和歌と俳句

中村草田男

母郷行

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母なき石臼の目をきざむ音よ

冬の土母往き去りしままの道

背も豊か鷹の横顔夕澄みに

けふ壮心枯桜銀松は金

かきならす香炉の灰もいつしか冬

庭にも無し背高き母の冬日の影

返り花母恋ふ小田巻繰返し

蘆の刈跡母の恋しさ処置なしや

水仙の芯自らを囲ひたる

濡れ豆腐焼くや炭火の総紅蓮

寒き枕辺亡母へ金貨並べし夢

梶棒を顔へ高揚げ枯野人

いまも小さき手や東大の花八手

学の厦冬の厦壁画の旗手は紅顔に

日を待てる夜空の色の一書冴ゆ

子は育つ柱・梯子に苔咲きつつ

小閑充実鴨くさきまで鴨の群

乙女の手一つへ春の鯉寄りゆく

残雪や「くれなゐの茂吉」逝きしけはひ

残雪の頭上の暈月仰ぎ悼む

天の声うつそみの声冴えて消えぬ

壁画は燃え詩歌の柱倒るる代か

電車過ぐれば枯芝すらも立ちおののく

生きてみばや枯野の犬と生命共に

松笠落ちて父の銭母の飯恋し