手休み妻を夕写真

三年前は往時や盆僧あまり若し

アパートの鉄梯盆僧ただ登る

南無母よ芭蕉の葉筒雨吹き入る

夏潮切々名所の断崖見下ろしつつ

掃きしが如き野路にとなる木落し文

飛燕の下横伸草の厚き谷

岩壁いつくし群燕丁々貼りとまり

燕の歌は燕の歌の上飛びつつ